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戦士ティアンナの受難1

お待たせいたしました、ティアンナ嬢視点の番外編です。

わたくしの名はティアンナ、婚活戦士である。



適齢期に入るずーーーっと前から、何なら産まれた瞬間から、わたくしは婚活戦士である。



割りかし高位の貴族の、割りかし野心家の両親のもとに産まれてしまい、わたくしの双肩にはべったりと【いい婿捕まえろよ…】の怨念が貼り付いている。



しかもわたくしは第二子、ちゃーんと後継ぎの兄がいるため、両親は言うてセーフティーゾーンにいる。


そのセーフティーゾーンからわたくしに向かって、

もっと高位!だのもっと優秀!だのもっと美麗!だの、

やいのやいの喚きまくっているのである。



一応わたくしも婦女子でございますから、半分両親の婚活パワーゲームの駒になりながらも、ちゃあんと恋愛の素晴らしさ甘酸っぱさ、いかに恋しい人との心の触れ合いというのものが人生を美しく彩るか、そういったお勉強もたくさんして参りましたものよオホホ(参考文献:ロマンス小説 / 歌劇 / メイドの恋バナ)。




両親に言われるがまま、

無味乾燥な結婚なんてぜったいしない。



両親とわたくし、どちらのお眼鏡にもかなう最高の殿方と結ばれ、産まれながらに背負った怨念を薙ぎ払い、幸せになってみせる。



そう心に決めたわたくしはそう、戦士。


己の持つあらゆる武器を隙なく磨き、好機を狙うわたくしは、まさしく戦士なのである。



――――――

そのような勤勉な戦士であるわたくしに、

絶好の機会が訪れた。



出陣せよ!出陣せよ!

将は向こうから自陣に来たり!

迎え撃て!!



レイフォード・エルスワース侯爵令息。



高貴な生まれながらその優秀な頭脳をもって王城にて事務官をつとめ、着実に将来の政務官としての実績を積む有望株。

加えてご両親のエルスワース侯爵夫妻は社交界でも極めて温厚な人格者として知られ、嫁姑問題のリスク低め。



加えて!

その美麗なかんばせ!

凛々しい立ち姿!

殺到する令嬢たちを躱すスマートな受け答え!



マル(合格)ッッッ!!



もちろんかねてより両親の「婿リスト」のだいぶ上の方に名を連ねていたご令息であるため、

彼が夜会に顔を見せれば両親に連れられ挨拶に行き、売り込みを怠らず来た。



ただし彼は優良物件、

常にあらゆる身分の令嬢たちがせめて一太刀彼の心に爪痕を残そうと躍起になって群がっている。



爵位の高いものは権力にモノを言わせ、 

見目麗しいものは着飾り、

賢しいものはとっておきの話題を用意して、

彼をメロメロにせんと攻撃をしかけている。



しかし、かの令息もさるもの。

あらゆる攻撃を闘牛士のように捌き切るその手腕、

失礼にあたらぬ程度に話を聞き、だがしかし決して内には入らせず権力にも屈せず。



自身をめぐる婚活レースで、誰にもゴールに近づけさせぬ美麗なる令息。




それを手にする千載一遇の好機がやってきた。




「ティアンナ、エルスワース侯爵令息が我が屋敷に来る。

 仕事だが、宿泊ありだ。

 この機を逃すなよ」




相手にとって不足なし!

来ませい!!!





その日から我が家は、いやわたくしは臨戦態勢に入った。



実のところ両親は、

「あのような若造、わしらが罠を仕掛ければチョチョイのチョイじゃわ」

というような、さも狩りは成ったも同然といった態度であったが、わたくしはそうではなかった。




結婚できれば良いという訳では無い。

互いに好き合って結婚できねば意味がないのだ。


すなわち、彼をメロメロにせねばならん!



