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瓦礫から築くもの

 王都を覆っていた混乱は、少しずつ収束へと向かいつつあった。

 瓦礫と化した街路では、民が互いに手を取り合い、崩れた石材を運び出している。

 泣き叫ぶ子どもをあやす母の声、傷を縫う薬師の手元を照らす灯火、荷馬車に積まれていく瓦礫の音。

 生き残った者たちは疲労に顔を青ざめさせながらも、「生き延びた」という確かな事実にすがりつき、再び立ち上がろうとしていた。


 アリアはその様子を遠目に眺め、胸の奥で小さく息を整える。

(今度こそ、この街を壊させはしない。必ず立て直す)


 だが――目の前に横たわる現実は、あまりに苛烈だった。

 城壁の一部は崩れ落ち、城門は無残に焼き爛れている。

 このままでは、再び魔獣が押し寄せた時に持ちこたえることはできない。


 その時、ふと脳裏に浮かんだのは前世の記憶だった。


 父はゼネコン勤務で、建築資材や工法に詳しい人間だった。

 幼い頃、アリア(前世の名はもう遠い霞のようだが)は、夏休みの自由研究で「手づくりコンクリート」を作ることになり、父に相談したことがある。


 「石灰はな、貝殻や骨を焼けばできるんだ。砂や砂利と混ぜれば、石みたいに固まる。けどな、混ぜ方を間違えるとすぐにひび割れる。配合は気をつけろ」


 「……ほんとに石になるの?」と幼心に半信半疑で聞き返した時、父は少し誇らしげに笑った。

 「なるとも。古代の人間だって同じことをやってた。火山灰なんかを混ぜて、強い建材を作っていたらしい。……まあ、あの頃は俺も調べながらで、詳しくは専門書を読め」


 その言葉を、アリアは当時軽く受け流した。だが、後になって少し調べてみたことがあった。

 ――「ローマンコンクリート」。

 ただの石灰や砂利ではなく、火山灰を混ぜることで驚くほどの強度を持つ。

 その存在を知ったのは中学の頃。断片的な知識にすぎなかったが、今はそれにすがるしかなかった。


 アリアは振り返り、仲間たちに告げた。

「崩れた壁を石で積み直すのでは――石を切り出して、王都に運ぶだけで何ヶ月もかかるわ。……だけど、別の方法なら早めに補強できる」

 「別の方法?」

 「コンクリートを使うの。ノーザン領で試行錯誤してきたものを、ここでも応用するの」


 人々の視線が集まり、アリアは説明を始めた。

 砂利や砂は王都周辺でもすぐに調達できる。石灰は――魔獣の骨を焼いて作れる。

 火山灰はノーザン領から取り寄せればいい。

 骨組みは鍛冶屋に、型枠は大工に依頼する。


 「……本当に、それで持ちこたえられるのか?」

 不安げな声が上がる。

 アリアは首を振った。

 「試してみなければわからない。でも、やらなければ未来はない」


 こうして、まずは「仮試作」が始まった。

 魔獣の骨を高温の炉に入れて焼き、白く砕けやすい石灰に変える。

 それを砂や水と混ぜ合わせ、木枠に流し込む。


 「これで……固まるはず」

 半信半疑の目で見守る人々。

 だがアリアの声は揺るがなかった。

 「時間はかかるわ。すぐには無理。でも必ず固まる」


 乾くまでには三日。

 その間にアリアは、次々に指示を飛ばした。

 「火山灰をノーザン領から運んで。急ぎで」

 「鉄を組んで骨組みに。強度は必須よ」

 「板を並べて枠を作って。厚みはこのくらい」


 さらに、魔獣食の活用を呼びかける。

 「倒した魔獣は、そのまま放置しないで。部位によっては食用にできるわ。毒性のない部分は切り分けて保存して。乾燥や燻製にすれば、立派な食料になる」


 最初はざわめきが広がった。魔獣を食べるなど、忌避感が強かったからだ。

 だが、飢えた子どもを抱える母親や、兵糧の不足に頭を抱えていた兵士たちが真剣に頷き始める。

 「……食えるなら、やってみるしかねぇ」

 「無駄にするよりは、ずっといい」


 やがて人々は、魔獣を「恐怖の象徴」から「糧」として見るようになりつつあった。


 三日後。

 火山灰なしバージョンの試作品は、見事に硬化していた。槍で突けば粉は散るが、形を崩すことはない。

 「……本当に、固まった」

 誰かが呟き、次いで歓声が広がった。


 「次は火山灰を加えるわ」

 やがて届いた灰を混ぜ、再び試作。

 数日後、硬化したそれは槍の穂先でもびくともしなかった。


 「……これなら、防壁にできる!」

 希望の声が広がり、人々の顔に久しく忘れていた光が戻る。

 防壁の建設が、本格的に始まろうとしていた。


 ――同じ頃。


 王都周辺では、カインと騎士団が魔獣の掃討にあたっていた。

 息を合わせ、連携し、互いを信じて刃を振るう。

 かつては分裂していたはずの団が、今はひとつの軍として動いている。


 戦いの束の間の夜、焚き火を囲みながらカインは仲間に向けてつぶやいた。


 「やっぱり、アリア様はすげぇな……。俺たちに希望をくれる」


 仲間は「そうだな」と笑みを浮かべたが、カインの声には敬意以上の熱がこもっていた。

 だが、その眼差しに宿るものが何なのか、彼自身はまだ気づいていない。


ブックマーク徐々に増えていてとても嬉しいです。

今回の話はコンクリの知識が作者になかったので、とても苦労しました…。

あくまでファンタジーとしてゆるっと見ていただけると嬉しいです。

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