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スコップが好き



一人の男の話。




三歳の頃から穴堀りが好きだった。

誰に止められようとも、止めるつもりも掘る事を忘れる事もしないと決めていた。

何故そんな風に決めれるのか?と問われれば掘りたかったからと言うしかない。

何故と聞かれても、こちらも何故掘ってはいけないんだと逆に問いたいぐらいだ。

掘りたいから掘ってるじゃいけないのか?

掘る事を勧められたから掘っているに変えないといけないのか。それとも掘らされているにすれば同情でも得られるようになって掘りやすくなるのだろうか?

私には分からなかったが、私の手にはスコップが握られている。

スコップは掘る為のものであり、土を移動させるものだ。

掘って掘って、木を植樹させるのもいいし、掘って掘って、土の下に埋まっている何かを探すのもいい。

それによって得られるものなど人によって違うのだから知りたいものは掘ってしまえば掘る理由は分かる。

人に聞くぐらいなら掘ってみてはどうだろう?自分なりの答えを得れば一番納得するのではないだろうか。

そうだろうと思う。納得すれば次に進める。

スコップよりも大きい大型のスコップを買ったらもっと掘れるのではないだろうか。

スコップの大きさは最初から大型であって、小型ではないのではないだろうか。すなわちそれは・・・・・



「スコップと結婚すればいいんじゃないだろうか?」

「誰だこいつを連れてきたヤツは。狂ってるから帰らせろ」


突然、執務室に入ってきた男がそう言ってきたので、ドミトルは間髪なくそう返す。


ここは城内のドミトル達の専用の執務室。中にはグレーの机が用意され、ブルトラン、リングレア、ラブレスの三人も仕事をしていた。

三人はいつもの軍用の灰色の長い服を着ており、ドミトルは半袖のいつもの服装だった。







ーーーー



ギルデイザイス帝国は白亜の城が存在し、その周りは大きな堀がある。清らかな水が流れ、そして、その水を供給する巨大な水晶で囲まれていた。


城は、円柱形の構造物が繋がって出来ている。

上部、中部、下部、三つの箇所の外壁部分に、直径十メートルもある、透明な水色の丸い発光体が設置されていた。


円柱は不揃いで、高さも長さもそれぞれ違う。

頂点部分には、円錐形の建物が備えつけられ、その中では、大きさを一定としない物質が、浮遊しながら形をかえていた。


城は一番長い距離だと七十キロメートルほど続き、その不規則な長さの城には、中庭が多く存在している。

訓練場もあり、人工物の激流の川や、溶岩、野生の獣が住んでいる場所などもあった。


城の中央、巨大な円柱の建物の中心部分には空洞が作られ、水を流す事で、人工の滝ができている。


流れ落ちた水は、下で浮遊する岩石にあたり、さらに下に落ちていく。

流れ行く先では、植物が生い茂り、鳥が巣を作り、鳴いていた。


帝国の上空にも、岩石が浮かび浮遊している。数多くあるので、下にある街に、時折、影を落としていた。


白亜の城と、水と水晶の堀を越えると、しばらくは人工的に作られた草原があり、それを越えると市民がいる街がある。


ギルデイザイスの城を取り囲むように、巨大な街や畑、放牧地などが存在するので、転移陣が各区画に設置されていた。


移動に使う乗り物も各種あるので、高速で走る必要はなく、歩いて移動している。


穏やかに暮らしを営んでいた。






ーーーー



ダイレカ王国の者達が帰ってしまってから二日後、ドミトルは城の執務室にいて書類仕事をしていた。


特注で作った椅子を軋ませながら、机の上に置いてある、晶映石から出た光が空中に書類の映像を映し出す。


ドミトルは腕を組んだまま、じっと見ているだけだが、魔力で晶映石を操作していた。


最終確認の書類だったので、ほとんど手直しする事も無く、次々に映像をかえている。


変更があった場合は、文字の書き換えを赤色で行い、変更書類を入れる場所に移動させておけば完了だ。

その仕事をしていたというのに、今、目の前には一人の男がいる。


つい先ほど、用があると執務室に入ってきた男で、肌が真っ白で薄い翡翠色の長髪を跳ねらせていた。


瞳の色は翡翠色で、服装は尻の部分まで隠れる茶色の長い服を着ている。前が開いているので、中の白い服と、はいている焦げ茶のパンツが見え、黒い靴は少し古かった。


「パルテン、用があっても来るなと言っただろ」


自分の顔の前に、他人の顔があるので、ドミトルは睨み付けて追い出そうとする。

しかし相手は、まったく気にしていなかった。


「用があっても来るなとは用がなくても来てもいいという事だろう。優しいドミトルにはスコップを進呈しようじゃないか。赤と青と黄色があるけどどれがいい?

