未熟な腐女子が悪役令嬢になってしまった
勢いだけで書いてしまいました、すみません。
「ま……まさか、ここは!?」
ぐるりと周囲を見渡すと、そこは見慣れたはずの教室。貴族の学校ならではの、高級感たっぷりの制服を身にまとった同級生たちの姿があった。
かくいう私も窓に映る姿は同じ制服を着ている。
今朝も自分でちゃんと着替えた。公爵令嬢とはいえ、ドレスと違う学生服くらいは自分で着られる。
そう、そこまでの記憶は元々あった。
だが、問題は他にある。
私は思い出してしまったのだ……。
ここが前世に読んでいたBL漫画の世界だということに――――!!
うん。ちょっと落ち着こう私。
慌てたところで状況は変わらない。
昨夜の夜更かしが悪かったのか、白昼夢をみて突然記憶が蘇ってきた。証拠に、ノートの文字がミミズがのたくったようになっている。自分では美しい文字を書いているつもりだったのに。それはまぁいいとして。
前世は社会人だった。仕事に疲れすぎて踏み入れてしまった、ある種、私にとってのファンタジーな癒しの世界。
それがBL。
とはいえ、私はBL初心者もいいところ。右も左もわからず、腐女子と名乗って良いのかさえ迷うレベル。
こんなペーペーだもの、その世界を網羅している腐女子、腐男子の皆様と肩を並べるなんて、烏滸がましいとわかっている。
なのに、異世界転生先がここって!
私、公爵令嬢である私アレクサンドラは、この異世恋漫画(BL)での悪役令嬢だ。
「ん……でも、まあ役得ではあるかしら?」
そして、婚約者であるこの国の王子に、卒業式のダンスパーティーで婚約破棄を言い渡される。
もちろん、彼の隣には愛しいヒロインが――。
ん?
BLでも主人公はやはりヒロインと呼ぶのかしら?
いや、ヒーロー? ……残念ながら異世界に来てしまった今の私には、調べる術が無い。つまり未熟な腐女子のまま生きていくしかないのだ。悲しい。
あ、話がそれてしまったわ。
ええと、そう!
婚約者であるグラシアン王子殿下は、私の双子の弟ウスターシュと想いを通わせハッピーエンドを迎えるの。
私は二人に嫉妬し邪魔したあげく、ウスターシュに毒を盛る。まあ未遂に終わり、国外追放で北の僻地の修道院に入れられるのだ。
え……無理無理無理無理。
可愛い弟に毒を盛るとか無いし、修道院に入ったら推しカプを堪能できないじゃない。
確かに、アレクサンドラとしてグラシアン様をずっとお慕いしているし、結婚だってしたい。
だけど、記憶を取り戻した今、推しカプを応援したくもある。
く、なんて……! なんて、悩ましい立ち位置なのかしら!?
とりあえず、卒業まで二年はあるから……程よく悪役令嬢やって、二人の絆を深めるキューピッド役もしておかなきゃね。
物騒な事さえしなければ追放もない!
推しカプのハピエンを見守り続けられるなんて、本格的に腐女子の花道を歩けるんじゃないかしら。
目を閉じなくても、容易に浮かび上がるグラシアン様の顔。幸せそうな笑顔がみたい。たとえ私が相手じゃなくても。
いつか、この胸のツキツキした感じも、きっと消えてくれるはず……よね?
