レイフォード・エルスワースの気付き
レイフォード君ボコボコ回。
ところで、
彼女の隣にいる権利を得てからというもの、
僕は己についていくつか気付かされたことがある。
気付きその一、
『僕は存外に自己中心的で、傲慢な人間らしい』
彼女は僕と一緒にいるようになった当初、
あまり気を許してくれていなかった、と思う。
時折「重い!!」と叫んだりはするものの、
おおよその場合僕の提案にうん、と頷いてくれていた。
結果、僕はしっかり調子に乗った。
彼女を好きに連れ回し、
好きに贈り物をした。
僕の友人にも引き会わせたし、
逆に家族には会わせなかった(万全を期してから、と思っていたからだと言い訳しておく)。
そしてあろうことか、
出張の際嫌がられたにも関わらずまた勝手にドレスを仕立て、貴族の社交の場に彼女を連れ出そうと企んだ時、ついに雷が落ちた。
「誰が行きたいと思うのよそんな所!」
と。
僕は大いに狼狽えた。そして彼女に訴えた。
あなたの負担になるようなことはしない、
誰にも文句は言わせないし、僕が守る、と。
「文句?
そうね、あなたには誰も言わないでしょうね。
何せあなたは輝かしい侯爵令息だもの。
でも私は!異世界人で!平民なの!
場違い通り越して狂気の沙汰よ!
それに何より、
私がその場所に行って楽しめると思った?
肩書もなく、後ろ盾もなく、
紛れ込んだ平民が針の筵になるとは思わない?」
「だから僕が守ると…」
「あなたがいないと息ができない場所に連れて行くのは、卑怯よ。
私にはあなたに縋る以外の選択肢がない。
それは私の意思を甚だしく無視している」
それとも何、
あなた、
私の生殺与奪を握って囲い込もうとしてるわけ?
あなたの愛ってそういうこと?
ペットの金魚を水槽に閉じ込めて愉悦に浸るのと同じなわけ?
「ザ・貴族、って感じね」
最後に彼女は吐き捨てた。
僕は呆然とした。
呆然として、ちょっと怒りが湧いてきた。
「そんな風に思っていたなら、
もっと早く言ってくれれば良かったのに」
「言える訳ないわよ。
あなた、私の立場のことお忘れ?」
「僕は自分の身分も、
あなたの身分も気にしてはいない!」
「じゃあ言うけどね、
あなた自分で思うより貴族思考が染み付いてるわよ。
割とナチュラルに権力使うし、
割とナチュラルに人に言う事聞かせようとしてる。
そんな人に身分を超えて意見なんてできないわ」
例を挙げてほしい?
と言われ、売り言葉に買い言葉でああ、聞かせてくださいよと啖呵を切る。
…遠くでカーンと、鉦の音が聞こえた気がした。
Q.『どうやって私と自分の部署異動を実現させたの?』
A.『実家の名前も使って筆頭事務官に直談判しました』
Q.『あなた、私を指名しての仕事を勝手に断ってたらしいわね。どうやって?』
A.『同じ部署の上官にあたるので権利があると思って。僕の依頼が優先だと』
Q.『あの出張、本当はもっと複数人で行くべき仕事だったそうね。どうやって二人だけにしたの?』
A.『侯爵子息の身分も込みでの依頼だったから、受ける条件として提示しました』
……答えながら、あれコレは己に分が悪いか…?とちょっとだけ過る。
彼女の問は続く。
Q.『贈ってくれたあのドレスだけど。
平民があんな貴族然としたドレス着て、
貴族の集まりに顔を出したらどう思う?』
A.『一般的にはありえないし、無礼だと思う。
でも僕があなたを愛し乞うているから、それにはあたらない』
Q.『あなたにも私にも、なーんにも興味も関係もない人から見たら?特におじいさん世代とか』
A.『そりゃ…非常識だって騒ぐと思う…』
Q.『誰がどう非常識だって言うと思う?』
A.『…貴族のドレスを着て、貴族の集まりに来た平民のあなたを…あるいはそれを贈った僕も…』
Q.『そう言われるのを分かっていて、
私にあのドレスを着せたいの?』
…もう僕のライフはだいぶギリギリである。
僕は、
彼女を手に入れたくて、
美しいものを彼女に贈りたくて、
素敵な場所にも片時も離れず連れて行きたくて…
「そういう、
周りの事も相手の事もまるで見えてない独り善がりなひとのことをね」
彼女はポン、と僕の肩に手を置く。
「浮かれポンチ、っていうのよ」
強烈な右ストレート。
(カーーン)
ノックアウト、試合終了。
凄い…
何の手加減もなく殴り倒された…。
「僕は……どうすれば良かったんでしょうか」
僕はどうやら、
彼女に首輪をつけて引っ張り回すだけで、
声高に愛を叫んでいる愚か者らしい。
「まず、私の意見を聞いて。
出掛け先も贈り物も、
あなたがこうしたい、じゃなくて、
私が望むものが何かを聞いて。
私も我慢せずに言うようにするから」
「ハイ」
「あと、やっぱり節度って大事だと思うわよ」
「節度」
「あるでしょ、色々。
普通、何の対策もせず平民を恋人に置くなら、
行き着く先は愛人が関の山よ。
あなたが思ってる以上に、
身分の差って大きいと思う」
「そんなの周りを黙らせれば…」
「そんな砂上の楼閣に私、住みたくない。
あなたと関係破綻したら私即刻不敬で追放よ」
関係破綻?!
