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異母妹がずるいと言ってくる。わたしも婚約者を持つべきだと

「ずるいずるい! お姉様ばかりずるいわ!」

「ミッシェルまでわたしに物をねだってきた!?」


 ミッシェルが王太子妃教育を受けるようになって少し経ったある日、ミッシェルが突然ぶりっ子になってしまった。お手本がポーラなのか、仕草や声色の一つ一つが妙に実の妹を彷彿とさせる。普段のミッシェルを知るわたしからしたら違和感どころか拒絶反応に蕁麻疹が出そうなのだけれど、躊躇やわざとらしさを感じさせない辺り徹底している。


 げんなりして頭を抱えていたらミッシェルは普段の優雅な様子に戻っており、こちらに微笑みかけている。けれど目が「どうだったかしら?」とご満悦だったので、「勘弁してくれ」と深くため息が出た。


「で、何がずるいって? わたし、ミッシェルを満足させる私物なんて無いんだけど」

「物は別にいらないわ。どうせねだったってポーラに持っていかれるもの。私がずるいと言ったのはジュリーの境遇よ」

「何が? 今更公爵の後継者に戻りたくなったのか?」

「私だけ婚約者がいることよ」


 貴族の子息、息女が結ぶ婚約は家と家との契約の意味合いが強い。夜会や宴の類で運命の出会いを果たして恋を成就させる、なんて夢物語だ。だから親同士が話し合って子が幼少の頃から婚約関係にしてしまう家もざらだ。


 ミッシェルはたまたま王太子に見初められて早々と相手が見つかったけれど、そろそろ婚約者をあてがってもおかしくない年齢ではあった。生粋の貴族令嬢であるミッシェルは当然に受け止めているとばかり思っていたのに。どうしてわたしを妬んでくる?


「公爵家を継ぐことが決まったのだから、公爵家に迎え入れるに相応しい殿方を見つけないと」


 あー、成程。公爵家の娘になった同年代のわたしが自由を謳歌するのが羨ましいわけか。ミッシェルも意外と可愛らしい所あるじゃないか。とは言ってもまだ男を作りたいって気分ではないので、完全に余計なお世話だ。


「勘弁してくれ……。それにまだわたしが跡を継ぐと決まったわけじゃない」

「一応お母様が生前に私の相手にと考えていた方々を紹介しましょうか?」

「それは先代様がミッシェルに相応しいと見込んだ人達でしょうよ。いかにも貴族様ーって奴はうんざりなんだけど」

「今度から参加する夜会で相手を見つけてらっしゃい。でなければ、そのうち公爵家の婿に相応しい殿方がジュリーの伴侶になってしまうわ」

「そうなったら出奔してやる」

「逃げられると思ってるの? 我が公爵家の情報網と人脈、そして資金から」


 半ば命令に近い無茶振りにわたしは頷かざるを得なかった。


「とは言ってもねぇ」


 まずわたしが公爵家の娘だからとすり寄ってくる輩は論外。貧民街では日中から飲んだくれるだけの駄目旦那のために夜も働く女性が少なからずいた。何が悲しくてわたしがおんぶだっこしてやらなきゃいけないんだ。それなら独り身で充分だ。


 次にわたしが夜の女の娘だと蔑んでくる奴も却下。そんな男が婿入りしたら最後、次第にそのムカつく本性を表して毎日喧嘩する未来しか見えない。能力が問題なかろうとわたしの心の平穏が無くなるので、それならいないほうがマシだ。


 だからといってわたしを目一杯愛してくれる完璧な紳士がいいかというと、それも嫌だったりする。わたしは決して殿方に甘やかされて美しくなる方の女ではない。自分で頑張って報われる人生を送りたい。わたしが必要でなくなる優秀すぎる存在は要らない。


 結論。話していて楽しく、互いに尊重し合えて、共に歩んでいける人がいい。

 ……わたしには贅沢すぎる。こんなんだから昔からモテないんだろう。


「帰りたいなぁ。帰ってもいいかなぁ?」


 公爵家の娘としての義務で何度か夜会には参加しているけれど、その独特の雰囲気にはいつまで経っても慣れやしない。


 大人達がどんな話をしているのかと耳を傾けると、大抵は自慢話のぶつけ合いで、情報の交換少数や手掛ける政策や事業の打ち合わせをする者は残りの何割か。どの職人が手掛けた宝飾品が素晴らしいだの、とある貴族が投資に失敗して多額の借金を抱えてるだの、実にくだらない。


 だからと成人前の子供達が仲良くしているかと言えば、当然そんなことはない。家同士の仲が悪ければ子だって付き合わないし、むしろ家の爵位を笠に着て馬鹿にしたり媚びへつらったり。社交界の縮図のように見えてならなかった。わたしよりも年下の女の子がやんごとなき家柄の男の子に甘えてすり寄る様にはめまいがしたものだ。