わたくしはまず、

『傾向と対策』から始めることにした。



「調査員、報告を」

「は」


忠実なる婚活調査員(侍女、子爵家出身)は述べる。


「今回の来訪は王城と我が領との農作物の流通に関する調整が目的、つまり寸分の狂いもなくオフィシャルです」


「次」


「は。

 来訪のスケジュールについて申し上げます。

 王都を出発ののち中継の街で一泊。

 翌日午前には当領地内での関連施設見学、

 午後に屋敷に到着予定。

 領主様との会談ののちに晩餐会、

 翌午前には再度会談、次いで出立でございます」


「なんかもったいない時間があるわね」


「と言いますと」


「初日ね、もったいないのは。

 ウチ領地的には王都のご近所さんよ。

 1日走れば晩餐前には十分屋敷に着くでしょう。

 そしたら2泊分時間が作れるから有利なのだけれど」


「そうですね、滞在時間は思ったより少ないかと」


「日程変更を願い出るか…。お父様に要相談。

 次」


「は。

 同行者について申し上げます。

 王城からの正式な通達では派遣事務官はレイフォード・エルスワース侯爵令息、および補助事務員ケイナ、以上2名です。

 それとは別に、エルスワース侯爵家より世話係の使用人男性2名、女性1名の同行の申請がありました」


「え、事務官2人?

 今回の取引そんなに小さいの?」


「いいえそのようなことは。

 事前に契約内容の摺り合せをした最後の締結段階とはいえ、正直私もこの来訪の規模はやけに小さいと思いました」


「あと引っかかるのは…

 ケイナって男女どっち?身分は?職歴及びその能力は?」


「お嬢様、そのこころは」


「ケイナってのが補助事務員の名目だけれど、

 実はわたくしの知らない高位貴族だったり、

 めちゃくちゃ有能な出世株だったりする可能性もあるわけでしょ。

 そうなるとこの小規模な来訪にも納得できるわよね。少数精鋭的な?

 そしてとびきり素敵な殿方である可能性だってあるわけよ」


「さすがお嬢様抜かりのない」


「当然よ」


「ですが残念ながらケイナは平民女性です」


「……」


「ついでに言うと異世界人です。

 今回は祐筆としての帯同です」


「………調査員」


「は」


「考えられる最悪のパターンを述べよ」


「述べてもよろしいので」


「………」


「申し上げます。

 平民女性たったひとりを帯同させた、

 ちょっとゆったりした旅程。

 これすなわち」


「愛人との小旅行…と言いたいわけね」


「ご明察」


「バレバレよそんなもん!

 異世界人の祐筆って何よ無理があるわよ!

 契約書類なんて王都で作って持ってきなさいよ!

 ていうかそのくらいウチの秘書が書くわよ!

 なんなら私が書くわよ!!!!」


「お嬢様、素晴らしい熱意です」


「いやーなんか胸糞悪くなってきたわね」


「戦線離脱されますか?」


「………いや、まだよ。

 そうと決まったわけじゃない。

 とりあえずそのケイナの身辺調査と、 

 其奴の書いた書類をいくつか手に入れなさい」


「は」


「わたくしは、その間己を磨くわ」


ザッと立ち上がり、


「人事を尽くして天命を待つ。

 それだけよ」


そう。


もう戦いは始まっているのだから。



ーーーー



「…想定外だわ」

「同感にございます」



ティアンナはデスクに広げられた数枚の書類を前に腕組みをしていた。



右手でその中の一枚をつまみ上げ、


「美しい字体、全体の文字サイズのバランス、

 適切かつ効果的な改行および空白の利用。

 簡潔で的確な言葉選び、理路整然とした文章」



くあっと天を仰ぐ。


「有能」

「同感にございます」



さらに左手に別の書類をつまみ上げ、



「異世界から渡ってきて1年半、

 身元保証は王家、

 恋人なし親しい友人なし趣味無し、

 プライベートはたまに本屋と酒場に行く程度。

 

 …オシャレには無頓着というかまだこの世界の衣類に適応しきれていない様子でモタモタと動きづらそうにスカートを捌いている」



くあっと目を見開く。


「潔白」

「同感にございます」




右手にケイナが作成した文書、左手にケイナの身辺調査書をピラピラさせながら、ティアンナは唸った。



「異世界人の祐筆なんて、

 愛人に適当な役職付けただけかと思ってたけど、

 これは確かになかなか有能だわ」


「加えて調査書によると、

 エルスワース侯爵令息とは半年ほど前に同じタイミングで同じ部署になったようで、仕事の範囲を超える接触は皆無です」


「コレ、ほんとにただ有能だから連れて来るだけじゃないの?」


「そうかもしれません」


「そうなれば戦況は悪くないわね。

 女性とはいえ、あえて平民の有能な祐筆をひとりだけ連れて我が屋敷へ来るとなると、 



 …これはわたくしへのアピールとも取れる」



「ポジティブでいらっしゃいますお嬢様」


「平民の祐筆とはすなわち物言わぬ筆。

 つまり実質ひとりで我が屋敷へ来る!!

