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始まりの接触

 ノーザン領へ届けられる密書の往来は、日に日に途切れのないものとなっていった。

 王都の混乱に比べ、公爵領はなお秩序を保っており、飢饉も深刻には至っていない。アリアから伝えられた魔獣肉の処理法も徐々に浸透し、食糧事情は改善の兆しを見せていた。両親からの返書は以前よりも頻繁に届き、アリアはその都度、領の現状を把握できるようになっていた。


 その中で、両親とのやり取りは次第に食糧だけでなく、軍事面の相談に及んでいく。王都が混乱の最中にある今こそ、互いの領地が協力できる余地があるのではないか――そんな問いかけが、公爵領からも届けられてきていた。


 アリアは考えた。

 王都の人々に直接手を差し伸べられる術はないか。

 干し肉や保存食を、せめて少しでも送り込めないか。


 やがて彼女の指示で、ノーザン兵が食糧を運ぶ一行が密かに王都へ向かった。



 その頃の王都周辺。

 飢えと恐怖に追い詰められた民の影で、夜ごとに抵抗者たちが動いていた。彼らは王城の圧政に抗う者――レジスタンスである。


 闇に紛れて行動していた一団が、突如現れた魔獣に襲われた。必死の応戦が続く中、突如、背後から矢が飛び、魔獣の片目を撃ち抜いた。ノーザン兵が駆け付けたのだ。短い戦闘ののち、魔獣は仕留められ、森に静寂が戻った。


 「助かった……お前たちは?」

 レジスタンスの一人が問いかける。


 兵士はためらわず答えた。

 「我らはノーザン領の兵。アリア様の命を受けて来た」


 その名に、レジスタンスの面々は互いに顔を見合わせる。王都に流れる噂で、北の領主が民を飢えから救っているという話を耳にしていたのだ。


 兵士は続けた。

 「アリア様は、貴殿らを王都で抗う者たちと見込まれ、食糧を託してほしいと命じられた」


 荷車から取り出されたのは干し肉や乾パン、保存用の干し野菜であった。

 レジスタンスの視線が険しさを帯びる。

 「……ただの罠ではないのか?」


 そこで兵士が、密書に記されていた一文を取り出した。

 「黒髪を一つに束ねた三つ編み、頬に古傷を持つ青年――そなたがその者か」


 前に出た青年が一歩進み出た。

 その姿は、アリアに報告されていたリーダー像と一致している。


 レジスタンスの仲間がざわめいた。兵士は言葉を強める。

 「アリア様より、『この者に託すならば民のためになる』と。だからこそ、我らはここにいる」


 青年はしばし兵士を見据え、やがて低く応じた。

 「……信じよう。食糧は確かに受け取る。だが、アリア殿に伝えてくれ。王都の抵抗は今も続いていると」


 彼の名はカイン。

 レジスタンスを束ねる若きリーダーであった。



 その夜、食糧は密かに配られ、飢えに苦しむ民の命をつないだ。

 しかし同時に、王都の別の場所では、貴族派による討伐の動きが始まりつつあった。

 嵐の前の静けさのように、不穏な空気だけが王都を覆い始めていた。


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