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アラデルギル区域4


その様子を見たドミトルは声をかける。


「少しは落ち着いたか?」


そう聞くと、逆さ吊りにされているレウィングは平気そうな顔をして顎に手をあてる。

自分は何のダメージも受けていない、と主張しているようにドミトルには見えた。


レウィングの服装は水色の服の上から、裾が太股の辺りまである白い革の服を着ている。その革の服には幾何学模様が刺繍され、裏地も白かった。

白いパンツには膝に茶色の装備品がつけられている。同じような色の装備品は肘と肩にもつけられており、腰に付けた黒いベルトには同じ色の剣の鞘がつき、茶色の頑丈な靴は、爪先の部分が強化されていた。


レウィングは怯む事なくドミトルを見る。

青い瞳には恐怖を感じている様子もなく、至って冷静だった。


「ギルデイザイス帝国の貴方に挑めたので満足してますよ。油断を誘う為に魔力が漏れない結界紙を貼った箱にまで入ったのに効果がなかったのは残念ですけどね」


勝つために手段を選ばないそのやり方にドミトルは好感を持つ。

そんな事を言ってくるレウィングに箱仲間を見せてやる事にした。


「お前よりも少し前に来たヤツに合わせてやる」

「他にもいるんですか?」


青い目を見開いてレウィングはドミトルを見てくる。その辺の情報は入っていなかったらしく純粋に驚いていた。


ドミトルは逆さ吊り状態のレウィングをそのまま白い箱の前まで持って行ってやる。

誰かいると思っていたレウィングは、自分の入っていた箱に近いものが鎮座しているのを見て、分かりやすく二度見した。

そして自分の目を擦っている。


「幻覚じゃないぞ。現実を受け入れろ」


ドミトルがそういうとレウィングは自分の顔から手を外した。


「デルモスラウナには冗談が通じませんね。僕の前に、まさか本物が来ているとは・・。中身は誰なんですか?」

「開けてもいいぞ」


ドミトルがレウィングを白い箱の真上に持ってくると、手を出せとばかりにブンブンと上下に振るう。

ヒャウワァァァ、という声を出しながら振られていたレウィングだったが、素晴らしい腹筋を駆使してドミトルの手にすがりついてきた。


「止めて下さい!間違って開けたらどうするんですか」

「このまま白い箱に叩き付けたらどっちが箱を開けた事になるんだ?それとも投げつけようか。それなら俺に被害はないな」


これで干渉地帯問題は解決か、とドミトルは思う。

レウィングと白い箱の中の人物が戦えば、アラビスレイドとデルモスラウナがアラデルギル区域の戦闘に参加した事になる。

それで干渉地帯が元の望んだ姿に戻るなら良し。戻らないなら、また違う方法を考えなければならない。


そんな事を考えながらドミトルはレウィングを白い箱に向かって振り上げる。

ドミトルの全く迷いのない様子にレウィングが慌てた。


「ちょっと待って下さい!そんな事をしても何の解決にもなりませんよ。中の人物は捧げられる人の名前を聞いているはずです。貴方が存在する限り、その事に変更はありません」

「そんな事はない」


ドミトルは首を振る。


「デルモスラウナは儀式のやり方を大切にしている。青い紙を捧げられた本人が破らなければ儀式の成立はありえない。もし違う人物が開ければそいつは敵だ。つまり」


ドミトルはレウィングに言う。


「お前が敵だ」


誘導に失敗したレウィングは舌打ちしてから、腹筋で体を持ち上げてからドミトルの顔面に向かって踵を打ち込む。

それを器用に避けたドミトルはレウィングの勢いを借りて、回転しながら片手で掴んでいた足を離して箱に向けて投げつけようとしたが、その動きがピタリと止まる。


そしてそのまま真っ直ぐに立つと不適な笑みを浮かべた。


「思ってもいない相手が来たな」

「どういう事ですか?」


また逆さ吊り状態に戻ったレウィングはドミトルに聞く。


その時、少し離れた位置から不気味な雰囲気が漂ってきた。

それを不思議なものでも見るかのようなレウィングだったが、次の瞬間、全身に悪寒を感じる。


地面からゆっくりと黒い影のようなモノが吹き出てきた。


そして次に黒い光が周囲を照らすと、出てきた影も広がり同化し、ドミトル達は暗い光に包まれ、辺りは薄暗くなる。


アラデルギル区域の全てが暗闇に覆われ、境界門の外にいた者達はそれを見て慌てふためいた。こんな事態が起こるとは予想していなかった。


ありとあらゆる情報が外界と遮断される。


レウィングはその恐ろしい光景に体を震わせた。


黒い光はさらなる深淵の黒さに変わると文字を刻み、ドミトルにはその言葉がなんと書いているのか読めなかった。

文字を見ても記憶できないので、デルモスラウナ神王国に伝わる古代語だろうとドミトルは見当をつける。

規則正しく書かれていた文字がばらけ周囲に広がり、ドミトルは届かない範囲まで後ろに下がった。


その間にも文字は舞い上がり、渦をつくっていく。

ドミトルが魔力の放出を強めると周囲は程よく明るくなるが、その間、バチバチ、と謎の音が聞こえていた。


目の前の光景と、自分を掴んでいるドミトルを交互に見た後、レウィングは自分が場違いの人間だという事に気づく。あまりにもこの場に相応しくないので撤退を決意した。


「僕はこの場にいてもいい人間ではないようです。大人しく帰るから離してくれませんかっ」


レウィングが慌てたように懇願するが、ドミトルは遠慮もせずに却下する。


「駄目だな。アラビスレイドはお前の代わりを送ってきていない。帰るなら、あの箱だな」


初めて白い箱の中の人物が羨ましいと感じ、レウィングは絶望した様子で見ていた。


文字の渦の中に縦向きの紅い光が浮かび上がる。黒い空間を裂くようにして紅い光の範囲が増えていく。まるで黒い扉が開き、中から紅い光が出ているように見えた。


紅き光の中からその光を遮るようにして黒き者が出てくる。

地面から黒い影が立ち上がり、その人物に無数に纏わりついた。


それに何も感じない様子で歩く男は、漆黒のローブを纏い、地面まで届く長い黒髪に特徴的な尖った耳をしている。その耳には血のように赤い色のピアスをしており、指にも同じ色合いの指輪がいくつもつけられていた。


男は美しい金色の瞳でドミトルを見つめると、腕をゆっくりと上げ、下ろす。


この動作はデルモスラウナの王族の挨拶の仕方だった。


「私の名前はエルスドラ。デルモスラウナ神王国の第一神子だ。会えた事を光栄に思うぞ、ギルデイザイス帝国の皇女よ」


エルスドラは威厳に満ちた声でドミトルにそう言った。



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