表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/9

不穏な出張

数話完結の短編です。

よろしくお願いします。


【1/5 更新】

大変ありがたいことに、たくさんの方に読んでいただきました。

日別異世界恋愛カテゴリで2位を頂いています。

びっくりしすぎてわなわなしてます。


誤字訂正も大変助かります!!

感想もありがとうございます!!!

本当にびっくりしてますありがとうございます!!


01/15

とあるコミックのキャラ様と、レイフォード君の名前が酷似していることを発見しました…

名前はもう愛着湧いちゃっているので、

苗字を変更しました。

アルザス⇒エルスワース

に変更しています。

「あの夜、何故僕と寝たんですか」


いや、ぜったい今じゃないでしょ言うの。



異世界からの転移者ケイナは、

驚きに顎を落として目の前の美貌の男を見つめた。



目の前の男ーー

ミルクティー色のサラッサラの髪に同じ色彩の瞳を不機嫌そうな瞼で半分隠し、それはそれは整ったお顔の中央にふっっかい渓谷を携えた美貌の侯爵令息、レイフォード・エルスワース君は更に深いため息をついた。



ケイナとレイフォードのお尻が同時にガタン、と揺れる。


「…僕は、あなたと寝たくはなかった」



だから今じゃないとおもうの!!!



カーブに任せて向かい合った身体が同じ方向に傾く。



これが夜も深まってからのプライベートタイムならまだ分かる。


すぅ、とケイナは息を吸う。


いま!

朝の!! 9時!!! 

しかも!!!

いまから割と大事な出張!!!

ふたりで!!!!

三泊四日!!!!!



この半年、何事もなかったことにして上手いこと忘却の彼方に追い出そうとしていたアレコレを馬車に乗り込んだ5分後に華麗に蒸し返され、


ケイナは白目を剥いたのであった。




ーーーー

ケイナがこの世界に落っことされてから1年と半年が経った。



この世界ではたまーにこうやって別世界から渡ってくる者がおるらしい。


別に望まれて召喚された訳でも特別な能力を持っている訳でもなかったが、異世界の知識っていうものはいつ何時どんな役に立つか分からんと王城に保護され、あれやこれやと質問責めにされ確かにコリャ異世界人だというお墨付きを得て王室に身分保障をしてもらい、


身分は平民ながら王宮の雑用事務員としての職を斡旋してもらい、


何とか今に至るまでやってきたのである。



幸いこの世界の生活文化レベルはそう低くなく、ケイナはあっという間に慣れた。

何のためにか分からんがご丁寧にこの世界の言語は読み書きできるように頭にインストールされていたため、差し迫った危機もなく慣れた。



とはいえ、

突然強制的に、家族やら友人やらキャリアやら資産やらを放逐させられた挙句、全く馴染みのない世界で人生リスタートを切らされた身としては、

ふとした瞬間に言いようのない不安に襲われたり、いっそ全てが夢であるような気持ちになるのである。



確かその日も雪がちらつくような酷く寒い日で、

終業後に体を温めるためにひとり入った酒場で深めに酒に浸かっていたところ、

『あ、これ夢なんかな』の発作に襲われ頭がふわふわしてきてしまったのだった。


そしたら王城で数回見かけたことのあるどストライクな美青年の姿が隣のカウンターに見えたような気がして、コリャ都合のいい夢だといつもより大胆に交流をはかりちょっと甘えてみたりしたところ、


