ボクは密かな野望を抱く
今宵も、すっかり夜になって月明りがとても綺麗だ。
街の中の秘密の高台から見下ろす町並みに灯る明かりも捨てたものじゃない。
寒さが少し苦手なボクだけど、それ以外は健康優良児なので何事もなく平穏無事に生きています。
人間の街で暮らしているけど、ボクは人間ではない。
もちろん公認ではないため、見つからない様に隠れて住んでいるのです。
でも人間の街で実際に暮らしていた経験があるのです。
人に認められない存在なのに暮らしていた。
その訳は「テイム」という存在です。
ボクの本来の生息地は人里離れた砂漠や火山地帯の熱帯地方なのですが。
快晴の空が広がるある日、火山地帯を散歩していると生息獣のフレイムバードに見つかり、くちばしで摘まみあげられて彼らの巣に持ち去らわれてしまった。
彼らは天敵というわけじゃないけど、フレイムバードは竜族の末席に位置するそんな種族で、竜族は基本肉食だけど水分も補給するんだ。
ボクの身体は水性で言わば「歩く果汁」の様なもの。
竜族の彼らは気まぐれだけど低俗の魔物など普段は捕食しないんだ。
でも気まぐれだからその日ボクは運悪く連れて行かれたんだ。
竜族なんかに連れて行かれたら、もう助かりっこない。
ああこれで可もなく不可もなくの人生の幕を閉じるんだな。
竜の巣に放り込まれた瞬間にお腹を空かせた子竜の口が待っていましたとボクのプルンと丸い身体をするりと丸呑みにした。
竜族の体内には捕食袋という謎の部屋があった。
ボクはそこに一時的に入れられて、しばらく胃袋には行きつかないでいた。
低種族とはいえボクも一応は魔物だ。
子竜の体外で異変が起きている様子に気が付いた。
それにしても竜の体内がやけに熱いんだ。フレイムバードって言うくらいだから全身が火炎属性なのだな。喉が渇いて堪らないんだ。飲み物が欲しい、いっそ自分の身体に噛みついて体液を吸うかとも思うがそれは狂った思考というものだ。
こんな環境で体液を噴き出せば、一気に蒸発が始まる。傷口から内部へ蒸発の連鎖は留まることを知らずにあっという間に干からびて死を迎えるだろう。
うん? 何か様子が変だ。
ボクを連れてきたフレイムバードの親竜が断末魔の悲鳴を上げている。
何かが起きたんだ。竜の巣で何らかの異変が起きたんだ。
ボクを吞み込んだ子竜が不安そうに鳴いているのが伝わってきた。
やがて親竜の叫び声が消え去った。
ズドドンと鈍い音が地響きの様に伝わってきた。恐怖の時間よ早く去ってくれ。
竜の餌にされ、吞み込まれて死を覚悟したのに恐怖で震えを憶える。
だけど運悪く? まだ死に至っていないけどどの道、死が待っているだけだ。
火山の高台にあるフレイムバードの巣で何かが繰り広げられている。
肉食だけど彼らの餌が枯渇するような環境ではない。
共喰いでなければ狩りしか考えられない。竜族をも仕留める強さを持つのは人族だろう。海王類や地底の亡霊もいるだろうが、ここは烈火の山頂だ。
魔族の領域に足を踏み入れ対峙する強さを持ち得るのは元来、人間しかいない。
親竜を討伐した強者が現れて、この場を戦場とし荒らしたのだろう。
ならば子竜も、じきに殺されるだろうな。
不運が幾重にも重なった状況だ。
低種族の魔物など「運」だけで生かされている様な存在だとつくづく感じるよ。
魔法の類いだろうか、剣の類いだろうか。
火炙りか、水責めか、八つ裂きか、はたまた蜂の巣か。
子竜の命運が尽きるのも時間の問題だった。
突然、子竜は鳴くのをやめた。あまりの恐怖に死を悟り観念したんだな。
これでボクも静かに永眠することができる。
火炎の翼竜を討伐した人間の強者よ。さあ、ひと思いに葬ってくれ!