 ろくな供も連れず!!」


「それはすなわち」


「オフィシャルを装いわたくしとの交流をご所望!!」


「(拍手と深い頷き)」


「そして祐筆に女性を置くことで令息自身の隙を見せる…『僕の隣のこの場所に、あなたを望む』…」


「滾って参りましたお嬢様」


「いける。いけるわ調査員」


「しかしお嬢様、少々気になる点が」


「述べよ」


「は。

 かの令息は半年ほど前より、

 自身の縁談を門前払いするようになったそうです」


「門前払い?

 彼、話が来た令嬢には一度は会うでしょう?」


「これまではそうでした。

 しかしながら、5ヶ月前のサムエル伯爵令嬢、

 3ヶ月前のケニー子爵令嬢、

 いずれもお会いにもならず釣書も受け取ってもらえなかったそうです」


「爵位が足りないのが問題なんじゃない?」


「いえ、ついに先日、

 王弟のご息女、マクライネン公爵令嬢の婚約のお申し出も正式にお断りになったようです」


「なんですって!

 アミー・マクライネン公爵令嬢ったら、エルスワース侯爵令息にいちばんご執心で周りの令嬢を牽制しまくってるお方じゃない」


「御名答」


「彼女がいるから遠慮して、

 わたくしもエルスワース侯爵令息には大っぴらにアプローチできなかったというのに…」



ふ。

ふふふ。


「ふふふふ…」


「お嬢様」


「調査員、これはこれ以上ない好機!!

 全力でいくわよ!!」


「御意でございます」


「まずはかの方の隣に立てる知性をアピール!!

 手記の練習もするわよ。

 ドレスも露出控えめ、品を大事に整えるわ。

 目指すはまずは仕事のパートナー、ゆくゆくは公私ともに手に手をとって!!!」


「御意でございます」



―――――


それからというもの、ティアンナは決して充分とはいえない期間で、しかし妥協なく己を磨き上げた。



ドレスも「美しく控えめな職業夫人」をテーマに、清楚かつ柔らかな雰囲気を演出した。


当日のヘアメイクも入念なリハーサルを行い、大鏡を前に立ち居振る舞いもチェックした。


さらに気分を高め盛り上げるため、レイフォード・エルスワース侯爵令息の姿絵を手に入れ、暇があったら眺め、なんだったら心の中で話しかけた。




恋愛脳スタンバイオーケー、

もはやティアンナの脳内ではかの令息とイマジナリー職場恋愛真っ只中である。



そしてティアンナの用意した渾身の一太刀が、

菫の押し花を漉き込んだカードだ。




―ティアンナはそれはもう誠実だった。


小手先の技術、付け焼き刃の誤魔化しを決して許さず、

何度も何度も練習し美しく整えた字体に己の真心を込めた。



これまで軽い挨拶をしたことしかない、

お互い良く知りもしない間柄ではあるが、

少なくともティアンナはお相手を生涯の伴侶に望んでもいいと思うくらいには好ましいと思っている。



その相手への最初のプレゼントは、

高価でなくとも、

自分の真摯な心を伝えてくれるものでありたい。



その思いで、

カードにはたった一言、


「温かな幸せが、

 あなたの隣にありますように

 わたくしはそう願っております」


と書いた。



キャーこれじゃまるで愛の告白じゃない!

いんやー私ったらロマンチックー!



なあんて寝具のなかで転げ回って、

「恋っていいわね文献どおりよ!」

なんて頬を染めた。



そうしてやってきた来訪の時。



内も外も万全に整い、


機は熟せり、


いざ尋常に、勝負!




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