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瓦礫の都を繋ぐもの

 「王の追跡は、私の配下に任せる」

 公爵の低い声が、静まり返った広間に響いた。

 「必ず居所を突き止めよう。しかし私はここに残り、城内の統制を取る。貴族どもは我先にと逃げ惑い、王太子は錯乱しておる。あれを放置すれば、王都は混乱に沈むばかりだ」


 言葉に、場が張り詰める。

 王を追う責務を直接担わぬことに不安を覚えた者もいただろう。だが、誰かが王城に残り、支配階級を抑えねばならないのも事実だった。王都の屋台骨を支えるのは城と貴族。そこを抑える役割を自ら引き受けると宣言した公爵に、次第に異論は消えていった。


 アリアは一歩前に進む。

 「それでは、私たちは防壁の修復を急ぎます。魔獣を退けても、城壁が破られたままでは再び押し寄せられてしまう。……民を守るためには、何よりも先に壁を立て直すべきです」


 公爵はその瞳をじっと見つめ、わずかに頷いた。

 「よかろう。城壁はお前に任せる。貴族と王太子は、私が押さえる」


 それで場はようやくまとまった。

 王の追跡は公爵の配下、王都の統制は公爵自身、そして防壁の修復はアリアと仲間たち――三つの柱が立ち、瓦礫に沈んだ王都を立て直すための道筋がようやく描かれた。


 ◇


 王都の街並みは、まだところどころで炎と悲鳴に覆われていた。

 しかし魔獣の群れはほぼ討ち果たされ、残敵の掃討が進んでいる。ようやく「建て直し」という言葉が現実味を帯び始める頃合いだった。


 アリアは崩れた外壁の前に立ち、腕を組んだ。瓦礫の山の向こうに広がる空は、まだ煙で曇っている。


 「……岩を切り出して積み直すのでは、とても間に合いませんね」

 隣に立つカイトが呟く。

 「採掘場から岩を運ぶだけでも数ヶ月はかかる。あの壁を一から積み直すなら、王都はずっと無防備のままだ」


 アリアは静かに首を振った。

 「だからこそ――コンクリートを使います」


 その言葉に周囲の騎士や職人がざわつく。

 「ノーザン領で実験しているという、あれか……」

 「石を砕いて混ぜ合わせるとかいう、あの奇妙な灰色の壁……」


 アリアは彼らに向き直り、淡々と説明した。

 「砂利や粘土は王都周辺で十分に手に入ります。石灰は魔獣の骨を焼けばつくれる。火山灰はノーザン領から運び入れましょう。骨組みは鍛冶屋と大工の手を借りればいい」


 記憶の底にある前世の光景がよみがえる。

 ――小学生のころ、自由研究で作った小さな「コンクリート橋」。

 不器用な手で砂利を混ぜながら、横で笑っていた父の顔。


 (あのときは遊び半分だったけれど……今は、この都を守るために)


 アリアの決意に、仲間たちの表情も引き締まっていった。

 ここからが本当の戦い。瓦礫の都を繋ぎ直し、再び立たせるための戦いだ。


 ◇


 ――その頃、王城の奥。

 公爵はひとり、玉座の間に立ち尽くしていた。

 かつては栄光の象徴だった広間も、今は破壊と血の痕が残るばかり。


 王はすぐに見つかった。無様な逃亡の末、あっけなく捕らえられたのだ。

 だが、この男を玉座に戻せばどうなる。さらなる愚策を連ね、王都を混乱に沈めるのは目に見えている。しかも王妃を殺めたという事実は覆せない。公にはできぬ罪だ。


 「ゆえに、私は選ぶ。王を玉座に戻すのではなく、牢に沈めることを」


 王は今、地下牢に幽閉されている。知るのはごく一握りの者のみ。民には「行方不明」と伝える。いずれ裁きは下さねばならぬが、それは今ではない。


 「責任は、私が負おう。誰が咎めようと、この都を守るためならば」


 低く呟き、公爵は踵を返す。

 玉座の主はもはやいない。だが、この都を繋ぎ止めるための役割は残されている。

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