◇
ピィピィピィ──
おや? 子竜が猫なで声を出している。
ゆさゆさと尻尾を振るように身体を揺らしている。
お、前屈姿勢を取った。
次の瞬間、子竜の体内に、かぐわしい香りとひんやりした天の助けの様な甘い水溶液が降り注いできた。
それはまるで夢見心地だった。
子竜の咽喉から不思議な遺物が流れ込んで来た。
キラキラと暖かな光に包まれた何か、これまで味わったことのない爽やかな甘味に鼻先が触れたボクは天にも昇る気持ちにさらされていた。無意識に口を開け舌をペロリと出した。そこに感じたのは水分だった。渇きを癒したくて得体のしれないものだが無我夢中で口に流し込んだ。
甘露だ。
なぜそんな言葉が頭に浮かぶのか知らないけど。とにかく助かった。
無我夢中で体内に流れ込んできたものをほぼ全部飲み干していた。
しぶき程度は子竜の胃袋に流れていったけど。
まもなく子竜の気持ちがなぜだか解るようになった。
そればかりか子竜が誰と接しているのかも知ることが許されていた。
傍にいるのは間違いなく人間だ。
それも成人ではなく少女だとはっきりと知ることができた。
少女は親竜を討伐した。
その後、隙を見て子竜を手なずけたのだ。子竜には何かしらの餌を与えたんだ。
先ほど子竜の咽喉より流れてきた甘露かな。子竜は機嫌よく少女に甘えている。
ボクはこの人間の少女の言葉も理解できるようになっていた。
その瞬間、この少女が何者であるかを知覚した。
動物が外界からの刺激を感覚として自覚するそれだ。
刺激の種類。 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、体性感覚、平衡感覚。
これらの感覚情報をもとに熱や重量、強度までも自覚的な体験として再構成する処理能力に目覚めた。
あらゆる魔物の言葉も人間の言葉も脳内に注ぎ込まれてくる。
木々の吐息も、鳥類のさえずりも、深海の歌声も、万物の発する波形が声楽ように美しく耳に映えるようだ。
あの甘露にはそういった効能があったのだろう。
言葉さえ通じ合えば、敵意もないことが理解できる。これからも食べ物に困ることはない。彼女がすべて与えてくれるみたいだから。
◇
人間の少女が危険を冒してまでフレイムバードの巣にやって来た目的は子竜を「テイム」するためだった。
「やっと手に入れたわ。竜族ならSランク確定よ! 親が子に餌を与えている隙を狙えてラッキーだったわ。【氷槍】の魔法書をお父様の財力で手に入れて頂いた甲斐があったわ。今回のテイマーの昇級試験で確実にスター街道まっしぐらよ!!」
彼女はそういって子竜の頭を撫でると、
「これからはずっと一緒なんだから名前が必要ね! そうだわ、アランドラがいいわ! 勇敢な竜騎士がご先祖にいたはず。その名がアランドラよ。あなたは今日から私の街で暮らすのよ、よろしくね! さあ行きましょう」
具体的な事情はまだわからないが、この子竜を人間の街へと連れて帰るようだ。
◇
街へ着くと道行く人の目が少女と子竜に注がれているのがわかる。
異常な歓声がこちらに向いている。
「おい、見ろよ! フレイムバードの子だ!」
「アレをよくテイムできたな、すげェ! さすがダフォルジュ家のご息女だ!」
「バジョレーヌ嬢だ! まさか火口の竜の巣へソロで挑んだのか!?」
「たまたま親竜が留守だったとしても、子竜に力を示さねば懐かせるなんて出来ないぜ? ほんとに倒したのか? 彼女まだCランクだろ」
「けっ。親の財力に物言わせたんじゃね? 私兵連れ出したに決まってんだろ。悪い噂の絶えないお貴族様だぜ」
道行く者たちの声に耳を貸すこともなく少女は勇ましく歩いた。
「アランドラ、今日からあなたは気高きダフォルジュ家の一員よ。下等な町人に尻尾を振る必要はないんだから。毅然としなさい!」
◇
その後、人間の冒険者の職業昇格試験だと分かった。
ボクがあの場で感じたことはだれにも伝えることは叶わない。
多言語スキルを身に付けたようだけど、まだ聞く側だけでしかないのだ。
街の若者たちの噂をよそに彼女はS級冒険者とやらに飛び級昇格したようだ。
フレイムバードは主人の彼女と共に少しずつ成長し、レベルも上がった。
手なずけさえすれば思いのまま操れる。どんな討伐依頼も即クリアだ。