『送ります』なんて都合のいい幻聴まで聴こえて、

アラいい声なんてボーッとしてたらそのまま手を引かれて平民ケイナの素朴なアパルトメントの前に辿り着き、


『それではまたいつか』なんて言う紳士的なお顔にもっと色んな表情をさせたくなってしまい、

夢ならいいやダメ元だと、見つめ合いながら閉まりゆくドアの間に身体を滑り込ませ、

彼のノーブルなマフラーをぐい、とこちらに引き込んだ。



すると拍子抜けするほどなんの抵抗もなく引っ張り込めてしまいどちらからともなく口づけた。

そこからはまぁ、言葉もなく寝台へ直行である。



寒い部屋で炉に火も付けず、寝具の中で密着しながら行われたソレは、うん、まぁ、とても良かった。

行為そのものもアレであるが、誰かの体温を一等近くで感じながら眠ることの安心感たるや。

この世界に来て、あの日初めて、ケイナは心から安心して眠ることができた気がした。



とはいえケイナは大人の女である。

大変にいい思いをさせてはもらったが、翌朝には丁重に部屋から送り出した。

マナーとして相手の素性は詮索せず、っていうか高位貴族とかだったら後が怖すぎるのであえて名も聞かず、こちらも名乗らず、『後腐れなく』を上手にやったつもりだった。



うん、それがね……

数カ月後の人事異動先に彼を見つけてしまったり、

案の定高位貴族であることが判明したり、

何やかんや仕事で関わりがあるポジションに付けられてしまったり、

こんなことになるとは思ってなかったよね……




で、冒頭に至る。

半年間のらりくらりと知らぬ存ぜぬを貫き、「あっこれ向こうも覚えてないやつじゃね」とちょっと安心して泊りがけの出張を引き受けた途端、これである。



あ〜〜しくじった〜〜……



「あなたはいつも、あんなことをしてるんですか」



いやだから時間!

時間考えようよレイフォード君!!



大声張り上げそうになったがケイナは大人の女である。

ぐっと我慢し努めて穏やかな声を引っ張り出した。



「…滅相もありません。

 私はこのような身の上でありますので、

 時折自分ではどうしようもない寂しさが顔を出す時があるのです。

 あの日はそれが酷い日でしたが、お陰様でとてもよく眠れました。

 心からの謝罪と、感謝を申し上げます」



全く嘘は言ってない。


「このところは安定しております。

 この旅でも、今後も、エルスワース侯爵令息にご迷惑はおかけしないと誓いますので」



どうか御慈悲を。見逃して忘れてくれ。

という部分は口に出せず、ケイナは頭を下げた。



「安定……」



と呟いてレイフォード君はそれきり黙る。

これ幸いとケイナは書類鞄をごそごそやる。

『この話は終わり』の合図だ。



ーーーー


ケイナの仕事は様々な雑用であるが、もっとも需要があるのが祐筆、つまり文書作成代行のお仕事である。


この世界に渡るときに勝手にインストールされた読み書き能力はやけにスペックが高かったらしく、特に字は美しく書けるよう設定されていたようで、最近では公式文書や契約書の書き手として重用して頂いている。


今回の旅はちょっと偉い大貴族の屋敷まで、

ちょっと大事な国家との取引の調整および契約締結までを一気にやっちまおうというちょっと大事なやつである。


その証拠に調整役に同じく大貴族であるエルスワース侯爵家のレイフォード君を置き、

わざわざ領地の屋敷まで出向くという気合いの入りようだ。

ケイナはその契約書類等の祐筆としてお声が掛かったのだ。



ちなみに我々の馬車の後方には、荷物と侯爵家の使用人の乗った馬車が一台走っている。

ケイナも平民であるしそちらの馬車に、と思ったが許されなかった。

そりゃそうだ、こっちは王城事務局の公用馬車、あっちは侯爵家専用馬車。


ケイナはおとなしく、レイフォード君の物言わぬ筆としてなるべく存在感を消してやり過ごすつもりだった。



初手から想定外の動きもあったが、予定は変更なし。おとなしーく過ごす方針である。



天候にも恵まれ行程は順調、予定より早めに、昼過ぎには本日滞在する中継の街に到着した。


とってもいいお宿にチェックインを済ませ、役得役得、とひととおり部屋を堪能し、最低限の荷解きをした後はもう自由時間である。

レイフォード君の侍従に許可を取り、初めての街に繰り出した。



「果実水どうかね?」

「焼き立てだよ!」

商店の集まる広場は大変に賑わっており、ケイナは海外旅行に来た気分だ。

うきうきで歩いていると、少し奥まったところに品の良い筆記具店を見つけた。


ショーウィンドウには書き心地の良さそうな筆や美しい発色のインク、

筆に直接インクを充填する万年筆のような最新の筆記具もあったりした。



万年筆いいじゃーん、でもたっかーい!