私なんかはこの金色もいいんじゃないかとは思うんだが君の髪の色の、黒に銀が散りばめられたこのスコップもいいんじゃないかと思うんだ。

ただ君の銀の煌めきを再現するのは不可能だろうね。人それぞれ魔力の輝きが違うから、髪に浮き出た魔力の輝きは皆それぞれ唯一無二だからね。

僕のこの髪も煌めきは銀だけど光り方は違うものだから、核縁関係なのに同じじゃないのは不思議だよね。まぁ、皆は君のようにいつでも光っている訳じゃないけど。でも大丈夫。鉱石で表現すれば皆仲間になれるよ。スコップ仲間なんていいよね。全員類友で同じになれるよ」


「話が長い。巣穴に帰れ」


「そんな事を言ってくれてありがとう。君は僕の喜ぶ言葉を知っている。大穴に潜って穴を掘っていてもいいと言ってくれる君にはいつも感謝しているよ」


金色の模様の入ったスコップは新発見された鉱石で作られている。鉱石の名前は目の前の男がつけてしまうという事故に見舞われた為、スコップ鉱石というくだらない名前がついてしまった悲劇の鉱石で、哀れだとドミトルは無機物なのにそんな感情を抱いていた。


スコップ一つで家が二軒建つ。


穴を掘る事に狂った男だが、財力があるので、掘り続けられるという幸運に見舞われた男でもある。


「僕も早く帰って早く掘りたいんだけど、今回掘っている場所に邪魔なものがあってね。タラントがいたんだ」

「亀型の獣か」


ドミトルが思い浮かべたのは、ギルデイザイス帝国が存在を確認出来ている、巨大タラントの姿で、パルテンが見つけたのは新たな個体だった。


「そうそう亀の甲羅が邪魔でいっそ突き破って掘ってしまおうかと思ったんだけど、相手も掘られまいとして魔力壁を強化してしまって掘れなかったんだ」


「亀に当たらないように迂回してやれ」


「僕もそう思ったんだけど亀の大きさが八キロもあって邪魔なんだよね。移動ものろのろしててさ。僕に謝ってくるのはいいんだけど掘るの邪魔だし、いっそ亀の甲羅を破壊して掘らせてよって言っても聞いてもらえないし」


「掘る事に関しては相手にかける情もないよな」


「大穴を開けたとしても回復すれば元通りなんだから大丈夫だよ。掘られない事の方が重要だよ」


「亀が意思疎通をしてくるなんてよっぽどの事だぞ」


「そんな事ないよ、相手は誠心誠意謝ってくるし涙だって流してたから掘らせない事に罪悪感を感じてるんだよ」


「そんな相手に大穴を開けて掘ろうとするな」


放っておいたら本当にやりそうだ、とドミトルは思った。言葉を聞くだけでも不穏なのに、直接言われているタラントは、かつてない恐怖を感じているだろう。


「分かった。俺が直接行って亀を移動させてやる」

「ありがとう!今掘っているのは帝都から西に五万キロぐらいの所だよ」

「西なら獣も強くないな」


南にはダイレカ王国が来た国境があり、北は王獣がいる方向だ。


北西の奥には本物の危険地帯があるが、北西と西の間と、北西と北の間には天をも貫く絶壁が続いているので、西は安全地帯だった。


絶壁の西方面の裏側は少しなだらかになっており、天空の方まで緑に覆われている。

その場所には飛行する鳥型の獣が多数存在しているが、その場所から遠く離れた場所まで来る事がなかった。


そして東はギルデイザイスと同じような国が、離れた場所にぽつぽつと存在する。国境での小競り合いをしているのは、この東方面に存在する国だ。


「アロマの村に滞在しながら掘ってるんだ。転移陣があるから直ぐに行ける。早く行こう」


子供のようにテンションを上げたパルテンが、ドミトルの太い腕を引っ張るが、びくともしない。


「この書類が終わってからな」

「・・ここ掘っていい?」


パルテンは執務室の床を指差すと、次の瞬間、パルテンが消える。

轟音と共にパルテンが床に突き刺さり、抜けなくなっていた。


出ている部分を見ながらドミトルはパンパンと手に付いた汚れを払う。


じたばたされるのが嫌なのか、同じ執務室で働いていた補佐官のブルトランとリングレアとラブレスが、冷静に救出していた。


救出した後には盛大な穴が空いている。


それを気にした様子もなくパルテンは感謝し、三人の表情はブルトラン以外は真顔だった。


「いやぁ、助けてくれてありがとう。やっぱりドミトルの拳は効くね。床に埋まっちゃったよ。君達にもスコップを進呈しようかい?」


怪我のないパルテンは、機嫌が良さそうに言ってくる。


「残念ながら私には必要ありませんねぇ。給料も十分貰っているし、裕福なので要りません。それよりも、これ」


ブルトランが床を指差す。


「早く直して下さい」

「分かったよ。人使い荒いよね、ブルトランは。ぱぱっと直すよ。それでいいでしょ」


パルテンが手を一振すると、飛び散った床の一部が飛びながら戻ってくる。それから穴に落ちていき、だんだんと床が元の形を取り戻すと、最後には完全に直った。


「これでいい?」

「ええ、満足しました。では帰っていいですよ」


そう言ってブルトランは自分の席につく。それからは見もしなかった。


ラブレスにいたっては、

「邪魔ですからさっさと帰ればいいんです」

とハッキリ口にする。


リングレアは無言で扉を開け、お帰り下さい、と言っているように感じた。


「前から思ってたんだけど性格悪いよね。ドミトルの補佐官」

「安心しろ。お前の方がもっと悪いからそんな事を気にする必要もない」

「そっか、それは良かった」


あははははは、とパルテンは笑う。

精神が強すぎて効果がなかった。


「しばらく外で待っていろ」


今度は大人しく出ていく。


ドミトルも早く仕事を終わらせた。




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