アラデルギル区域5
エルスドラの周りには影が揺らめいている。
影が揺らめくと、漆黒の古代文字が反発するように飛び散った。飛び散った文字は収束し、また飛び散るを繰り返す。
通常では見られない光景を間近に見てしまったレウィングの体は硬直していた。
長身のエルスドラは地面から浮いているのでドミトルと目線の位置がそれほど変わらない。
ドミトルはエルスドラと向き合うように相対していた。
一歩も引く事なく二人は目線を合わせている。エルスドラに答えるようにドミトルは口を開いた。
「俺の名前はドミナトルシア。知っているだろうがドミトルと呼ばれている。デルモスラウナ神王国の第一神子に会えた事をこちらも光栄に思う」
エルスドラは頷き、続ける。
「挨拶はこの辺でいいだろう。ここは公式の場ではない」
音も立てずに歩いて行くと、白い箱の前に立つ。
「ドミナトルシアよ。これは必要か?」
「必要ではない。解放しろ」
「では、そうするか」
白い箱の周りに黒い転移陣が浮かび上がる。
「ランカン。此度の事、よくやりとげた」
ドミトルの前では微動だにしなかったが、エルスドラの言葉一つで白い箱がガタガタと動く。
それがエルスドラからの言葉に感動しているように見えて、ドミトルは箱の中の人物を知ったように思えた。
中身は猛り狂う者ランカンと呼ばれる者で、アラデルギル区域では暴れまわっている有名人だ。
「知り合いか?」
片手で逆さ吊りにしているレウィングに聞くと頷くが、言葉は出ないようで白い箱が消えるのを絶望した顔で見ていた。
箱が完全に消えるとエルスドラはドミトル達の方へ優雅に振り向いた。
「で、それをいつまで持っているつもりだ」
エルスドラはレウィングの方を見ずに、ドミトルの方を見て言う。
「アラビスレイド光王国はこいつの他に送ってこないらしい」
「正気か?私とそなたがここにいるのだぞ」
「俺達の決定に従うと言う事なのだろう。代表者はこのレウィングだ」
ドミトルとエルスドラの話の渦中にいるレウィングは、一言も喋る事なく、動く事もなく、濁った色の死んだ目をしていた。
ふざけた感じのあったギルデイザイス帝国のドミトルだけならまだしも、デルモスラウナ神王国の神子まで来るとは聞いていなかった。
これはもう国を背負っての話し合いの場じゃないか、とレウィングはこの場に送り込んだアラビスレイド光王国の王族に言いたかった。
皇女と神子が来たなら自国の光子がこの場に来て、自分は早々にいなくなるか関わらないようにすべきだ、とそんな望みをレウィングは抱くが、その間にもエルスドラとドミトルのやりとりは続く。
エルスドラは睥睨しながらレウィングを初めて見た。
「下ろせばいい」
その一言だけでもレウィングの核が揺れる。だが、それも一瞬で収まった。
「エルスドラが来た事で腰を抜かしている。離せば倒れるだろう」
「消してやろうと思ったが生かしたいようだな」
エルスドラはドミトルと自分の周りに黒い文字を何重にも浮き上がらせると飛ばす。
ドミトルが地面に挿していた旗に当たると、文字ごと旗も消え、見苦しかった地面も美しく整地されたようになった。
何故かドミトル達の周りも銀色の魔力が散っている。
それに溜め息を吐いてエルスドラは言った。
「アラビスレイド光王国はそいつを守る気はないのだぞ」
「話し合いは三ヶ国である必要がある。レウィングの存在は重要だ」
「そなたがそう言うのなら聞こう」
エルスドラは真っ直ぐドミトルの方を向く。
話し合いが始まった。