でも持ってたら速く清書終わりそう…でもたっかーい、と涎を垂らして見ていると、



「筆記具に不備がありましたか」

冷ややか〜な声がすぐ後ろから響いた。


「エルスワース侯爵令息」


侍従もつけずにレイフォード君がひとりでそこにいた。何で肩で息してるの君。


「いえ、そういう訳ではありませんが、

 こちらの店の筆記具には心躍るものが多く」


「ふむ。心躍る」


「ええ。

 筆記具は書ければ何でも良いという方もいますが、私はこだわりたいほうでして。

 書き心地がいいほど、発色がいいほど、

 そして筆記具自体が美しいほど心躍ります」


「なるほど。例えばどれですか」


「こちらの万年筆なんかは、

 インクが一定にペン自体から出てくるので書きムラがなさそうですね。

 筆先をインクに浸す必要もないので集中を途切れさせずに済みそうです」


「使ったことがあるのですか」


「いえ、前の世界に同じようなものがありましたので」


「…そうですか」



また黙る。

同じショーウィンドウを眺める横顔を盗み見るとそれはそれは美しくどタイプで、眼福眼福である。


「入りましょう」


無駄にキリっとしたレイフォード君はケイナの手を引き店に入る。

やったね、ひとりではちょっと入りづらかったんだ。


「ようこそ」

店主がレイフォード君と私、両方の目をしっかり見て挨拶してくれる。好印象だね、あからさまにレイフォード君しか見ない人もいそうなもんなのに。


「あちらの充填式のペンを」

「試し書きを?」

「ああ」

なんてシンプルで品の良いやりとり。

店員相手だとちょっと偉そうなレイフォード君はやっぱり根っからの貴族だ。



出された紙にさらさらとレイフォード君が書いたのは、『今がその時』。



なにそれ?



店主とケイナの頭に『?』が浮かんだところで、

レイフォード君が珍しく慌てた様子を見せる。


「いや、他意はないんだ。先ほど新聞の見出しにあった言葉で」

「ああ、そうでしたか」

「そちらのお嬢様は?」

「ぜひ試し書きをお願いします」


一方ケイナが書いたのは試し書きの定番、日本語での『あいうえお』である。


こちらも『?』が浮かんだところで、まずいまずいと気を取り直し、

「インクの継続力を見たいので、少し長めの文を書いてもよろしいでしょうか?」

「もちろんでございます」


次に書いたのはこちらの言葉で『風林火山』、

『疾きこと風のごとし〜…』の一節である。

最後に『動かざること山の如し』、までインクも途切れず書き終わると、店主とレイフォード君が感心したように手元を眺めていた。



どや。

神様謹製筆記スキル、どや。


「これはまた素晴らしいお手前で」

「そうであろう。

 僕も彼女の手記がいちばん美しいと思っている」


レイフォード君が何故か誇らしげだ。

あらそうなの?照れちゃう。


「えっと、仕事で祐筆をしておりまして」

「なるほどその道のプロの方でしたか。

 いや大変に素晴らしい。

 お手本にしたいものですな」

「まったくだ。

 店主、こちらは頂くぞ」


レイフォード君は私が試し書きした紙をごく自然に胸ポケットに回収した。

ん?