竜を討伐する依頼などはパーティーを組んでいけば彼女の活躍の証言しか上がらず、スポットライトを独り占めにするのはいつも彼女一人だった。
ボクも人間の街に長居したせいで色々と知った。
竜の巣からここに来て、あれから半年以上が過ぎていた。
魔法書というのは本人の魔力や実力に関係なく、書かれた術式を発動させる強力なアイテム魔法のことだ。
あの時、親竜は断末魔の叫び声をあげて息絶えた。
たしか【氷槍】だったな。
それは勇者クラスのパーティーでさえ指折り数えるぐらいしか入手した経験のない貴重品のようだ。
当時、周囲にお屋敷の私兵が潜んでいたのかまでは、ボクにはまだ感知できなかった。
でも帰り道はずっと一緒だった。
子竜と体内にいたボクとバジョレーヌさん。そこに私兵の声など一切なかった。つまり居なかったのだろうけど。
彼女は確かに言っていた。
親竜が子竜に餌を与えていて、背後からの不意討ちに成功したと。
魔法書の効力がヒットしたから親竜に即死ダメージがはいったんだと。
つまり、ボクは彼女の行動により命拾いをしたことになる。
バジョレーヌさんは命の恩人ということになる。
しかし、あの時の状況をよく整理すれば彼女の狩りが成功したのは、ボクが子竜の餌になっていたからということになる。ボクが餌としてあの場に登場していなければ彼女がそのチャンスに恵まれるという奇跡は訪れなかったとも解釈できる。
ボクと貴族令嬢バジョレーヌの奇跡のコラボレーションがあったからこそ現在の彼女の華やかなスター街道があると言えまいか。
だが未だ、彼女がボクの存在に気づくことは訪れていない。
ボクはまだ子竜の体内の秘密の部屋に住んでいるからだ。
そうなのだ──子竜の体外へはまだ一度も出ていないのだ!
子竜の飲食物の糞となって腸を伝って尻から排泄されることもなく、この捕食袋と呼ばれる謎の部屋にとどまっていた。
何しろボクは知ってしまっているんだ。
バジョレーヌが欲していたのはフレイムバードの子供であって、ボクのような低級の水性モンスターでないことを。
命拾いした直後も、街へたどり着いた直後も、お屋敷へ入れてもらった折りも、飛び出て行き挨拶をする勇気がなかったから。
だからこれまでは躊躇っていたんだ。
そろそろ外に出てもいいよね? 逢いたいんだボクも。
あの少女に。きっと素敵な令嬢にちがいない。容姿だけは感知できない。
でも美少女に違いないのだ。
ボクは人語を解したその日からは自然と人に惹かれるように変わったのだ。
もちろん彼女に対する人間たちの風評なんてボクには関係ない。
命の恩人との対面。その想いだけが日に日に募っていった。
胸に貯めこんで来たこの切ない想い。
フレイムバードの親すら恐れない人だもの。
ボクのような弱小モンスターで驚きやしないはずさ。
子竜のレベルも上がってきてかなり強くなって来たことだし。
ご飯のとき、子竜はあんぐりと大きな口を開ける。
そのタイミングならいつでも飛び出せるはずなのはもう知っているんだ。
やがて魔物の飼育部屋でいつも通りに夜の食事の時間がやって来た。
フレイムバードは元々肉食だ。大きな動物の生肉をあんぐりと食べる瞬間に、ついに脱出を図ったのだ。これまで感覚で知覚していただけの世界を一望した。
「これが人間の街だ! うわあ、キレイだな。窓の外を見上げたら、キレイな月と満天の星空が視界を覆った。夢見心地ってこういうのを言うんだぁ!」
感動を胸に抱きながら、今日はもう遅いから早く寝よう。
ボクはまだ言葉を話したことがないんだ。
慣れるまでどこかで練習をしなきゃいけない。
しばらく街の外れへでも行くことにしよう。
子竜とともにボクのレベルも上がっているから、街の外でも近場なら怖くない。
魔物だけど人間に見つかったら、叩かれる可能性もある。
人間とは戦ってはいけない。ボクは人間の味方でいたいんだ。
ボクは彼女の味方だからね。
そうだ、街の中にも外にも古井戸があったと記憶している。
ボクは水性の魔物だから水の匂いでそういうことには敏感だ。
わかるんだ、井戸の場所や水路の場所は気配でわかるんだ。
しばらくはそこらに身を潜めていよう。人が寄り付きそうにない水場を転々としていれば大丈夫だろう。
◇
ボクが街の外へ出かけている間に、その大異変は起きた。
街が半壊した。
大きな炎に包まれて多くの家屋が焼け崩れ、倒壊したようだ。
なぜだ!?
