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宿舎10


ドミトル達が去った後、解散すると思われた者達はまだ居残っていた。


お互い話し合いを続けたかったようで、目線だけのやりとりをしている。

各々考えがあるようで腕を組んだり、肘を撫でたり、靴の先を動かしている様子が見られた。

誰もが何かを考えているようで、それでいて解決法方が無い難題に挑んでいるような表情をしている。


そんな中で一番年上であり隊長であるオスマンドの声が食堂内に響いた。


「・・自分より強い相手を守る方法か・・」


先程の話の続きのようで声は暗く沈んでいる。非常に難しく、困難を極める事案だった。

何せ、出し抜く必要があるのはドミトル本人である。


「総隊長より速く総隊長を守るって事か?もう言ってる意味が分からないが、そんな感じなんだろ?」


頭を抱えたオスマンドにゲルモンテが言う。

暗部の専属護衛が悩んだ事だった。


「例え全力で敵の前に身を投げ出したとしても、きっと頭を掴まれて後方に投げられる事になるだろうね」

「見ていなくても想像だけで分かるわ」


アルフォンドにアタランテが同意する。

誰でも予想がつくので皆で共有するのは容易かった。


「動きに全然ついていけないのが問題なんだよ。モイス投げつけて動きを止めるしかねぇ・・」


深刻そうな顔をしてゲルモンテが言う。


「何で俺が投げつけられないといけないんだよ。それもう守るって言うより攻撃してるだろ」

「そのモイスを敵に向かって吹き飛ばすと・・」

「ふざけんな。表出ろ」


モイスがゲルモンテに向かって外を示したが、従う事はなく、争い始めた二人を尻目に他の者達は考えを進めた。


こうしてみるとドミトルに何故、護衛がいないのかよくわかる。その時、ある事に気づいた。


「もしかしてリングレア補佐官の事は、姉君が動かれたのかも・・」


オスマンドが小さく呟いた言葉に皆が黙る。

その可能性は高い、と思ったが口に出す事はなかった。

ドミトルの姉は第一皇女殿下で、自分達の話に気軽に出してもよい存在ではない。もし本当に、この件に関わっているなら・・


「この話は終わりだ。いつも通りでいよう」


これ以上、何かを言う必要などなかった。

手を広げオスマンドが言った後、机に肘をつく。

気が抜けて、いつもの気弱そうな表情になっていた。






補佐達の肩からも力が抜け、無意識に気を張っていた体が弛緩する。緊張感から解き放たれ、各々自由に休んでいた。


日差しが和らぎ辺りが少し暗くなってくると、窓の外からは冷たい風が吹き込むようになったが、頑丈な体なので、その程度の事は気にもならないようで平気な顔をして立っている。