「店主、こちらのペンを2本包んでくれ」

「2本でございますか」

「彼女へ、そして僕も気に入った」

「えっ、買ってくれるんですか」

「ああ、今後あなたの書がさらに良くなると思えば買わない手はない」

「ありがとうございますー!」


なんて嬉しいプレゼントだ。

店主は充填用のインクもオマケしてくれ、お礼を言うと「いえいえ良いものを見せていただきました」と愛想よく言ってくれた。

好き。この店好き。



かくしてレイフォード君からペンを受け取ると、はたと気付いた。


お揃いじゃん。


職場で意気揚々と使ったら照れくさい、通り越して面倒くさいやつじゃん。

なんせレイフォード君は貴族から平民まで、令嬢たちに大人気なんだから。

平民の身で彼女らに目を付けられたら終わる。社会的に。


ということで、このペンはいざという時に取っておくことにする。

何か言われたら「経費で買ってもらいました」って言おう。



「素晴らしい買い物でした」


レイフォード君は嬉しそうである。

そうか、君も筆記具の素晴らしさに気づいてくれたかね。


「重ね重ね、ありがとうございます」

「気になさらず。

 先程も言いましたが、

 あなたの書は本当に美しいので」


目があったそのミルクティー色の瞳は優しげに細められていて、ケイナの顔がじわっと熱くなる。


なんだよ美青年。ずるいな。


「では、行きましょうか」

「どちらへ?」

「少し早いですが、夕餐…食事です」

「食事」

「なにか?」

「いえ…それは私も同席しても?」

「何を言っているんですか、当然です。

 女性をひとりで飲食店に入らせる真似はしません」

「お気遣いありがとうございます…」




ーーーー

ということでやって来た、どう見ても貴族御用達の高級レストラン。

眼の前に腰掛けたレイフォード君は、

先程の微笑みが幻想かのように絶好調に不機嫌だ。



ごめん、マナーなってなくてごめん。



いやでもさすがに平民風情にこの店レベルのマナー教養は無理あるよ、レイフォード君。


一応、前の世界でのコース料理マナーの感覚で食べ進めてみてはいるが、正解がわからんよレイフォード君。



「あなたは」

「はい」

「食べる姿も様になっているのですね。

 こういう店は来慣れているのですか」


正解だったー!ありがとうコース料理マナー!


「いいえ滅相もない。

 こちらの世界では初めてです」

「ということは、以前の世界ではあると」

「ええ、といいますか、

 あちらでは平民でも、

 節目節目にこのような店で食事をすることがよくあるのです」

「興味深いですね。節目とは?」

「自分や家族の誕生日、結婚式や恋人同士の記念日、などですかね」



ギャンっと音がしそうなほど鋭い視線で睨まれる。

なんだなんだ、何がいけなかった。



「なるほど?

 あなたはそういった経験を積んでおられると」

「ええまあ、マナーについてはそうですね」

「そのために平民でも講師を付けて準備するわけですか」

「いいえ、わざわざ講師を付ける真似はしません。

 この手のマナーは一般教養として触れる場面があるというだけですね」

「随分進んだ教育水準だ」

「ああ、まぁ…ある意味そうなのかもしれませんね」

「…きっとあなたの周りにいた者たちも、洗練された者たちばかりなんでしょうね」



そう言ってワインを煽る。

わかる、美味いよねこのワイン。

ケイナも調子に乗ってゴクリとやる。



「いやーそうでもございませんよ、

 普段はほら、以前お会いしたような酒場でワイワイ、っていうのが一般的……」



やべーー墓穴掘ったーーー!


レイフォード君も音がしそうなほどじっっっ…とこちらを見ている。いや睨んでいる。



こうなったら仕方がない、

「…そういえば、エルスワース侯爵令息はなぜあのような店に?」


ちょこっと話題にして何でもないよー気にしてないよーアピールをする!!これでいこう!!


レイフォード君はテーブルに両肘を立て手を組み顔を埋め(碇ゲ◯ドウスタイルと呼ぼう)、

そこから上目遣いでこちらを見やり………


「あの日のように、呼んではくれないのですか」


ま、まぶしー!!

美青年の上目遣いまぶしー!!


「あ、あの日のように?!?!」


ケイナは分かりやすくテンパっている。


「………レイ、と」



私やらかしてたーーーー!!

まったく覚えがないがやらかしてたーーーー!!!



「滅相もないそれはワタクシ風情が身の程も知らずに御無礼を」


レイフォード君は上目遣いからその視線をふい、と逸らし、


「………そうですか」


とだけ言った。


いや気まずいって。


丁度良いタイミングでデザートが運ばれ、黙々と食べ熱い珈琲をちょっと無理してズズっとやっていると、


「朝、このところは安定している、と言っていましたね」

「はい」

「…安定するような何かが、あったのですか」

「何か」

「…例えば、特定の相手ができたとか」


ああーなるほど?

誰か適切な相手に抱き枕係をしてもらってるのかって?


「いえ、そういう訳ではありません。

 安定している一番の要因は気候が暖かくなったからですね。

 寒さはいけませんね、余計なことまで考えてしまう」


「では、寒くなるとあなたは相手を探すわけですか」

「そうではありませんが、人恋しくなる傾向はあります。

 ですがあの日は特別でした。あんなことはあの日以外しておりません」


とんだ御無礼を、と再度頭を下げる。

ご容赦ください。どうかどうか。

そろーり、とレイフォード君の顔色を窺うと、


「…特別…」


と何かを噛みしめるように呟いていた。

だからごめんって。

犬に噛まれたと思ってくれ…




その後ちゃっかり同じ宿なので部屋まで送ってもらい、


「それでは、エルスワース侯爵令息、おやすみなさいませ」


とドアが閉まるその瞬間まで、

レイフォード君のミルクティーの瞳はケイナの目を捉え続けていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