外伝公開記念小話:黄金色のバチェロレッテ
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外伝:ティアンナ婚活戦記を公開開始致しました。
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ぼちぼち更新して参りますので、
どうぞそちらもよろしくお願い致します。
「あ」
「あら」
ここは王都の一角、平民が多く集まる繁華街のパン屋である。
レイフォードは気に入りのこの店のパン・ド・ミを買いにやって来た訳であるが、カウンターの中に見知った人物を見つけた。
「えーと、ティアンナ嬢の侍女さん、で良かったよね…?」
普段ティアンナから「調査員」と呼ばれている侍女が、何故かお仕着せを着てガッツリ働いていた。
「何のことやら」
「ええ―…」
「チョウさん、手助けはいるかい?」
店の奥からいつもの店主が顔を出しアシストする。
チョウさん…調査員…チョウさん…
「ええー…」
「すみません旦那、何か粗相が?
短期修行中の娘なんです」
「短期修行中」
「ええ、ご主人に美味しいパンを焼いてあげたいと」
「ご主人…主人…」
「まぁ、家庭のは窯が違うから勝手が違うって言ったんだけど、なら窯ごと作るってさ。健気だよねえ」
「健気…健気ですか?それ…」
「まぁ、何かありましたら呼んでください」
と店主はまた奥に戻っていく。
レイフォードはチョウさんとやらをじっと見る。
チョウさんもレイフォードをじっと見返す。
「お嬢様が、望まれましたので」
「やっぱり…」
その後2週間ほどしてからレイフォードはまた店に行ったが、その時には既にチョウさんはいなかった。
――――
ケイナはある日、
王都のはずれの牧場に出張に来ていた。
牛、豚、鶏と手広くやっているようだが、
本日は動物の間で流行しているという病についての聞き取り調査だ。
速記係兼異世界の知識をアテにされての抜擢である。
幸いこの牧場はほとんど被害がないようだが、
西の方の牧場の被害は深刻だと聞く。
主に豚に現れているらしい症状について話を聞いた。
前の世界の記憶と同じなら、動物間にもしばしば感染症が流行し、最初は同種間のみの感染であったものが徐々に他種間へ拡大し、場合によっては人間にもその害が及ぶ。
豚小屋から鶏小屋へ移動し、鶏の様子を聞き取り調査に移った際、その人は現れた。
「あれ?」
「………」
鶏の羽毛をこめかみにくっつけ、大きなフォーク状の道具を携えた女性。
「おーい、チョウさん!」
牧場の責任者に親しげに声を掛けられている彼女から、ケイナは目が離せない。
『街のパン屋にティアンナ嬢んとこの侍女が―』
『なぜかチョウさんって呼ばれてて―』
数日前にレイフォードとした会話がフラッシュバックする。
……いた、ここにも、チョウさん。
「あ、あのー…」
「ああ、彼女ですか?養鶏について学びたいと飛び込んできた娘でしてね」
勉強熱心で助かっとります、と責任者は笑う。
あとは彼女に聞いてください、と取り残され、
ふたりは見つめ合った。
「……えーと、なんでここに……」
「お嬢様が、望まれましたので」
「なにを…?!」
その問にはチョウさんは答えず、にやりと笑っただけだった。
――――
「素晴らしい、素晴らしいわ!!」
ティアンナは手を叩いて喜んだ。
テーブルの上には繊細な絵付けのされた白磁の皿。
その上には。
フッカフカの白いパン・ド・ミ……
それにサンドされるのは、
これまたフッカフカの黄金のオムレツ……
異世界人ケイナ直伝の「たまごサンド」がそこにはあった。
『私の世界で何故か流行ったんですよねえ、
厚焼きたまごサンド。
シンプルなのに何故かリッチで美味しくて。
マヨネーズがいいアクセントで』
ケイナが初めてティアンナの屋敷を訪れた夜、
やけ酒に付き合わせながら異世界の話もちらほら聞き出した。
その中でティアンナの頭からどーーしても離れなかったのが、この「たまごサンド」であった。
食べたい。
どーにかして食べたい。
なんなら作ってもいい。
材料を!
材料を持て!
と意気込んで厨房に乗り込んだものの、
出来上がったのは残念な代物。
固くパサついたムラのある卵に、
カットが上手くいかずグチャァ…と潰れたパン。
こんな!はずでは!
ティアンナは狼狽えた。
ただたまごを厚く焼きパンにサンドするだけではないというのか!!
ティアンナの技量では、
ケイナの語る「萌え断」なる芸術は生み出せないというのか!
現実に打ちひしがれるティアンナ。
そこにゆらりと、忠実なる調査員(侍女)は現れた。
「お嬢様」
「なあに……」
「卵料理は炎との会話だと申します」
「なにそれ」
「それほど奥が深いのでございますよ」
「そうなの……」
「ご安心くださいお嬢様。
わたくしめが必ずや、
『厚焼きたまごサンド』をご覧に入れましょう」
「うん……
頼んだわよ……」
そうして現在に至る。
見事調査員(侍女)は、ティアンナの脳内イメージそのままの素晴らしいたまごサンドを作り上げたのである。
「鼻を抜ける小麦の香り…
濃厚な卵のなめらかな舌触り…
味の輪郭を際立たせるマヨネーズの酸味…」
エックセレント!!!
「これよこれ!
美味ですわ、褒めてつかわす!!」
「ありがたきしあわせ」
「コレ、街で売り出せないかしら?
平民でも手を出しやすいシンプルさだし、
この美味しさだし」
「業務用パン窯および鶏卵の販路は確保済みでございます」
「迅速な仕事、評価する」
「ありがたきしあわせ」
「まてよ…
もしこの商売が上手く行けば、
わたくしは敏腕経営者…」
ティアンナはすっくと立ち上がる。
「異世界ではひとりの美しき女経営者を巡り、
たくさんの男たちが恋のバトルを繰り広げる演目が人気を博したと聞いたわ。
これは…これはいける……!」
「滾って参りましたお嬢様」
「見えるわ、
わたくしの前に跪くたくさんの殿方が!」
「滾って参りましたお嬢様」
目指せ!
たまごサンド婚!!
ティアンナは熱い希望を胸に、
新事業に乗り出したのである。
――――
「最近流行ってるわねえ、たまごサンド」
「そうですね、僕も職務中の軽食によく摘みますよ」
ケイナとレイフォードの前には、
ティアンナの売り出したたまごサンド。
「いやあこれ、
私の世界で流行ってたものとすごく似てるのよねぇ…」
「そうなんですか?」
「ええ、もしかしたら、
私以外にも異世界人がいるのかもしれないわね」
「それは…複雑ですね」
男性だったら会わせる訳にはいかない…
と警戒するレイフォードをよそに、
まさか自分が発端だとは欠片も思い至らないケイナは大きな口を開けてたまごサンドを頬張った。
【小話 完】