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駆ける報せ

 王都から半日の距離にあるノーザン公爵領。その執務室に、泥にまみれたひとりの密偵が駆け込んだ。

 その顔色は蒼白で、荒い息のまま膝をつく。


「……王都の防壁が……破られました。人々は逃げ惑い、街は大混乱に……」

「防壁が、だと……?」


 報告を受けた公爵の声音は低く、室内の空気が一瞬で張りつめる。密偵は喉を鳴らし、さらに言葉を続けた。


「聖女は先日も祈りの儀式を行ったようですが……今回も、何も起きなかったとのことです。民はすでに――聖女に希望を見出さなくなりました」


 重苦しい沈黙が流れた。だが公爵は迷わなかった。


「最速でアリアへ伝えよ。早馬を走らせるのだ。……私はここで兵を集める。王都へ向かう道中で、ノーザン領軍と合流させる」


 命を受けた伝令が頭を垂れ、すぐさま駆け出す。残された家臣たちへ、公爵は続けざまに指示を飛ばした。


「兵を招集せよ! 補給物資も用意しろ。王都へ進軍する準備だ!」

「はっ!」


 机上の地図の上に駒が置かれ、道筋が描かれていく。王都までの最短経路、合流地点、兵の進行速度。公爵の眼差しは鋭く、揺るぎなかった。


 数刻後。ノーザン領の屋敷に、早馬が駆け込む。

「アリア様! 王都の防壁が破られました!」


 伝令は震える手で、一通の手紙を差し出した。封もろくにされていない、急ぎ走り書きの書状。


アリアへ

王都の防壁が破られた。私は公爵領で兵を整える。

道中で合流し、ともに王都へ進軍する。

決して遅れるな。

――父より


 報を聞いたアリアはすぐに立ち上がり、書状を握り締めた。


「すぐに兵の準備を整えて。父上の軍と道中で合流します。……王都を見捨てるわけにはいきません」


 澄んだ声に、側仕えたちが一斉に頭を垂れる。

「ノーザン領軍、総動員の手配を!」

「負傷兵の搬送体制も整えます!」


 矢継ぎ早に命が飛び交い、屋敷全体が一気に戦時の気配へと変わっていく。


 やがて、甲冑の音が廊下を響かせ、馬のいななきが遠くで重なった。アリアは振り返らない。

その瞳はただひとつ、崩れゆく王都へと向けられていた。


 ――希望を失った民を、今度こそ守るために。


 こうして、ノーザン領軍と公爵領軍は、それぞれ王都を目指して進軍を開始した。

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