再生の息吹
秋の空は高く、雲は淡く流れていた。
この季節を迎えるのは、私が辺境に来てから初めてのことだ。
土と汗と工夫で育てた畑は、金色に輝く穂を重く垂れさせ、野菜畑では青々とした葉が陽光を受けて揺れている。
この数か月、必死に取り組んできた改革の成果が、こうして形となったのだ。
収穫は想像以上だった。
農地の拡張、新しい品種の導入、輪作と堆肥の活用――前世の知識と村人たちの努力が実を結んだ。
今年は飢える者はいない。それどころか、余剰分を近くの村と物々交換できるほどだ。
塩、布、鉄の農具……辺境ではなかなか手に入らなかった品々が、今は私たちの手元にある。
「これだけの備蓄があれば、冬も安心ですね、アリア様」
エリーが、収穫された穀物を倉庫に運びながら笑う。
彼女の顔には、私が初めてこの地に来た時にはなかった血色が戻っていた。
「ええ。けれど、食料があれば狙う者も増えるわ。防衛のことも考えないと」
この辺境は、豊かさを増せば増すほど、外からの脅威を呼び寄せる土地だ。
今まではそれに対抗する力が乏しかったため、盗賊が家畜を奪っていったり、畑を荒らされたり、時には魔獣に子どもが襲われかけることもあった。
村人たちは数人で寄り合い、棒切れや農具を手に守ろうとしたが、犠牲が出ることも少なくなかった。
私は公爵家に生まれた頃から、たまに軍部の訓練に混じることを許されていた。
護身術や剣術の基礎、騎乗や弓の扱いまで、趣味半分ながらそれなりに経験がある。
この辺境での防衛も、まずは私の知る限りの技術から始めることにした。
最初は、集まった村人たちに木剣の握り方から教えるところから始まった。
足の開き方、腰の落とし方、相手の攻撃を受け流す角度……。
汗を流し、泥に足を取られながらも、彼らの表情には不思議と活力があった。
日々の鍛錬が、自分たちの命を守るための力になると理解しているのだ。
ある日、市場へ出向いた帰り道。
村外れの林道で、倒れている初老の男を見つけた。
ボロ布のような外套をまとい、足元は裸足に近く、右足の膝から下が無かった。
息は浅く、顔色は土のように青白い。
「エリー、手伝って!」
「はい!」
私とエリーで男を館へ運び込み、すぐに寝台に横たえた。
水を飲ませ、温かいスープを口に運び、傷口を清潔に保つ。
義足の代わりに粗末な木製の支えがつけられていたが、ひどく擦れて血が滲んでいた。
数日後、ようやく男は目を開けた。
「……ここは?」
「私の領地の館です。あなたは林道で倒れていました」
男はしばし沈黙し、やがてぽつりと呟いた。
「……すまぬ。世話をかける」
名はロベルト。かつて隣国ヴァルトリア王国の騎士団長だったという。
だが国王の暴政に反発し、逆賊の汚名を着せられ、罠にはめられて捕らえられた。
処刑寸前、忠義を尽くした部下の嘆願で命だけは助けられたものの、見せしめとして右足を切り落とされ、追放されたのだという。
語る声は静かだったが、深い悔しさと、未だ消えぬ炎がその瞳に宿っていた。
私とエリー、そして村人たちは、彼の回復に力を尽くした。
滋養のある食事を取り、義足の当たりを調整し、毎日少しずつ歩く訓練を繰り返す。
季節が一つ巡るころには、杖をつけば村の広場まで自力で歩けるようになっていた。
ある日、広場で村人たちの訓練をしていると、ロベルトが杖をついて近づいてきた。
「……その構えでは、初撃で倒れるぞ」
低く響く声に、村人たちは一斉に振り向いた。
そして彼は私の訓練を最後まで見届けると、ゆっくりと言った。
「手伝わせてくれ。体はもう昔のようには動かんが、教えることはできる」
それから訓練の空気は一変した。
間合いの詰め方、実戦での足運び、仲間との連携……。
彼の指導は厳しくも的確で、村人たちの動きは目に見えて変わっていった。
防衛隊と呼べるほどの規模にはまだ遠いが、確実に力はついている。
冬支度と訓練の日々が続く中、少しずつ変化が訪れた。
村の発展は、近隣にも広く知れ渡った。
王都と辺境を結ぶ交易路を行き交う商人たちは、必ず噂を運んでいく。
「あの荒地が豊かになりつつある」「領主が自ら土を耕している」
その話を聞いた近くの村の者たちが、少しずつ移住してくるようになった。
最初は家族連れが数組、やがて独り身の職人や若者も加わる。
新しい手が増えれば畑も広げられるし、見張りの人数も増える。
私は移住者を歓迎しつつ、村の規模拡大に合わせた住居や農地の計画を練り始めた。
ロベルトも「人が増えるということは、守るべき者も増えるということだ」と言い、訓練の強化を提案した。
かつて荒れ果てていたこの辺境の地に、確かな活気が芽生え始めていた――。