いったい何が起きたというんだ。
街で優秀なSランク冒険者と勇者クラスの冒険者が力を合わせてその困難を何とか乗り切ったようだった。
一匹のフレイムバードが街の中で火炎を吐いて、大暴れしていた。
竜族の末席といえども脅威でしかない。
対等に立ち回れる冒険者でなければ破壊を食い止める手段はないのだから。
ダフォルジュ家の飼育部屋はことごとく破壊され、屋敷も全焼してしまった。
火炎の竜は翼を広げ、空高く舞い上がり周辺の市町村も攻撃した。
そのせいで隣接していた多くの村民の命も生活も奪われた。
騒ぎを聞きつけてギルドの討伐隊が駆け付けたが、あの美しかった人間の街は見るも無残な姿へと変貌した。
半壊を免れなかったが、全壊は阻止することが叶った。
負傷しながら勇者たちが捕縛したのは…………。
バジョレーヌが手塩にかけて育て上げた、あのアランドラだった!?
誰もが経験のない事実に耳と目を疑った。
一度「テイム」に成功し手懐けた魔物は生涯に渡り、野生に帰ることなどない。
迷宮のボス級の魔族や竜族は成長しきると勇者でも「テイム」は困難とされる。
だから「テイム」は幼児期の個体を狙うものと国法で定められている。
「テイム」が自然に解除される判例もなければ事例もない。
歴史には刻まれたことのない由々しき事態に、王族までもが乗り出して来た。
ダフォルジュ家は、家門の「お取り潰し」を言い渡され、一族は投獄された。
彼らは罪を認めず一貫して無実を主張している。
国中で臨時招集が掛けられて、多くの大臣や魔導士、識者、ギルド長、討伐管理連盟、魔物評議員らが超会議を開催した。
あらゆる歴史書を覗いても過去に例がないことが起きた。
彼らはやがて一つの仮説を立て、結論づけた。
「バジョレーヌ嬢は本当に「彼の竜」を討伐し、服従を誓わせたのか?」
「その手順を踏んだのなら女神の審判を受け、天界より永遠の加護を獲得するため魔族といえども二度と主から解放されることなどないはずなのだ!!」
「同感だ!」
「よもや、ダフォルジュ家の当主は令嬢を甘やかし、ドーピングを犯して昇級試験を不当にパスしたのではあるまいな……」
「最早その線が濃厚でしょうな。財力に物を言わせて【聞き耳の甘露】を子竜の口に放り込んだのであろう!」
ここまでが大臣たちの意見。
「なに?【聞き耳の甘露】は口にすれば他種族の言葉を理解できるようになるSSS級の魔道レアアイテムではないか!! 人類には無効だが魔物には効果覿面!」
「おかしな生物を生み出して生態系が乱れぬ様に「勇者」と「賢者」、それに「聖女」の称号を持つ者にしか扱いが許されておらぬ代物だぞっ!!!」
ここが有識者の意見。
「方々よ、お待ちください!」
「なんじゃ勇者?」
お偉方の見解を阻む声を上げたのは勇者。
「彼の竜は人語など微塵も話はしません。討伐し切らずに打ち据えておきましたが竜族特有の奇声しか発せず、理由を語らないのは至極不自然かと存じます」
「話せるが黙っているだけということはないのか!?」
「はっ! 陛下──話せるなら、竜の鳴き声を上げるのは逆に難しいものと思われます」
勇者の聞き手になったのは国王。
一度、【聞き耳の甘露】で人語を身に付けた種族は人間のモノマネ程度と同じで、とても竜族の鳴き真似など出来るものではないと勇者は主張したのだ。
勇者ならこのレアアイテムの使用経験がある故だ。
王はそれを踏まえた上で皆に改めて問う。
「うーむ。皆の者、いかがしたものかの?」
「王様、手立ては一つでございましょうな」
「私どもも、大臣どのに同意します。「彼の竜」自体を解剖検査するだけでございますです」
