絶望の門
王都の防壁は、人々にとって最後の拠り所だった。
幾度となく魔獣の襲撃を退け、石造りのその厚みが「ここにいる限りは大丈夫だ」と思わせてきた。だが、その幻想は、轟音と共に無惨に砕け散った。
――ドォンッ。
耳をつんざく音と共に防壁の一角が崩れ落ち、瓦礫が舞い、濛々とした砂煙が空へ立ち昇る。
その裂け目の向こうから、うねるように黒い影が押し寄せてきた。無数の赤い眼光。唸り声。獣の咆哮。地を蹴る振動。
それはまさに黒い奔流であった。
「……崩れた……」
「嘘だろ、もう……終わりだ……」
最前線にいた第三騎士団の兵たちは、血の気が引いた顔で立ち尽くした。
彼らは貧しい装備に身を包んだ平民出身の騎士ばかり。
幾度となく郊外の魔獣を討伐してきた実力はあったが、栄光も誉れも、すべては他の騎士団に奪われてきた。
「役立たず」「あってもなくても同じ」――民衆の冷たい言葉が、ここにきて刃のように胸を抉る。
その上でこの状況だ。
圧倒的な数の魔獣を前に、王都の命運を託されたのは、よりにもよって彼らだった。
「どうせ、俺たちじゃ止められない……」
「俺たちが盾になって、少しでも時間を稼げってことか……」
「死ぬためにここに立たされたんだ……!」
虚ろな声が、誰からともなく漏れる。
剣を握る手は震え、膝が勝手に笑う。
逃げたい。すべてを捨てて背を向けたい。だが、王都の門の背後には家族がいる。子供が、友が、愛する人がいる。
逃げれば、すべてを自らの手で殺すのと同じだ。
「……っ!」
誰かが奥歯を噛みしめ、盾を掲げた。
その姿に引きずられるように、兵たちは再び列を組み直す。
恐怖を振り払うように、喉から声を絞り出した。
「ここで退けば、すべてが無になる!」
「命尽きても、踏みとどまれ!」
そして、絶望を押し流すかのように、彼らは――咆哮した。
「うおおおおおおっ!!」
その叫びは震え、掠れていた。
だが確かに、魔獣の群れに立ち向かう矛先を示す、最後の誇りの証であった。
剣と爪がぶつかり合い、盾が裂かれ、鮮血が舞う。
列は少しずつ削られていく。仲間が倒れ、名を呼んでも返事はない。
「次で終わる」と誰もが悟った。
残された力も、もはや一撃分あるかどうか。
その瞬間――。
遠くから角笛の音が風を裂いた。
続いて、地鳴りのような馬蹄の響き。
「……まさか……援軍!?」
土煙を割って現れたのは、公爵領とノーザン領の旗を掲げる騎士団だった。
整然とした槍兵たちの列が一斉に突撃の構えを取り、怒涛の勢いで魔獣へなだれ込む。
轟くのは鉄と馬の咆哮、そして再び燃え上がる士気の声。
「ノーザンの兵が……!」
「公爵領の援軍だ!」
第三騎士団の兵たちの瞳に、再び光が宿る。
全滅の未来は、土壇場で覆されたのだ。
彼らの咆哮は、今度は援軍と重なり合い、夜空を震わせる。
絶望に閉ざされていた門前に、確かな希望の炎が灯った。