そんな中、オスマンドは気落ちしたように両手を額に当てて下を向いていた。


「それよりも・・補佐官の話しはどうしよう。胃が痛い・・」


目下の悩みを思い出す。

ドミトルの心配をする必要がなくなったので、再び自分の事で精一杯になっていた。


「別に嫌とかそういう訳じゃないんだ。おかしくないか?勤続年数も力も能力もある人達が、俺の下につくって絶対間違ってるだろ。

命令したら殺されないか?俺、補助が上手いだけで攻撃能力も迎撃能力もそれほどないんだぞ」


それは確かにきつい、とこの場にいる全員が思う。

自分よりも格上の者達の上司にならなければならないなど、心労がたたってもおかしくなかった。


その中には殲滅部隊も王獣討伐部隊も入っている。あの恐ろしい部隊を傘下に入れる事になるなど、考えただけでも悪夢だ。

王獣討伐部隊のチェルストン隊長に指示を出す?死んでもいいですか?とオスマンドは心の中で思う。

正直、人選を間違っていると声を大にして言いたかった。


「それは、ほら。あれですよ。攻撃力も迎撃力もトップの総隊長がいるから必要ないじゃないですか。完全に足りてると思われていますよ」


アルフォンドが言うのに全員納得する。


「ああ、そういう事かぁ!って、怖すぎなんだけどっ。一人で足りるってどういう事っすか!?」


ゲルモンテが叫ぶ。

確かに口に出してみるとおかしいが、実際そういう事だった。

それにモイスが続く。


「だいたい寄生虫を平気で食べる総隊長を思い出してみろよ。どこに心配する必要があるっていうんだ」

「おえぇぇ。その話をするのをやめろ、モイス。思い出すだろ」


ゲルモンテが壁に手をつけて具合の悪そうな顔色になる。本当に思い出したくないようだ。


「守りたいなら邪魔をしないように気をつける事が一番なのかもしれないけど、でも本当にそれで俺達は強くなれるのだろうか・・」

「そこは大丈夫だ」


アルフォンドが悩むようにそう言うが、オスマンドがそれに直ぐに答える。


「そもそも総隊長より強い獣の存在は確認されていない。だから総隊長に慣れてしまえば、どの敵でも戦う事は可能だ」


うわぁ、と皆の顔がひきつった。


「そう言えば、あの時は冷静じゃなかったから聞き流したけど、完全に防御を突破するには、この帝国が消滅するぐらいの力が必要だって言ってなかったか?」


ゲルモンテが思い出した事を言う。


「そうだった!すごーい!」


アタランテがこの場にいないドミトルに向かって拍手した。

その場にいなかったオスマンドはさらに顔をひきつらせ青ざめる。


「しょ、消滅・・だと」


冗談が入っているとしても、ますます協力する難しさを思い知った。

もし、第一神子と正面からぶつかり合った時、自分に何が出来るだろうか、とオスマンドは考える。それが難しい事なのは重々承知の上だった。


「なぁ、オスマンド」

「どうした?モイス」


気の抜けた顔をしているモイスの方を向く。そんなオスマンドにモイスは笑ってみせた。


「別に力じゃなくて得意分野のサポートでもいいじゃないか。何を悩んでるんだ?オスマンドは支援部隊の隊長だろ。

きちんと認められてるって事だからさ、そんなに考える必要もないんじゃないか」


そう言う。

声は穏やかなので聞いていても反発は起きなかった。


「それぞれ得意分野が違うんだ。オスマンドはオスマンドらしくていいんだよ。必要とされてるんだから、それで十分だろ」


気持ちが真っ直ぐで、それが眩しく見える。

オスマンドは目を細めてモイスを見ていた。



「だけど俺は殲滅部隊には行きたくない。皆だけで行ってきてくれ」


唐突にそんな事を言う。

オスマンドの頼もしい姿が見れたので、自分は参加しなくても大丈夫だ、とモイスは思っている。自信満々に頷いていた。


「モイス、こらっ!台無しだろ!」

「だってオスマンド。殲滅部隊だぞっ!他の獣はいいけど俺は虫型の獣は苦手なんだよ」


自分の体に手を回して震えている。がに股で、ガクガクと動かす足は制御できないようだ。


「噂程度で聞いた事があるけど、一日に億以上の虫型の獣がでるって聞いたぞ・・」


ゾッ、とする。そんな所で働いている殲滅部隊は一体どういう者達なんだ、とモイスは思っていた。


「・・それは噂じゃなくて本当だ」


オスマンドは続ける。


「倒していく殲滅部隊の姿は本気で怖かったぞ。強いとかそういう意味じゃなくて、もう存在自体が自動殲滅装置のようで、魔力の鋭さが段違いだ。それでも総隊長の方が怖いけど・・もしかして俺、魔力の凶悪さに慣れてきてる?」