こうして緊急の超会議の意見がまとまった。
アランドラを検査してドーピングがあったのかを調べようということに決定した。
後日、捕縛施設にて。勇者、賢者、聖女、立ち合いの元。
国家の医療魔導士が厳重な検査を心行くまで行った。
厳正な検査の結果が出た。
解体されたアランドラの体内のどこからも【聞き耳の甘露】の薬の成分がほとんど検出されなかった。
検査結果は「白」ということになった。
つまり、バジョレーヌ嬢は不正行為をしていないという結論に至る。
これによりダフォルジュ家一族とバジョレーヌ嬢は拘束から解放され自由となった。
無罪放免を勝ち取ったのだ。
だが、暴れ竜と化したアランドラを制御しきれなかった罪は償わねばならなく。
家門は残されたものの、バジョレーヌ嬢はもとのCランクはおろか、最低のGランクまで降格となってしまった。
もっとも、大臣たちの読みは的中していたわけだ。
バジョレーヌ嬢は【聞き耳の甘露】でドーピングテイムをした。
昇格試験の場合、違反である。
しかし、そこはボクの存在で罪が露見することはなかった。
アランドラに呑ませた【聞き耳の甘露】の成分は全てボクが吸収したから。
街の大異変に気付き、様子を見に帰った。
時が流れて、ボクは事の真相を知った。
アランドラからボクが抜け出した為に、アランドラは本来の自分を取り戻すこととなった。その際記憶の端に眠っていた、親殺しの犯人がバジョレーヌ嬢であることを思い出し、ぶちキレた。
ありとあらゆる人間に復讐すべく感情は爆発的な憎悪に変わり、破壊の魔人と化して街を襲ったのだろう。
ボクとしては、アランドラとその親竜も憎むべき仇である。
バジョレーヌ嬢も最初は窮地を救ってくれた恩人と思っていたけど。
彼女は私利私欲のために、アランドラの母親を目の前で冷凍死させるという残虐行為を遂行した。
母竜はただ子育てをしていたに過ぎないのに。種族は違えど同じ魔物の故か胸が痛む。アランドラの気持ちは分からぬでもない。
だが彼はもうこの世にはいない。
結局人間の都合により、人間たちの手で打たれ、解体され、供養もされず再利用品の素材として売られていった。魔族の末路とはこんなものだ。
ボクも生息地に戻ったところで、いつかの二の舞にならぬとも限らないから、このままひっそりと人間の街で暮らすことにしたんだ。
ボクが抱いた少女への勘違いの感情が結果的にフレイムバード親子の仇討になったんだ。
人間たちは多くの死傷者を出したからね。
あの少女の真実の罪をボクは問えるけど、一度救われた恩があるからそのことは墓場まで持っていくことにするよ。これで借りは返したぞ、バジョレーヌ嬢。
ボクは命を救われたと同時に能力を授かった。
あらゆる種族の言語解析スキルを受け取ったがそればかりじゃない。
人間の言葉が理解でき、話せるため、この世の全ての魔法を覚えた。
人族と魔族の両方の。
おまけにアランドラと旅した間に「レベルアップ」する身になり強化されていくことも習得した。その上に元々魔物だから魔力には恵まれている。
プルンとまぁるい、ただの水性の魔物だったボクが…………それから100年の時を過ごして。
【レベルアップ体質】【スキル解放】【全魔法習得】【言語精通】【無限道具袋】
【自己美容整形】に目覚めたので、魔物から要らない物を沢山引き取り人間に売ってお金を稼ぎ、傷ついた人間を癒したり加勢したりしてナイショの友達を作って楽しく暮らすのだ。だってやっぱり魔王は乱暴だから、人間側につくほうが御馳走が食べられるし、フカフカのベットで眠れるし。
貯めたお金の使い道?