僕とあなたが?!
そんなことはありえない!!
「レイフォード君さあ…
ありえないことなんて、ないのよ」
私がその証明みたいなもんでしょ?
…ぐうの音も出ない。
「…これだけ産まれも身分も生活環境も違うふたりが一緒にいようとするんだもの。
互いへの思いやりがなければ、
あっという間に破綻するわよ。
…そしてあなたは、破綻した後の私を、
文字通り消してしまう程の権力を持っている」
ちがう、そんな事は望んでいない!
ゆるゆると頭を振るが、
…でも、そう取られてもおかしくないかもしれない。
僕は、これまで彼女の言葉を聞き入れていただろうか。
冗談めかして吐かれたSOSを、無視してはいなかっただろうか。
彼女を守ると言っておきながら、
危険地帯に引っ張り込んだのも、僕ではなかっただろうか……
ついに僕は己の愚かさを悟った。
「自己陶酔しきっていた自分が強烈に恥ずかしい」
「分かって頂けて何より」
彼女はちょっとだけ俯き、
僕の両手を取り、
弱々しく言った。
「私も、身分だけに拘った見方をして悪かったわ。
あなたの権力に怯えるだけじゃなくて、
あなた自身を見ていく努力が、
私にも必要だよね」
ゆるく繋がれた両手を見つめ、
彼女はしばらく俯いている。
そのつむじを見ていたら、
僕は唐突に理解した。
そうか、僕は彼女を不安にさせていたのだ。
恋人や夫婦に必要なのは信頼関係だ、と聞く。
僕が彼女の話を全然理解せず、
このまま信頼関係を築けなかったら。
もしかしたら近い未来、
僕は愛想を尽かされていたのかもしれない。
そう考えたらヒュッとおへそが浮き上がった。
危機一髪と…考えていいんだろうか……
「あの…抱きしめても?」
恐る恐る聞いた僕を顔を見上げ、
彼女は笑って頷いた。
その目尻が少し湿っているのを見つけ、
何とも言えず強く引き寄せる。
すり、と身を寄せてくる彼女の体温を感じて初めて、
「セーフ…これはセーフ…」
と安堵することができたのだ。
――――
気付きその二、
『僕は案外嫉妬深いらしい』
彼女についてはまだ、知らないことが大半である。
なんせ産まれ育った環境が違う。
違うというか、僕が全く想像できない世界で生きてきた人だ。
「あー、ジャグジーが恋しいー」
書き物をしていた彼女が、
うーんと手足を伸ばして言う。
「ジャグジー?」
「うん、お風呂で体をほぐすアイテムなの」
「道具ですか?」
「いいや、お風呂に埋め込む構造?なのかな?
湯舟の中で、水圧で体をほぐすんだけど…」
思うに、彼女の世界はこちらよりずっと、
進んだ文明を持っていると思う。
これまでの異世界人の世界もそうだったようだが、
彼女の世界はちょっとレベルが違うように思う。
「まあ、前の異世界人は何年前だっけ?50年前?
