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王太子の取り巻きこと三馬鹿は嫌いだ

 三馬鹿、とわたしが勝手に呼称している存在がいる。


 もちろん本当の馬鹿ではない。むしろわたしより優秀な連中なのだけれど、かと言って彼らを敬おうとはこれっぽっちも思わない。出来れば人生を送る中で関わりたくないのだけれど、そうも言ってられなくてたちが悪い。


 その正体はそれぞれ王国を将来支えていく人材にして王太子の側近である。


 側近の選定は婚約者よりも早くに進められ、ほぼ順当に選出されたそうだ。文武どちらかに偏らせずに多角的に揃えられ、大人の期待に応えて各々優秀さを周囲に見せつけている。


 例えば武門から選ばれたエイベルは王国筆頭将軍の嫡男だ。やや粗野なのが難点とはいえその欠点を補って余りあるほど卓越した腕を持っている。すでに大人の騎士団の練習にも加わるほどの才能を見せており、武勲次第で将軍の座も問題ないともっぱらの噂だ。


 例えば経済分野からは王国どころか近隣諸国を股にかける大商会の会長の息子であるヒューゴー。彼はすでに商会で働いていて幾つかの大仕事を成功させたらしい。諸外国の知識が豊富で現地語を使いこなし、外交面での発展に期待がかかっている。


 この二人についてはわたしはほぼ接点が無い。彼らからすればわたしは自分達の主の婚約者の姉というほぼ他人の立ち位置なものだから、義理で一回か二回ほど言葉を交わしただけ。後は王太子の傍らに控える彼らを目撃するだけに過ぎない。


 しかし、そんな短い時間だけでも彼らから距離を置くには充分すぎた。


「あら、エイベル様の何が気に入らないのかしら? あの方はまだ成長しきっていない年で大人の騎士を倒すほどよ」

「国や重鎮は自分達が守ってるんだ、って考えが透けて見えるからだよ。守られるだけの女を下に見てるフシがある」

「騎士の妻たる者、夫が不在の間は家を守らなくてはいけない。ジュリーの言う温かい家族は望み薄でしょうね」

「夫に従い、家に従い、子に従う。奴隷じゃないか。騎士の妻になる女の気がしれないよ。それでも愛があれば耐え凌げるのかな?」


 ミッシェルは王太子の婚約者なので彼らとも頻繁に付き合いがあるらしい。けれどミッシェルから率先して彼らと親しくなろうとはしておらず、あくまで仕事上の付き合いという考えのようだ。彼女は彼らを「立派」だと評価し、「素敵」だとか私情を交えた称賛が出ないのがその証拠だ。


「ではヒューゴー氏はどうなの? 私やジュリーには無い知識と経験は褒められるのも頷けるのだけれど」

「それを謙遜せずに自慢するから鼻につくのだけれど。自分はこんなに世界を知っているのに君たちは何も知らないんだな、と馬鹿にされてる気がする」

「僻みじゃないの」

「否定はしない。けれど言い方が悪いとはわたし以外も言ってることじゃないか」


 あとこれはわたしにはどうでもいいのだけれど、側近は公衆の場で王太子の側にいることが許される立場なため、三人とも容姿は整っている。故に社交界において婦人やら令嬢やらからの人気は高い。それは噂となって市街地にも広がっているらしく、庶民からも支持されているとか何とか。


 さて、これだけならわたしは彼らを三馬鹿などと言いやしない。一癖も二癖もあることに目を瞑れば彼らは王太子を支えるに相応しい能力を持っている。ならどうしてわたしが連中の悪口を止めないのかと言うと、最後の一人が関係している。


「それで、クリフォード様は?」

「わたし、アイツ嫌い」

「仲良くしないと駄目じゃないの。だってあの方は……」

「そんなの知ったこっちゃない。あのムカつく顔面を何度ぶん殴ってやろうと思ったことか」

「とても優秀じゃないの。あの方が宰相になった暁には王国はますます栄えるだろう、と言われるぐらいに」

「優秀さと人柄は両立しないっていい例じゃないか」


 そう、政治の分野から選ばれたクリフォードが全部悪い。


 クリフォードの家は代々宰相やら元老院議員を輩出した名門。彼はそんな一族の中でも飛び抜けて優秀で、物心ついた頃から頭角を現していたらしい。本は一度読めば一言一句全部頭の中に記憶されるのを筆頭に、十人同時に報告されても全部聞き分けられたとか、信じられない話まで飛び交っている。歴代随一の天才、それがクリフォードに下された評価だ。


 だからこそわたしはアイツが嫌いだ。

 なぜなら、わたしの婚約者になったピーター、クリフォードにとって腹違いの兄を見下しているから。

 それも血統を抜きにして自分より劣っているという理由だけで。


「これはこれはピーター。このたびは婚約おめでとう」


 わたしが正式にピーターの婚約者になったことを受けて彼の家に正式に挨拶に伺った際、わたしはクリフォードと初めて出会った。彼の最初の一言は社交辞令も良いところで、心の底ではピーターのことをちっとも祝福していないことは明らかだった。この時点でわたしにとってクリフォードは気に入らない存在になった。


