オミアイへようこそ
ダイレカ王国軍の皆さま。お見合い会場へようこそ。歓迎します。
そう書かれた横断幕が、広い荒涼とした大地に掲げられていた。
乾いた大地の、その向こう側には広大な森が見える。やって来るとしたらこの森を抜けるしかないので、ギルデイザイス軍の者達はその瞬間を待っていた。
会った事もない人種の方々が空間の歪みを越えてやって来る。
頭に核がない人など見た事がなかったので、軍の者達は興味津々の様子で待っていた。
「実際に会ってみたら違う所とかあるだろうな」
「皆、背が低かったしな。俺達の平均身長は二メーター越えるから、他にもあるだろ」
ガヤガヤと隊員達は好き勝手に喋っている。ドミトルは不満そうな顔で、横断幕と隊員達を見ていた。
地べたに防水効果のある布が敷かれ、それに座って飲み食いしている者もいる。
腰に下げているバックに入れて、会場に持ち込みしていた。
もちろんダイレカ王国用の飲食物も用意され、空間特殊能力持ちが、見えない空間に置いている。
到着すれば直ぐに用意できる状態になっていた。
土の特殊能力持ちが、土を使って大量の椅子を作っている。石の特殊能力持ちは、テーブルを作って模様までいれていた。
自由な隊員達は、自分の好きなように行動している。
会議で決まった事は確かだが勝手過ぎるだろ、とドミトルは思っていた。
あれから何度も話し合いをしたが、真面目に対処しようとする者はおらず、会議に参加する人数も減り、最後には上位貴族とドミトルしか残っていなかった。
上位貴族はもちろん戦略など知る訳もないので、自分達の息子の為に、このお見合いを少しでも成功させようと自由行動の許可を申請。
軍関係者が一人も参加していない、弱みだらけのドミトルは受け入れるしかなかった。
軍の者が会議を踏み倒すなど遊びと思われても仕方ない。
なんならドミトル自身、踏み倒したかった。
ダイレカ王国にかける時間がもったいないとすら思っている。
そして自由行動を知って調子に乗ったのが隊員達で、それから一ヶ月ほどやりたい放題やっていた。
上位貴族の手の者が煽ったおかげで止まる所を知らない。
ドミトルに、相手が見つかるといいですね、と声をかけてくるのはもちろんの事、屋台の申請や路上販売など、お見合いの祭典でもやる気で用意していた。
「燃えろ燃えろ」
火の特殊能力持ちが、広範囲の弱火を隊員達に向かって放つ。弱火ごときじゃあ装備品も隊員も傷つける事はないので、小さな虫退治には丁度良かった。
「さらに燃えろ。燃え広がれ」
それから最大広範囲の弱火を荒涼とした大地に放って、虫を退治していく。
三十キロ圏内の小さな虫だけ退治できたが、少し大きな虫はビクともせずにそのままの状態でいた。
どうせ小さな虫は、三十分もすれば卵から復活するので気にする事もない。
茶色の枯れたような草も焼けてはいなかった。
生物は例外なく魔力壁をもっているので、弱いものであればどんなものでも防御できている。
その理由の一つは、魔力壁を持っていなければ、一年に三回くる【無慈悲な光の波】に消し飛ばされてしまうからだ。
無慈悲な光の波とは文字通り、光が波のようにやってきて通過する現象の事を言い、その光は生きているモノ達に、損傷を与える作用を持っている。
その為、魔力壁がないと死んでしまうし、生命力が極小に低下し、魔力壁が弱まり過ぎた時にも同じような結果になった。
昔は【死の腕】とも呼ばれていたが、子供が怖がるので途中改名され、無慈悲な光の波、と呼ばれるようになった経緯がある。
「本当に大丈夫なのか?」
ダイレカ王国の者達は魔力壁を持っていないようなので、無慈悲な光の波にドミトルは注意していた。
気づいたら消し飛んでました、が普通に起こる事なので神経を使ってとても面倒だ。
全滅なんて事になればこちらが虐殺した事にもなりかねない。なんて繊細な生き物なんだ、とドミトルは考えていた。
補佐達は少し後ろの方に並んでいる。他の者達のように好き勝手はしてなかったが、モイスの手には菓子の袋が握られていた。
それに気づいたルドバンが、肘鉄を食らわせ、地面に膝をつかせる。
ゲルモンテが菓子の回収をし、何事もなかったかのように姿勢を戻した。
腹に手を当てて悶絶しているモイスを他所に、ルドバンは言う。
