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選ばれし傲慢

聖女視点です。

8/30矛盾点を修正しました

 私は、生まれながらにして特別だった。

 そう信じて疑わなかったし、事実、周囲もそう扱ってきた。


 伯爵家の娘として生まれた私は、両親から愛され、欲しいものはすぐに与えられた。気に入らない相手の顔を見なくて済むように取り計らってもらうことも、日常の延長だった。けれど私は幼いころから、それ以上の「確信」を抱いていた。


 ある日、どうしても気が進まないお茶会があった。仲良くもない子に呼ばれ、仕方なく支度をしていたとき――私は心の底から願ったのだ。

 ――どうか、雨が降って中止になればいい。


 すると、空が急に曇り出し、ぽつり、ぽつりと雨粒が落ちてきた。やがてざあざあと本降りになり、お茶会は取りやめとなった。


 偶然? 最初はそう思った。けれど、それは一度では終わらなかった。私が望めば、必ず空は応えたのだ。


 私は確信した。――これは、選ばれし者の力だと。


 両親に打ち明けると、最初は信じていなかったが、兄が鍛錬で怪我を負ったとき、私が降らせた雨に触れて傷が癒えた瞬間、両親の顔は驚愕と歓喜に染まった。

 すぐに神殿へ報告され、やがて私は「聖女」として認定された。


 聖女と認められた夜、私はひどく妙な夢を見た。

 知らない部屋、光る四角い板、指先で物語が進んでいく。――『真実の花冠』。そう呼ばれていた。

 奇妙なことに、夢の中の私はそれが“遊び方を知っている物語”だと分かっていた。ヒロインは聖女、やがて王太子と結ばれ、最後に「断罪」の場で悪役令嬢が涙を流す。

 目を覚ましたとき、胸の奥でひどく甘い確信が芽吹いた。

 ――私がヒロイン。ならば、この世界は私のために用意された舞台。

 この日から、世界は一変した。


 あれほど私を疎んでいた子供たちは、掌を返したように私を褒めそやした。

 「すごいね」「さすがだね」――その言葉を聞くたび、私はますます確信を深めた。

 私は他の誰とも違う。神に愛され、この国に不可欠な存在なのだと。



 学園に入ってからしばらくして、私はまたあの夢を見た。

 断片的だった映像が、今度は線となって繋がっていく。

 ――王太子と偶然ぶつかる少女。舞踏会で涙をこぼし、庇われる少女。悪役令嬢に囲まれ、毅然と立つ少女。

 見覚えがある。あれは『真実の花冠』。前世で遊んだ、恋と試練の物語。

 そして、聖女としての私が、まさに“そのヒロイン”に重なっていた。


 それに気づいたとき、胸の奥で確信した。

 ――これは運命。私は正しい道を歩んでいる。

 ならば、道筋から外れぬよう、細やかに演じればいい。

 出会いを偶然に見せかける工夫、涙を誘う場面を整える仕掛け……少しの配慮で物語は思い通りになる。



 そして、ついに運命の人と出会った。王太子殿下――あの方こそ、私にふさわしい唯一の存在。周囲も口をそろえてそう囁いた。「聖女と王太子こそ、この国の未来を導く二人だ」と。


 ……だが、目障りな存在がひとりいた。


 公爵令嬢アリア。

 彼女は幼い頃から婚約者として殿下の隣に立っていた。何一つ不自由なく、誇り高く、誰からも尊敬される立場。けれど私は知っていた。あの高慢な娘は、殿下にふさわしくない。


 だから私は、物語に沿って修正してあげただけだ。

 ――アリアの評判を少しずつ傷つけ、周囲の目を変えていく。


 彼女が言ってもいない言葉を「私が聞いた」と広めた。

 私に向けていない敵意を「感じた」と言いふらした。

 ごく自然に、しかし確実に「聖女を虐げる公爵令嬢」という構図を作り上げた。


 人々は私の言葉を疑わなかった。だって私は聖女なのだ。

 神に選ばれ、癒しを与える存在が、嘘など吐くはずがない。


 そして殿下の耳にも、少しずつそれは届いていった。

 私を守ろうとする殿下の姿に、私はますます確信する。

 ――そう、やはり私は特別。

 この国の未来を導くのは、聖女である私と殿下だけ。


 アリアなど、最初から必要なかったのだ。




 ……今になって思えば、すべては必然だったのだと思う。

 幼い頃から私は特別で、神に選ばれ、そして殿下と巡り合った。そうなることは、最初から決まっていた。


 アリアが婚約者の座を失ったのも、彼女自身の弱さゆえだ。

 私が少し糸を引いただけで、彼女の立場は音を立てて崩れていった。

 ――それはつまり、彼女がその程度の存在だったという証に他ならない。


 殿下は今、私の隣に立っている。

 優しく、そして誇らしげに。

 その視線が私だけに注がれるたび、胸が熱くなる。


 未来は明るい。

 いずれ私は王妃となり、この国を治める殿下と共に歩む。

 神に選ばれた聖女として、誰もが私を讃え、頭を垂れるだろう。


 ――そう、すべては私のために。


 ……けれど、最近は妙だ。

 以前は私の望みがあれば、空すら応えてくれた。

 雨を願えば必ず降り、風を呼べば必ず吹いた。

 けれどこの頃は、どれほど祈っても雲ひとつ現れないことがある。

 殿下に隠してはいるが、胸の奥に小さな棘のような不安が刺さっている。


 さらに、殿下の態度も――少しずつ変わってきている気がする。

 以前は私が望む宝石も衣装も、何一つ渋ることなく与えてくださった。

 けれど今は「また今度にしよう」と、やんわりと制されることが増えた。

 まるで、私の輝きが薄れているかのように……。


 違う。私は特別。

 神に選ばれ、殿下に愛される唯一の存在。

 そうでなければならない。


 ……そう、私は選ばれし聖女。

 けれど、だからこそ今、この世界を正しく導かなければならない。

 少しでも油断すれば、アリアのように足を掬われる。

 だから私は今日も笑顔を崩さない。

 殿下の隣で、理想の聖女を演じ続ける。


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