宿舎4
「おい、ゲルモンテ。もしも俺に無様にすがり付けば安全なんて事が周囲に広まったら、俺はどんな手を使ってでもアタランテとゲルモンテの家族の一員になって、姉さんって呼ばせるからな。残念ながら無駄に権力だけはあるから、明日からお前達の家に移住する事も可能だ」
「おおお俺は絶対に他のヤツには言いません。なぁ、アタランテ」
「私も誓って言いませんよ。バカモンテじゃあるまいし」
「ならいい。さすがに俺も得体の知れない奴らから、すがり付かれたくはない」
ドミトルは話しながらも、アルフォンドの襟を掴んで引っ張っているが、その度に服が伸びている。
さすがにドミトルの力をもってしても、掴んでいる者の安全を確保しながら服の強度を上げるのは難しい。かなり値段のする服だが、そこまでの性能はなかった。
「これは自分でも分からなかった弱点だな」
深刻そうにドミトルは言うが、アタランテにはそうは思えなかった。
「いえ、総隊長。誰だって裸にはなりたくありませんよ」
「しかしなぁ、戦いの場において致命的だろ。早急に改善案を出すか」
「戦いだったら早々に相手を行動不能にしてるんじゃありませんか?アルフォンドみたいに攻撃しずらい相手の方が総隊長にはやっかいそうですよ。総隊長は敵に接近されて服を破った事はないんですよね?」
「ああ、だいたいは服の端だとか穴が開いたとかその程度で、服が盛大に破られるまで攻撃を受けた事も組みつかれた事もない。一番酷い怪我は、半袖だった時に腕を斬り落とされたぐらいだ・・ぁ」
ドミトルが口を閉じるが少し遅かった。
アタランテ、ゲルモンテ、アルフォンドの表情が変わる。
目が据わり、不穏な空気が三人を包んでいた。
「それって、どういう事ですかぁ・・?一度も聞いた事がないですよ。そんな事・・」
三人の瞳孔はおかしなほど開いて、完全にキレている。
腹の底から声を出すような重暗い声でアタランテがドミトルに聞いてきた。
「総隊長の腕を斬り落としたって、いつ、どこで、どんな時にやられたんですか?あと、どこの馬鹿がそんな事をしたのか名前教えて下さい」
立ち上がってドミトルの腕を掴むと、上目づかいで聞いてくる。
ゲルモンテとアルフォンドに至っては、無言でアタランテに対するドミトルの言葉を待っていた。
それを敏感に感じとりながら静かに息を吸う。
「・・・・」
これには本当に困ってしまい、口を押さえてどうすればいいか高速で考えていた。
公式では、自分は殆ど怪我をした事がないという事になっているので、知らないのが当たり前だ。それもそのはず、腕を斬り落とされた事を姉のルナミリスにも報告していなかった。
これは不味い事になったとドミトルは思う。
このままでは自分が作り上げてきた信頼できるイメージが、損なわれてしまいそうだ。
しかも相手は新人達で、今の段階ではどんな相手が来ようとも、総隊長が出れば安心だと言う事を信じ込ませる時期である。
不安にさせると本来の力が出せず、成長も遅れる場合があるので、主に隊長格の者達はそこら辺を注意していた。
それがトップの自分がやらかすとは・・
「俺を何だと思っている?やられれば怪我ぐらいするし、腕ぐらいなら何とでもなる。心配するな」
ドミトルは普通に続ける。
この場の話だけですめば問題ないと結論づけ、話の着地点を模索した。
「そうでしょうけど、何だか総隊長のイメージに合わなくて。だって向かってきた相手に負けるって想像できないですよ。誰に負けたんですか?」
負けた?とドミトルは不思議に思う。
「・・負けた事はないな」
「そうですよね。服を破った事がないって言ってる時点でおかしいと思いました。どうせ総隊長の事だから誰か庇ったんでしょ?それ以外に想像つきません」
「・・確かに。そう言う事もあったか。そう言えば些細な事すぎて忘れていた」
「ご自分の腕を些細な事って言わないで下さいよぉ」
「すまんな。王獣討伐部隊のヤツらが非常識過ぎて忘れていた」
腕やら足を落とす事があるので、ドミトルは自分でも分からない内に油断していたらしい。
反省する点は分かったので、後は改善する事を考え、今を乗り切るつもりだった。
「部隊の隊員が腕を落とそうと、足を落とそうと別にいいんです。総隊長が怪我をするのが問題なんですよ?分かってます?」
「ああ、そうだな。俺の体は俺一人のものではない。軽率だった」
話してしまった事を心底反省する。
全軍の長がやられていたら動揺ぐらいするだろう。
しかもまだ新人だ。
不安が怒りに変わってもおかしくはなく、ドミトルは補佐であるよりも先に、新人の隊員である三人に申し訳なく思っていた。
「総隊長、勘違いしてません?」
「?」
「私達、怒っているんですよ」
「ああ、そうだな。不安にさせて悪かった」
「違いますよ。で、誰です?総隊長に怪我をさせたの。今、生きてるんですか?それとも死んでるんですか?どっちなんです?」
この時、初めてドミトルは気づく。
三人はドミトルに攻撃を加えた者に、報復しようとしているのだと。