 そんな中、一応公爵家の娘であるわたしは元貧民。ミッシェルと親しいから声をかけてもらえるけれど、そうでなければ誰だってわたしと仲良くしようとは思うまい。あくまで公爵家の家柄とミッシェルの機嫌を損ねないための接触であって、誰もわたし個人を見ようとはしていなかった。


 ありていに言えば、わたしは既に社交界という世界にうんざりしていた。


 綺麗な洋服、美味しい食事、充実した教育。環境は雲泥の差なのに貧民生活の方が生きているという実感があった。わたしはこれから見栄ばかりの青き血が流れる連中と付き合い続けなきゃいけないのだろうか。


「ミッシェルには悪いけれど、やっぱ成人したら家出するのが良さそうだよなぁ」


 夜会に何度も参加していたら初対面の人も限られ、あいさつ回りもそこそこで済むようになる。別に会話の輪に入ろうとは思えなかったわたしはさっさと華やかな会場から抜け出して、庭で時間を潰すことにした。


 ベンチに腰を掛けて星空を眺める。星座とそれにまつわる神話を覚えてからこうして夜の空を眺めるのも悪くないと思えるようになった。あと季節によって違う位置にある星は実は空を動いているのでは、とも最近教わった。貧民時代全く気にしてなかった周りの風景も色々とあるんだなぁ、と感じたものだ。


「あー、早く終わらないかなぁ」


 だからって星空なんてずっと眺められる代物ではない。見飽きればもうやることが無くなってしまう。夜だから庭に咲く花や整えられた植木だってあまり見えやしないし、会場から漏れる明かりだけでは本もろくに読めやしない。だからとこんな場所で夢の世界を堪能するのは危険だし。


 ただ、こんな人目につかない場所だからこその楽しみ方がある。


 今日もまた成人を控えた思春期真っ盛りの男女が夜会の会場から離れて二人きりの逢瀬を楽しむ。男性が女性の手を引いていざない、周囲を見渡して誰も見ていないことを確認した上で愛を語り合い、口づけし、抱きしめ合う。昼での交流ではまず許されない濃厚な接触はこういう夜会ならではの光景だ。


「あの二人……家同士で結んだ婚約だって聞いていたけれど、本人達も愛し合ってるみたいだね」

「っ……!?」


 突然背後から声をかけられて心臓が口から飛び出るかと思うぐらいびっくりしてしまった。悲鳴を上げそうになって既のところで口を押さえてこらえる。心臓の鼓動が耳元でうるさく鳴り響き、少し落ち着いたところで息を大きく吐き出した。


 涙目で振り返った先にいたのはわたしよりも少し幼い男子。貴族だけあって顔は整っていて身体付きはそれなり。ただ自分の存在を誇示するような尊大さが見受けられるクソガキ……もとい、貴族子息と違って、どことなく垢抜けなさが見受けられた。


「ご、ごめん。驚かせるつもりはなかったんだ」

「いえ、気づかなかったわたしもわたしですので」

「久しぶりに参加したんだけれど、まさかここに先客がいるとは思ってなくて……。あまり見ない顔だったからつい声をかけちゃった」

「参加し始めたのはつい最近ですので……」


 口調と仕草に気をつけて言葉を紡ぐ。身なりから察するにそれなりの家柄の方と見受けられたので、わたしは腰を上げてお辞儀をしようとして、彼に止められた。そういうかたっ苦しい真似は苦手だ、と彼は笑顔混じりに語ってくれた。


「僕はピーター・ラドクリフといいます。よろしく」

「ラドクリフ! あの宰相や元老院議員を代々輩出してきた名門の……!」


 その功績を讃えられて侯爵にまで上り詰めた由緒正しき家として名高い。領土を持つ者、国政に携わる者、ラドクリフ家を見習え、と必ず教わるぐらいに有名だ。そうか、その子息がわたしと同年代だったのか。


 ただ家の評判が真っ先に思い浮かんだわたしの反応にピーターは短い時間だけ浮かない顔をする。それでわたしは失敗をしたことに気づいてしまった。慌てたわたしは深く頭を下げようとして、勘付かれたのか手で制止された。


「ピーター様のことではなく真っ先にお家のことを口走ってしまい、不快にさせてしまい申し訳ありませんでした」

「驚いた。まさかそれを悟られるなんて初めてだよ。大抵のご令嬢は家を褒め称えて僕個人が何なのか全く気にする様子がなかったからさ」

「これも謝罪しなければなりませんが、ピーター様のご評判についてはわたしが疎いこともあって耳には……」

「それは構わない。僕が何かを成し遂げたわけじゃないから。だからと家を持ち出されるのがあまり気分良くないってだけの話さ」


 ピーターはわたしに座るように促してきたので大人しく従う。そうしたらピーターもまたベンチに腰を掛ける。いつぞやのポーラと王太子のような近さではなく、手を伸ばしてやっと肩に指先が触れられる程度には距離を置いて。


「お初にお目にかかります。わたしはジュリー・フィールディングと申します」


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