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これは婚約というより契約に近い

「あぁ、色々と噂は聞いてる。すごく真面目で勤勉なんだってね」

「称賛されるようなほどではございません。皆さまに追いつけるよう努力の毎日です」

「僕もだよ。毎日のように優秀であることを示せって口酸っぱくして言われてる」


 それに端を発した雑談は思いの外盛り上がった。会話が途切れたらすぐさま別の話題を振ってくるので飽きが来ない。何よりピーターは一切取り繕わずに思うがままに喋るものだからついこちらも本音が出てしまう。


「夜会に参加なさったのは随分と久しぶりだ、とおっしゃっていましたが、これまではどこか静養なさっていたんですか?」

「いや。表に出して恥ずかしくならない程度に仕上がるのを待ってた、みたいな」

「出来が悪かった……わけではなさそうですね」

「ああ。僕もジュリー嬢と同じように庶子なんだ」

「! それはまた……」


 聞けば、ピーターの父こと現宰相には愛し合った娘がいたそうな。しかし家の命令でやんごとなき家柄のご令嬢を迎えねばならず、二人は離れ離れになった……という結末は迎えなかった。なんと現宰相は嫁いでくるご令嬢に対して最低とも受け取れる要求を突きつけたのだった。愛する娘との間にも子をもうけ、ラドクリフ家の子として育てることを。


「よくご夫人がお認めになりましたね」

「父の意思は固くてやむを得ず飲み込んだ、と聞いてる」

「では母君は今でも宰相閣下から寵愛されているのですか?」

「いや。父は恋人を第二夫人にも愛人にもしなかった。僕を産んでもらってから完全に円満に別れたらしい。母が何度か調べさせたけれど、恋人はもう父と何も関わらない生活を送っているそうだよ」


 三人がそれぞれどんな思いをしてそんな選択をしたかは知らない。知りたくもない。事情を聞くだけなら宰相は物凄く身勝手にしか思えない。よく夫人も恋人も受け入れたものだと感心してしまう。わたしだったらその場で平手打ちして絶縁してただろう。


 そんな複雑な事情を抱えるピーターは、しかしあまり重く受け止めていないようだ。生みの親を恋人、育ての親を母と呼ぶあたり、彼にとっての家族とは誰かがよく分かる。それは、わたしが未だ血縁上の父を父親だと思えないのと同じかもしれない。


「庶子、となれば家の後継者はピーター様でなく他の兄弟が?」

「いや、父は厳格だ。自分の血さえ引いていれば母方はどうでもいいらしい。常々口にしているよ。「最も優秀な者に家を継がせる」って」

「ですが、恐れながら言いますと……」

「ああ。今のところ僕が一番出遅れてる。第一、兄弟と争ってまで家を継ぎたいとも思わないし」


 かなりさばさばした物言いはわたしにとってかなり好印象だ。相手が何を考えて発言し、なら自分はどんな思惑があって言葉を紡げばいいか、悩まずに済む。気兼ねなく喋れる相手はもう限られてしまっているから、ますます楽しい。


「それで、ジュリー嬢はどうしてここに?」

「あぁ、疲れたので休憩を。あの空気はいつまで経っても慣れなくて……」

「あー、分かる。僕もだ。出来れば家でおとなしくしていたいよ」

「けれど親が許さない」

「その通り。少しでも多くの人と交流を深めてこいって言われた。特に伴侶となる女性を見つけてこいともね」

「分かります。わたしも同じようなことを言われました」


 どうせなら夜会での出会いに頼らずにミッシェルが見繕ってくれればいいのに。ミッシェルだったらわたしの気に障るような男は選ばないだろうから、互いに信頼して尊重し合えばいつかは恋だって芽生えるだろう。それでいて公爵家を支えていく充分な能力を兼ね備えていたら言うことなしだ。


 それとも覚悟を決めて好意を抱いてもらうよう努力するしかないのか? そういうのはポーラの得意分野なのだけれど。わたしが一目惚れされる超展開なんか絶対に起こりっこないし、わたしが一発で恋に落ちそうにもないし。


