真実を告げる子らの声
王都の街並みは、ゆっくりとではあるが確かに息を吹き返しつつあった。
崩れた家の残骸を片付ける者、怪我人を運ぶ者、炊き出しに列をなす者。人々はそれぞれの役割を担いながら、荒廃した都に新たな秩序を作り出そうとしている。
その中心にあったのは、立ち上がりつつある防壁だった。
焼け爛れ、崩れ落ちた城門の跡に、灰色の壁が少しずつ伸びていく。人々の瞳には疲労の色が濃い。だが、その奥には確かな光が宿っていた。
「ここでなら生き延びられる」――そんな希望の象徴になっていたからだ。
アリアは工事の進捗を見守りながら、胸の奥で深く息をついた。
父から教えられたコンクリートの記憶を頼りに、試行錯誤を重ねてきた結果が、いま形になろうとしている。
ただ、彼女の心は誇らしさだけでは満たされなかった。責任の重さと、この先の戦いを思うと、自然と背筋が張り詰める。
その背後から、ふと視線を感じる。
振り返ると、カインがいた。彼は作業に汗を流す仲間を叱咤しつつ、自らも木枠を担いでいた。だが、ふと目が合った瞬間、その瞳が一瞬だけ揺れる。
尊敬と、熱。言葉にできぬ感情が、確かにそこに宿っていた。
アリアはそれに気づかず、ただ頷いて指示を続ける。
一方でカインは小さく息を吐き、胸の奥に芽生えた何かを抑え込むように再び作業へと戻った。
――しかし、その平穏は長く続かなかった。
防壁が完成間近となったある日。
王都の広場に、人々を集めるような大声が響いた。
「殿下のおなりである!」
現れたのは王太子と聖女。
その後ろには第一騎士団の団長と兵たちが、誇らしげに列を成している。
王都の民は戸惑いながらも広場へと足を運んだ。疲れ果ててはいるが、彼らにとって王家はまだ「上に立つ者」である。その言葉に耳を傾けざるを得なかった。
王太子は高らかに声を張り上げる。
「見よ! この堅牢な防壁を! 我が決断と指揮のもとに築かれたのだ!
第一騎士団と聖女の祈りがあったからこそ、この都は守られたのである!」
聖女はその横で、憂いを帯びた表情を浮かべ、両手を胸に当てて涙を滲ませていた。
まるで「この民のために心を砕いてきた」と示すかのように。
第一騎士団の団長は胸を張り、兵たちは剣の柄に手をかけ誇らしげに立っている。
――まるで、王都を守り抜いたのが自分たちであると示すかのように。
だが、広場に集まった人々の間には、困惑が走った。
この都を実際に守ったのは第三騎士団であり、崩れた城門を立て直したのは、他ならぬアリアの指揮によるものだと、誰もが知っている。
沈黙を破ったのは、一人の小さな声だった。
「ちがう!」
広場の前列で母の裾を握っていた少年が、精一杯の声で叫んだ。
「魔獣から守ってくれたのは、第三騎士団のおじちゃんたちだよ!
壁を作ってくれたのも、ごはんをくれたのも……アリア様だもん!!」
その声に、別の子どもが続いた。
「そうだよ! アリア様がいなかったら、みんな食べられてたんだ!」
「第三騎士団が戦ってくれたんだ!」
波紋のように広がる声。大人たちも顔を見合わせ、やがて勇気を持って言葉を重ねていく。
「アリア様がいなければ、この城門は今も焼け落ちたままだった」
「第三騎士団がいなければ、魔獣に押し潰されていた」
群衆の声はうねりとなり、広場を覆った。
「な、何を申すか!」
王太子の顔が怒りに紅潮する。
第一騎士団の兵たちが「殿下に逆らうなど不敬罪だ!」と叫び、剣に手をかけた。
その瞬間、第三騎士団の兵たちも即座に武器を構える。
「やれるもんなら、やってみろ!」
鋭い金属音が広場に満ち、空気が一気に張り詰める。
一触即発。剣が抜かれれば、血の雨が降るのは避けられない――その緊張を断ち切ったのは、低く響く声だった。
「そこまでだ」
広場の端から、公爵が姿を現した。
背後には、これまで沈黙を守ってきた善良な貴族たちが並んでいる。
その表情には怯えではなく、確かな決意が刻まれていた。
ざわめきが広場を覆う。
権威を失いかけた王家、熱を帯びる民衆、そして新たに顔を上げた貴族たち。
揺らぎ始めた玉座の権威を前に、アリアは静かに息を整えた。
まだ終わりではない。だが確かに、時代は動き始めていた。