「心配をしなくても問題ないかと思います。まだ十日以上あるはずですから、無慈悲な光の波にやられ、ダイレカ王国の者達が全滅する危険は、極めて少ないでしょう」
「そうですよぉ、総隊長が心配する必要ってないと思いますぅ。きちんと観測している所に行って聞いてきましたから大丈夫ですよぉ」
「リランヌもこう言っています。過剰な心配は不要ですよ」
二人に言われてドミトルは納得する。
「それにしても上位貴族が、よし、と言ったからって、総隊長の目の前でよくあんな事できるなぁ。モイスぐらいだと思ってた」
ゲルモンテが言っているのは勤続年数が長い者達の事で、ドミトルの事をよく知っているのに、祭りのように楽しんでいる。
獣と戦い続けていると恐怖心も薄れるのか?と考えていた。
「もっと盛大にやってくれないかなぁ」
ファイディは後頭部に手を当てたまま暇そうにして、だいぶ飽きてきのか地面の小石を蹴っている。
それを落ちつかせようとしたのはアタランテだった。
「ファイディは大人しくしてね」
「ちぇっ、アタランテだって暇でしょ?あんなダイレカうんたらに時間をとられて迷惑なんですけどぉー」
「ちょっ、総隊長が我慢してるんだから、補佐の私達が我慢しなくてどうするの」
「モイスのヤツは初めから遊んでたけどね。元気になってるんでしょ。立ちなさいよ」
モイスは立たずに痛そうな演技をしている。
可哀想なふりをすれば助かると思い、顔をしかめた。
「う、腹が・・・」
そうするとファイディが自然と蹴ってくる。
それを間一髪で避けて転がった。
自分の足を見ながら、
「あ、ごめーん。足が勝手にでちゃった」
ファイディは本気で謝っている。
無自覚に蹴ったようで、本人は反省していた。
「勝手に出る足って何だよ・・」
文句を言ってから立ち上がる。転がっていたら何をされるか分からないので、モイスの同情を引く作戦は終了した。
離れた場所では、今も特殊能力を使っている。
それを見ながら補佐はドミトルと一緒にいた。
「水よ流れろ。獣を追い払え」
水の特殊能力持ちは、二十キロ先の遠方に見える、小さな獣を的確に追い払っている。
「風よ。壊せ。破壊しろ」
風の特殊能力持ちは、気になる邪魔な石を砕いていた。
特殊能力を使う事を、この場にいる軍は許可されているので、派手な祭りのように、火や水や風が行き交っている。
ドミトルも腕を組んでそれを見ていたが、時折、風の刃を掴んで投げ捨てたりしていた。
補佐は上手く避けている。当たっても問題はなかったが簡単に避けれるので、そうしていた。
時間が経過し、敷物に座る人数が増えてくる。
しかしダイレカ王国軍がやってくる様子はなかった。
そしてさらに時間が過ぎた頃、事態が動く。
離れた場所から走ってくる者がいた。
「ドミトル総隊長。ご報告があります」
「どうした?何かあったか?」
連絡をしに来たのは支援部隊の女性で、深刻そうな顔をしている。
ドミトルは促すように見つめた。
「あのですね・・・そのぉ・・」
言いにくそうにしている。
「ですから・・あのですね・・・」
やはり言いにくそうに視線を動かしていた。
「埒が明かないな。はっきり発言しろ」
「総隊長がそう言うなら報告します」
覚悟を決めたように前を見て、言葉を続けた。
「ダイレカ王国軍の方々、帰っちゃいました」
「・・・・」
「「はぁ?」」
ドミトルは無言で、周りにいた者達が声をあげる。凝視された女性隊員は叫んだ。
「だから、帰ったって言ってるんですよ!!ダイレカさんは!」
「「はぁあああああ!?」」
ああああーーーー!!!
叫びながら隊員達が発狂した。
せっかくのお祭りは台無しになった。
「俺、屋台まで持ってくるつもりだったのに」
「お前もか!?俺だってそうだよ。唐揚げ売ろうと思ってたのになんでだよ」
「空中で動く玩具作って、露店で売ろうとしてたのに」
「こっちは水で作った小さな水竜に、棒を取り付けて売ろうとしてたんだぞ。どうするんだよ。百個も作ってしまっただろうが」
隊員達は激しい勢いで嘆いている。
あああ!!と言って地面に手をついている者までいた。
「黙れ!!」
ドミトルが腹から声を出すと辺りは静まる。
冷静になったのを確認して、女性隊員に声をかけた。
「それで、帰った理由を報告しろ」
「それは・・・」
それは??