そりゃ当然、スライムだけの冒険者ギルドを設立し、スライム王国を作るんだ。
スライム勇者をいっぱい育てるのさ。
全スライムが勇者並みに強くなるまで、仲間のために畑を耕して、ボクはスローライフを満喫しようと思います。
結局、当時の王や大臣や、あのバジョレーヌ嬢も寿命で亡くなったけど。
いつか、ズルをしなくてもいい国、やさしいキッズで溢れる胸キュンな世界を創り上げる。そんな野望を密かに抱いています。
────と言いたい所ですが、所詮スライムなので死んでしまいました。
スライムの冒険者ギルドなんて、生意気だ!!
人間たちは街の片隅の井戸の中でひっそりと暮らしていたボクらを許せなかったみたいで。しらみつぶしに見つけては討伐依頼を出したのです。そして敢え無く排除を受けてしまったのです。
仲間にしたスライムたちはボクの様に言葉は話せません。
普通の魔物です。
でも、ボクはあの日以来、人間の言葉を理解し話せます。
言葉による痛みをたくさん知った。
温もりも悲しみも知った。
春は恋と別れと新たな門出の季節だと。
夏は海で出会うと浜辺で夜を過ごし、星を眺めてポエムを贈り胸の高鳴り合図にふたり抱き合ってキスをする。
秋は静かに風に吹かれ読書に明け暮れる。言の葉は人を高みにいざなう魔法。
冬は…………寒さに弱いボクはこの季節に弱点を見抜かれ、討伐された。
本当に哀しくて切なくて。
冬の良さを知らないまま、氷漬けにされた。
フレイムバードの親竜と同じ末路だったとは。
バジョレーヌ嬢じゃなくても扱うよね。
魔法書【氷槍】
なぜあれを警戒しなかったんだ。あのパワーは火山地帯の溶岩ですら時を止めるんだった。
フレイムバードの名は幼名だ。
アランドラが怒り狂ったあの日、カイザーフレイムへと変身した。
マグマすらも飲み干すと恐れられる竜族への変貌。
彼女なら知っていたこと。それを抜かりなく準備してきたのだから。
スライムは所詮スライムだ。ボクが浅はかだっただけのこと。
殺される寸前まで彼らとの協和を望み、人間を恐れず愛し、訴え続けた。
だが努力は無駄に終わり、その甲斐は虚しく何ひとつ意味を為さなかった。
だけど主人公が居なくなって終わり、ではない様です。
なんとボク、転生しちゃったみたいなのです!
【優しいキッズで溢れる胸キュンな世界を創り上げる、そんな野望を密かに抱く】
これだけは転生後のボクの胸に今でも輝いている。
今でも胸にあるのならやり遂げるだけなのだ。
人間を心から愛しつづけたボクは──。
密かに抱いた野望とともに、可愛い、可愛い、人族の子供に転生した。
振り向く者の目を釘付けにし、
「きみを私の地下室で命尽きるまで、もてなしたい」いかなる正義人もその魔性に目覚めるほど可愛い人間の少年に転生した。
ボクは抱えていた膨大な魔力の影響で不老不死になったから、
ボクは未来永劫──『とこしえの激かわショタ』と謳われていく。
不老不死の可愛いショタに転生した。
その使命は、胸キュンショタの王国を作り上げる、だけなのだ。
大人なんてもう愛さなくてもいい。無垢なる少年だけを守るのだ。
心を新たに今一度『ボクは密かな野望を抱く』。
終わり