ドミトルに初めて会った時も、殲滅部隊の所に行った時も、オスマンドは具合を悪くして吐いていたが、今は側に行っても怖さは感じても吐き気はしない。


「まさか言っている事が本当になっているとは・・」


うーん、とオスマンドは考える。


「俺は慣れないからなっ!数が多い虫なんて怖いっ」

「一匹の成体がモイスより小さくて、重さが同じぐらいの生物だからなぁ」

「そんな獣を相手に戦っているんですか?」


アルフォンドが聞く。

ああ、とオスマンドは頷いた。


「肉食じゃないから安心しろ、と言いたいが、こいつらには恐ろしい特徴があってだな・・」


そう言って口を閉ざす。

これ以上は言わない方がいいだろう、とオスマンドは判断した。


「まぁとにかく、行く事が決定したんだ。まずは行ってから現地で説明を受けてくれ。俺に言えるのはここまでだ」


不満そうな顔でモイスがオスマンドを見ていたが、総隊長の決定を覆す事は無理なので、諦めてもらうしかなかった。


「オスマンド隊長がそう言うなら従うしかないな」


ゲルモンテが体を動かしながら続ける。


「他の補佐に何て説明する?それとも言わずに殲滅部隊の所に行くのか?」

「ファイディ、カイザード、ルドバン、リランヌか・・」


モイスが名前を呼ぶと全員の頭にファイディが思い浮かぶ。言えばついて来そうだ。

過激で狂暴、殲滅部隊に行けば簡単に染まるだろう。


「ファイディは除外で」


モイスの言葉で多数決で可決される。


カイザードは理性的なので説明すれば分かるし、ルドバンもリランヌも冷静なので説明が後でも暴れたりはしない。モイスは名指しで言われたので、逃げてもオスマンドに捕まる事が予想できたのか、大人しくしていた。


「行かないヤツらには内緒で決まりだ」


ゲルモンテが朗らかに言う。


「だよな、もし必要なら言ってくるだろ」


モイスも話を終わらせた。











ーーーー



ドミトルの自室には螺旋状の翡翠色の棚が置かれている。最近購入した棚で、それには晶映石や水晶が並べられていた。

赤系統とは違う色の水晶も置かれており、透明度の高いものは壁が透過して見える。気に入っているのか奇妙な形のものもあった。


他には大きな灰色の机が置かれており、椅子もドミトルの体格に見合うぐらいの大きさがある。最近買ったのか新しくなっていた。


ベットは部屋の端の方にあり、蜘蛛型の獣の糸で作られた布団は、綿のようになっている。糸は特別製で自浄作用のあるものを使っているので汚れる事が少なく、一つ一つが分離する事もないので散らばる事もなかった。


枕にしているのは適当に持ってきたクッションのように見える。こだわりなどは無いようで、同じようなものが離れた場所にあるソファーの上にあった。


ドミトルはベットに横たわる事なく、端に座り、瞑想しながら要請した暗部が来るのを静かに待っている。

天井はぼんやりとした光を放っており、全体的に薄暗く、影は目立たない。そうしていると暗部の者が三人ほどやって来た。


姿は見えないがドミトルには分かるので、誰が来たのか確認する。すると、知っている者が来ていたので挨拶の代わりに軽く片手を上げた。


感謝してから、大きな体を倒す。

魔力操作で天井の光をさらに暗くすると、また目を閉じた。



それから時間が経過する。


しかし十分も経たずにドミトルは起き上がると、ベットに座り、足先が床を叩く。

太股に置いた手には力が入っていた。


「今から一分やる。人数を三分の一に減らせ」


いつの間にか九人になっていたので警告する。

そうすると一人、また一人と消えていった。

人数が減ると落ち着く。


「全く・・何だったんだ?」


久しぶりの出動で伝達を失敗したのかと思うが、集まったお互いの顔を見れば間違いには直ぐに気づくはず。それでも尚、留まった理由が分からなかった。


首を傾げるドミトルだが、疲れていたので考えるのを止め、横になって布団に入る。


体調に問題があるかもしれないと考えた、バウレスの心の中までは読めずにいた。


「おやすみ・・」


消えるぐらいの小さな声で呟く。


医療系の特殊能力を持った暗部が送られ、体を調べる為に大人数が動いた事を知る由もない。


護衛がいるのでドミトルの意識が遮断される。


部屋の中に静寂が訪れた。



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