「お互い苦労しますね」

「ああ、まったくさ」


 ……。

 いや、待てよ。


「「あの」」


 わたしとピーターの声が被った。しかもお互い顔を見合わせる形になってしまい、とたんに恥ずかしくなってしまう。きっと自分の顔に手を当てたらとても熱いに違いない。相手もそんな様子なものだから余計に拍車がかかっててしまう。


「もし良かったら、ですが……」

「いや、僕の方から言わせてほしい。偶然にも僕らは似たような境遇だ。複雑な事情を抱えている僕らが普通に相手を見つけるのは難しいだろう」

「はい。声をかけていただくとしても打算まみれでしょうね」

「なら、そんな僕らが手を取り合えばいいんじゃないかな?」


 ああ、いい。実にいい。

 わたしと同じ考えになってくれて。

 これは恋路などではなく契約だ。


「とりあえず婚約関係にだけなっておいて、婚姻にまで持っていくかは様子を見よう」

「その場合はわたしがピーター様の家に嫁げばよろしいですか?」

「それも様子見かな。ジュリー嬢が公爵になる場合は僕が婿養子になればいい」

「なるほど。そして逆もしかり、と」


 それに両方とも当主になれなかったらその時こそ家を出て平民として暮せばいい。それまでにいっぱい勉強していれば文官になれるだろう。何なら地方の役人になったって構わない。慎ましい生活だってそのうち慣れるでしょう。


「返答は?」

「断る理由がありません。ふつつかながらよろしくお願いいたします」

「良かった。ありがとう。こんな僕を受け入れてくれて」

「とんでもない! こちらもこんなわたしを選んでくださって光栄です」


 ピーター様は朗らかに笑うとこちらに手を差し伸べてきた。何がしたかったか察した私はその手を取り、握手が結ばれる。それは婚約が成立した男女としては駄目なんだろうが、これ以上はもっと彼の人となりを知ってからだ。


「共に頑張ろう。僕ら自身のために」

「家や国のためではないのですか?」

「純粋な貴族じゃないんでね。そこまでの忠誠心は無いよ」

「あはっ。わたしもです。ええ、ますます気に入りました」


 それからわたしとピーターは夜会が終了するまで喋り合った。会場に戻る際も一緒に戻ったものだからあれこれ聞かれた際は「意気投合した」で押し切った。二人共堂々としていたからか、あれこれ言ってくる輩は少なかった。


 ラドクリフ家からの婚約の話が来たのは数日後のことだった。その日帰った後に報告はしていたものだから貴族様と母は共に賛同した。ミッシェルは自分がはっぱをかけてすぐに相手を見つけてきたわたしに驚いてくれた。


「ジュリー嬢と婚約したいって父に言った時はかなり難色を示されたよ。父はフィールディング公爵家の事情を存じていたからね」

「あまりいい噂ではなかったでしょう、間違いなく。うちは大歓迎状態でしたが」

「申し入れるまでの数日間でジュリー嬢のことを調べてやっと認めてくれたよ。知ってた? ジュリー嬢って家庭教師から評判いいんだよ」

「そう、だったんですか。知りませんでした」


 婚約関係になってからわたしはピーターと会う時間を作るようにした。まだどちらかが相手の家にお邪魔して一緒に勉強したり本を読んだり語り合ったりするだけだけど。そのうちどこかに出かけられれば、と思う。


 彼の前でみっともない真似は出来ないから、始めのうちは猫かぶっていた。それを何度も繰り返しているうちに段々と慣れてきて、演じる必要もなく自然になった。もう貧民時代の馴れ馴れしい口調と態度の方が意識しないと出なくなったぐらいだ。


「ところで、ピーター様のご兄弟はどんなお方なんですか?」

「あぁ、どっちも優秀さ。一人は次期宰相最有力候補とまで言われるほどの秀才だし。だからこそ僕は気張らずに済んでいる、とも言えるかな」

「お噂はよく耳にします。次も安泰だと讃えられるほどだ、とか」

「既に王太子殿下の側近にまでなっているし、もう兄者に任せておけばいいでしょう」


 王太子の側近、か。

 どうも嫌な予感がするのだけれど、気のせいだろうか。

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