「ありがとうクリフォード。そう言ってもらえると嬉しいよ」

「まさかフィールディング家の庶子を選ぶなんてね。どうやって取り入られたのさ?」

「そんな言い方はよしてくれ。経緯はこの前話しただろう? 僕とジュリーはお互い同意の上で婚約関係になった、って」

「ラドクリフ家当主の座を諦めてフィールディング家に婿入りする気になったのか? それとも継承者争いに破れた保険として彼女を選んだんなら大したものだ」

「勘違いも甚だしいな。僕は打算でジュリーを選んでなんかいない」

「どうだか。ま、せいぜい偉大なる先人の名を汚さないようにしてくれよ」


 腹を立てない腹を立てない。一度文句が口から飛び出ると抑えが効かなくなりそうなので我慢我慢。所詮は見当違いの戯言だと聞き流して……ごめんやっぱ無理そうだからそのムカつく顔面に拳叩き込んでいいかな?


 冷静に努めてクリフォードの言い分を聞いていると、すでに彼はピーターに勝った気でいるらしい。自分がラドクリフ家を継承することを微塵も疑っていない。だからピーターがいずれ家を出てこっちに婿養子になることを前提として喋っているのだ。


「それにしても世も末だ。ピーターのような凡人がフィールディング家の次を担う破目になるとはね。前公爵閣下も神のもとで嘆いているに違いないさ」

「それはフィールディング公爵令嬢の母君のことか?」

「閣下はボクから見ても優秀な方だったよ。公爵、そして貴族とはかくあるべし、と良い模範だったのは間違いない。領土の統治に始まり社交界や外交の場での立ち振舞い、全てにおいて完璧だった。それでいて野心を抱かず国家と国王陛下に忠誠を誓う姿勢、後世まで語り継がれるべきだね」

「それは誰もが認める事実だけれど、それが僕と何の関係がある?」

「分からないのか? 閣下の才能を受け継いでいるミッシェル嬢ならまだしも、ピーターやそこの娘が閣下の後を務められると思っているのか? よしてくれそんな冗談は」


 そしてピーターやわたしのことをただの凡百な社会を回す歯車としか考えておらず、ミッシェルや彼女の母親を高く評価していることも分かった。彼にとっては優秀であるか否かが全てで、彼の言う馬鹿は全部見下す対象らしい。


「じゃあこれで失礼するよ。自分の勉強で精一杯なピーターと違ってボクは父上の手伝いで忙しいんだ」

「そのわりに僕に構う時間はあるんだね。言っていることが矛盾してないか?」

「っ! 失礼する!」


 散々馬鹿にしたピーターから反撃を受けたクリフォードは恥辱で顔を真っ赤にして、大股でその場を立ち去ろうとする。少しでもうっぷんを晴らしたいからかわたしと肩がぶつかりそうな距離感で向かってくるものだから、つい魔が差した。


「ぎゃんっ!?」

「あら、ごめんあそばせ」


 ちょっとピーター側に寄ってクリフォードの足を引っ掛けてやった。すると足元が裾に隠れて見えなかったのもあって彼はわたしの足に見事にひっかかり、受け身も取れずにそのまま顔から床に転倒した。


 その後クリフォードが負け惜しみを何か言っていたけれど、もう忘れた。くだらないことの記憶に使うほどわたしは頭の容量が大きくないのでね。


 それから何かに付けてクリフォードはピーターやわたしを見下してくる。小言や嫌味に留まっているから手は出さないのだけれど、我慢出来るからと許せるわけがない、既にわたしから彼への評価はクズでしかない。


 そして、公の場でもそんな態度を崩そうとしないものだから「コイツ馬鹿じゃねえの?」と思ったわけだ。

 そう考えると他の側近二人も何かしら不快感を買う言動が散見されるので、わたしは彼らをまとめて三馬鹿と評したのだった。

 なお、それをミッシェルに正直に話したところ、彼女は爆笑した。


「わたしだったら嫌だなぁ、これから先あの連中と関わる人生送るとかさ」

「要は付き合い方次第よ。馬鹿とハサミは使いようって遠い東の諺にもあるでしょう」

「凡人の心が分からない彼らに気を配りたくなんてない」

「見返してあげなさい、と口では簡単に言えるけれど、あの方々はさすがは王太子殿下の側近に抜擢されるだけあってとても優秀だわ」

「能力は申し分ないのはわたしだって認めてる。付き合いたくないって不満なだけさ」

「だからこそ彼らは溺れるしかないのだけれど、ね」


 ミッシェルの最後の一言の意味が分かったのはそれからしばらく後のことだった。

 彼らは優秀だった。優秀過ぎた。そして自分に絶対の自信を持っていた。

 だからこそ彼らは破滅したのだ。


 彼らの類まれなる才能は、武力も、財産や人脈も、叡智も無力だった。

 そう、奸智の前には、全てが。

 故に彼らは三馬鹿なのだ。そう後の世にも語り継がれることだろう。

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