◆◆◆
「……グラシアン殿下」
「なんだ、ウスターシュ? 同級生なんだから、殿下呼びはやめるように言っただろう」
「ええ、まあそうなんですが……ここは公爵邸の庭園なので、線引きは大切かと」
「線引きねえ……。正式な身内になるまでの辛抱ってところか」
「ご配慮ありがとうございます。そろそろ、姉を呼びましょうか?」
「……ああ、そうだな……」
少しだけ名残惜しそうなグラシアンは、庭園の先を眺めてからカチャリとカップを置いた。
「やはり、まだいい」
「ですが……このままでは、姉上が」
「そういえば、学園でお前に嫌がらせをしているそうじゃないか」
「まあ、はい。ある意味、嫌がらせですかね」
ウスターシュはため息を吐く。
最初はウスターシュの悪口を吹聴しているかと思いきや、最終的には弟ベタ褒めになる。それを他人から聞かされ、恥ずかしさで居た堪れなくなるのだ。
見栄えの良く植えられた花壇の草花が、不自然にガサリと動く。
「……ぶっ!」とグラシアンは吹き出した。
「殿下?」
「いや、何でもない」と声を顰める。
「それよりも、例の件はどうだ?」
「卒業式のダンスパーティーが終わり次第、会場転換は宮廷魔術師たちが上手くやってくれるそうです」
「楽しみだな」
「……殿下、少々やりすぎではないでしょうか」
「何を言っている。こうでもしなければ、逃げられてしまうだろ?」
ニヤリとグラシアンは笑う。
そしてまた、花がガサリと動く。
ウスターシュは、渋い顔をしてグラシアンの耳元に顔を寄せた。
「まあ、姉上は殿下を愛してますし。こうして弟の僕と殿下が仲良くしていると、気持ち悪いくらい喜びますが。いくらなんでも、花嫁になる本人に言わないで、卒業パーティーから結婚式へと勝手に進めるのはどうかと思いますよ」
「気持ち悪い、か? よく言うな、シスコンのくせに。あの茂みで悶えている姿が可愛くて仕方ないのだろう?」
「それはっ……殿下こそ」とウスターシュは頬を染める。
「では、そろそろ姉上を呼んで参ります!」
ウスターシュが声を張ると、花壇の後ろから何かが勢いよく去って行く。
「うん、早く呼んでこい。アレクサンドラの顔が見たいからな」
「姉上の汗が引くまで待ってください。それにしても……『B』が『L』するとか、『おしかぷ』とか『ふじょしみょうりにつきる』とか何なんでしょうね?」
「さてな。それより最近、宰相と騎士団長が一緒にいると、アレクサンドラがおかしな表情をするから……やはり、結婚は急ぐべきだな」
「え……!? わかりました、全力で協力いたします!」
◆◆◆
これは一体どういうことかしら?
婚約破棄を覚悟して挑んだ卒業ダンスパーティー。
漫画で見覚えがあったイケメン魔術師が、弟子と一緒に現れて、魔法陣が展開されると場所とドレスが一変していた。
「あの…… グラシアン様?」
「なんだ?」
グラシアンのレアな新郎姿。更に隣から優しい笑みで見下ろされ、心臓がバクバクしてくる。
「あの、ウスターシュは……私と婚約破棄をしなくてよいのですか?」
「何を言っているんだ? 破棄ではなく婚約期間を経て結婚するのだろ」
「私と……ですか?」
「当たり前だ。忘れたのか? 子供の頃から言っているだろ、愛するアレクサンドラは誰にも渡さないと」
「あ」
前世を思い出したせいか、すっかり抜け落ちてしまっていた。
大切な思い出なのに――全てが前振りのようで、傷つくのが怖くて無意識に考えないようにしていたのだ。
目頭が熱くなる。
「やっぱりグラシアン様が大好きです。私は残念ながら、立派な腐女子にはなれそうもありません」
「ふ? よくわからないが……一生愛し続けるから覚悟しておけ、アレクサンドラ」
「はい! 私もです」
「ああ、それと。これからは、宰相と騎士団長を見て頬を染めるのは無しだぞ」
「ふぇっ!? そ、それは、二番目に推してたカプだっただけで、へ、変な意味では」
グラシアンはベールの中に手を入れ、私の頬に触れる。
「その表情は、俺だけに見せてほしい」
「のっ、望むところです!」
もう何を言っているのかよくわからない。
だけど、愛しいグラシアンが見せた、今の幸せそうな顔は一生忘れられないだろう。
『それでは、新郎新婦のご入場です!』
「アレクサンドラ、行こう」
「はい!」
煌びやかな眩しい光が降り注ぐ。
きっとこの世界は、私自身の素敵な物語なのかもしれない。
お読みいただき、ありがとうございました!
誤字報告もありがとうございます!
訂正いたしましたm(_ _)m