「隊員達の特殊能力乱舞を遠くから発見されてしまったらしく、恐れ戦慄いたダイレカ王国の者達は、国境を越える事もなく逃げ帰ってしまいました」
「おーーまーーえーーらーーー」
「「ひぃ!!」」
地獄からの声に隊員達は竦み上がる。
補佐達は真っ先に距離をとって逃げていた。
こうなったドミトルに口を出せば、自分達も巻き込まれると分かっているので、離れた場所で静観している。
決して止めようとはしなかった。
「散々おちょくった揚げ句に結果がこれか?」
ドス黒い顔色をして目を光らせているドミトルに、そんな事してません、と隊員達が答えるが、聞いてもらえない。
それどころか、さらに顔が恐ろしい状態になった。
「まさかこれだけやって成果もなく、無事に帰れると思ってないよな?」
ドミトルは、ダンッ、と地面を蹴りつける。すると隊員達がいる場所だけ地面が揺れた。
「全軍、整列!」
ドミトルの声で、誰も乱れる事なく素早く並び、横に手をやる。
「今から予定変更する事なく、お見合いをおこなう。しかし、相手であったダイレカ王国の一万人の皆さまが、来る事もなく帰ってしまわれた。だが安心するがいい。お見合い用の人員なら丁度ここにいる」
バッ、全軍に向けて手を振り抜くと、突風が隊員達の間を通過していく。
俺達ですかぁぁぁ!!
隊員達は己の運命を悟った。
「俺の判断と偏見で、おちょくったヤツの人員の選抜を行い、名前を呼ぶ。呼ばれた者は一人十分を目安に、俺との個人面談をしてもらう。もちろん女もだ例外はない。今度は俺を楽しませてくれよなぁ?二人っきりでな」
ぴえぇぇぇぇぇ!!
ドミトルの言葉に心当たりのあった隊員達が鳴き声を上げる。その声を聞き届けてくれる者はいなかった。
「最後はこうなるよなぁ」
ゲルモンテが言う言葉に、皆、無言で頷いている。
怒鳴り声が響いていた。
ーーーー
ダイレカ王国軍側。
「本当に帰っても良かったんですか?」
山道を歩きながら参謀のイラルーが聞く。後に続くもの達も暗い表情をしていた。
兵達に覇気はなく、下を向いている。怯えた者もいて、完全に心が折れていた。
聞かれたアラドルは落ち着いている。悟ったような雰囲気もあった。
「お前も見ただろ。あの地獄の光景を」
遠くから見ただけでも分かる。
アラドルは思い出すように目を瞑った。
炎は周囲を焼き尽くすように舞い上がり、突風は竜巻のように吹き荒れる。水は狂乱し、あらゆるものを破壊した。
あれぞまさしく悪魔のごとき者達が住むという、恐ろしい地獄と言うものか。
それとも未知なる巨大生物のいる、得体の知れない場所なのか。
どちらにせよ自分達の戦力で、どうこう出来るものではなかった。
初めは、先行部隊の兵士の言っている事は正しくないと思っていた。
誰が信じるだろうか?
炎や風が水が巨大な生き物のように空に舞っている、などと聞いて、直ぐに現実のものとして受け止められる者がいたら、余程の賢人か狂人かのどちらかだろう。
半信半疑で兵が案内する場所まで行き、そして見てしまった。先ほど言った光景を。
アラドルは思い出すのを止め、目を開いた。
「もし裂けた大地の向こう側までたどり着いたとしても、俺達は、ただ殺されるだけでしかない。無駄死にだ。何も手に入れられず無意味に終わるなら、やらない方がましだ」
お前もゴミのように死にたくはないだろ?とアラドルはイラルーに言う。
それには同意するので、イラルーは反論しなかった。
「しかし国の者達が納得しないのでは?」
「裂けた大地には渡る場所がなかった。その事実だけでいい。分かったな?商人はきっと間違えたんだろう。残念だが間違った情報を伝えた者には罰を下さねば」
「・・分かりました。そういたします」
イラルーは背後にいた兵士に指示を出し、指示された兵士は走って行く。
心が半分折れたグレヴィスは無言のままだ。
「はぁ、王都に帰って馬に癒されたい・・」
アラドルはそっとため息を吐いた。