それだけあったら随分変わるよ」
「そういうもんですか」
「そうそう。激変よ。
もし私が20年後とかに向こうの世界に戻ったら、
本当に浦島太郎くんになってそう」
「浦島太郎とは!どこのどいつですか!」
「あー浦島太郎は…歴史上の英雄…英雄か?」
「どんな野郎ですか!」
とまあ、いつもこんな具合だ。
なんせ彼女は洗練された文明の経験者、
こちとら身分はあるとは言え後進の世界の住人。
彼女の話題に挙がる一つ一つの未知のアイテムに、人物に、
僕はいちいち反応してしまうのだ。
それはどんなものだ。
僕より優れた人物か。
あなたとの関係は。
それが物であっても人であっても歴史上の英雄であっても、
僕はヤキモチが止まらないのである。
「そういえばこの間の風邪、流行ったわねえ」
「そうですね。王都中で次から次へと熱病患者が。
まあ大体毎年冬になると出るものですよ」
「インフルエンザみたいなやつ、こっちにもあるのねえ」
「何ですそれ?」
「私たちの世界でもね、同じように季節によって流行する風邪があったのよ。
予防するための薬もあるんだけどね」
「…以前から聞きたかったのですが、」
「なあに?」
「どうしてあなた、そんなに物知りなのです?」
「そう?」
「ええ、歴史上の人物から医学、
建築様式から工作技術まで、
あなたの世界のことなら、ひととおり話せるでしょう」
「んー、一般常識レベルだと思うけどなあ」
「いいやこちらの世界に当てはめたら、
その知識の幅広さは尋常ではありませんよ。
どうして聴取の時言わなかったのです。
ずっと『特別な技能・知識なし』で通していたでしょう」
「いや、ほんとに特別な知識はないのよ。
こういうことは、学校で習うのと新聞で読むの」
「相変わらず高い水準の教養を見せつけてくる…」
「でも確かに、私よく新聞は読んでいたから、
ちょっと物知りかもしれないわね」
ぐぬぬ、勝てない。
勝ち負けではないとは分かっているのだが、
彼女を満足させる文明をこちらが持ち合わせていないことを非常に悔しく思う。
頑張ってほしい、わが世界の研究者たち、職人たち。
「でも、
レイフォード君がこうやって私の世界の話を聞いてくれて、
結構助かってるのよ」
「そうなのですか?」
「うん、ちゃんと私、覚えてるじゃんって。
私の頭の中からも消えちゃったわけじゃないんだなって」
そんなのずるい。
不意打ちだ。
泣きそうになるじゃないか。
「…どんどん聞かせてください。
我が家が投資して、実現可能そうなアイテムなら開発に着手します」
「わーい」
どうやら僕は、自ら嫉妬のループに足を突っ込んだようである。
――――
気付きその三、
『僕は想定外に初心らしい』
実は僕にはちょっとした悩みがある。
「あなた、今日ご機嫌ですね?」
「あそこのお店、あなた好きそう」
「明日はあなたの家に行っても?」
…お察し頂けるだろうか。
そうである。
僕はまだ、彼女の名前が呼べないのである。
なぜかって…照れるからである。
他者に紹介するときの「ケイナ嬢」でギリギリ、
プライベートで名前を呼ぶなんてもっての外である。
「ああ、そうだよね、だと思ってたわ」
「お気づきでしたか」
「最初は他人行儀だなあと思ってたんだけど、
だんだん、ね。」
「どうしてもこう…照れが抜けず…」
「呼んでみていいよ?
ほら、ケイナって」
「そ…そんな…破廉恥な…!」
「ひとの名前を破廉恥扱いしないでくれる?!」
そんなことを言われても、
「ケイナ」
…ほら、だんだん顔が熱くなってくるんですよ。
やめやめ、やめですもう!
「うーん…確かにちょっと照れるかも…」
なぜか彼女も顔を赤くしている。
それはちょっと可愛らしいので儲けた気になる。
「そういえばあの出張のとき、覚えてる?
花畑でエスコートしてくれた時、
坂道降りたらさっさと行っちゃって、
なんて薄情なって思ってたんだけど、
今思うとアレ照れてたの?」
「半分正解ですね。
照れてたのと、
…半分は噛みしめてました」
「噛みしめる」
「久しぶりの接触だったので…」
彼女があんぐりしている。
「レイフォード君、
あなたよくワンナイトとかできたね…」
「それを言わないでください!!
あれは僕も想定外だったんだ!!」
「ごめんごめん」
僕は現在、
訪れた恋の春を謳歌している。
喧嘩も、失敗も、悩みも、
ひとつひとつがすべて愛おしい毎日だ。
彼女を幸せにしたい。
彼女の傍にいたい。
正式にパートナーとして立つには、
多分恐らく間違いなく、
これから大変な障壁が山ほどあるんだろうけれど。
それについてはドンとこい、
いつでも受けて立つ、といった心構えだ。
でもそれより何より、
「レイフォード君」
「何でしょう」
「好きよ」
「…僕もです」
今ここにある彼女の笑顔を、
僕は絶やさない努力をしたい。
…彼女を、ずっと、
僕の腕の中に捕まえておくために。
ありがとうございました。
今後ふたりがどのように正式なパートナーになっていくのか。
一応作者の中ではふたりが動き始めているのですが、
遅筆ゆえそこまで書くかは未定とさせて頂きます。
もしご要望などありましたら、ぜひお聞かせください。
作品にお付き合いいただき、ありがとうございました。