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食いついた、と異母妹は笑っていた

 王太子とミッシェルは特に荒波立たず婚約関係になった。


 これに伴いミッシェルの生活模様は様変わりし、日中は王太子妃教育を受けるために王宮に行くことが多くなった。帰ると他の令嬢達との交流会等に足を運んだり夜会に出席し、夜になってようやくわたしとの時間を過ごす。雑談に明け暮れた今までと違って主に公爵教育の進捗確認や情報交換が大半を占め、取り繕わない交流の側面は薄れてしまった。


「飲み込みが早いのね。先生方も中々真面目だって高評価しているそうよ」

「学ぶこと自体は嫌いじゃないけれど、少し間違ったらすぐ教鞭が飛んでくるのは止めて欲しいところだね。やり返しちゃ駄目かな?」

「それで状況が改善されると本気で思っているなら何も言わないけれど?」

「止めとく。折角だから利用するだけ利用させてもらうさ」


 安息日とされる週に一回は王宮に行かなくていいものの、代わりに王太子が公爵邸に足を運んでミッシェルと同じ時間を過ごす。庭で語り合ったり同じ部屋で本を読んだり卓上遊戯で勝負したりと、二人は順調に交流を深めていった。


 さすがの貴族様と母もこれにはご満悦。終始にこやかなものだから、「平和だなぁ」とか思ったものだ。弟のフレディの「格好つけててムカつく」は戯言として忘れるとし、妹のポーラが「あの方がお姉様の婚約者ねぇ」と軽く唇を舐めていたのは不安だが。


「で、王子様はどうなの?」

「どう、と言われても、今更私が説明するまでもなく素敵な方だと思うわ。将来国を背負うに相応しいお人でしょう」

「そうじゃなくて、ミッシェルの人生の伴侶としてはどうか、って聞いてるんだけど」

「そつなくやっていけるでしょうね。ちゃんと子を作れればいいのだけれど」

「……その新たに押し付けられた将来設計に愛はあるの?」

「さあ? 少なくとも現時点で私は彼を愛していないし、分からないわよ」


 傍から見ていても王太子はミッシェルに情熱的に語りかけていた。一方のミッシェルは笑顔を湛えて丁寧に受け答えしていた。王太子はいずれミッシェルが自分に振り向いてくれると信じているのもあるのだろうが、上手く行っているように見せかけて想いは一方通行。わたしには二人の交流はとてもつまらなく見えたし全く憧れなかった。


「ムカつかないの? 突然「公爵になるな、自分の女になれ」とか言われてさ」

「お母様を嫌っているお父様がいずれ私を追い出すための手段の一つとして想定はしてたもの。王太子殿下から見初められるのはさすがに夢にも思っていなかったけれど」

「じゃあ不満はなく受け入れているの?」

「あら、もしかして私が公爵の座に固執してる、とか思ってた?」


 いや、思ってない。女公爵を慕ってた使用人の排除に何ら抵抗しなかった辺りでなんとなくそんな予感はしていた。そして実の母の形見をやすやすポーラに差し出して確信した。ミッシェルは今の自分に全く執着していない、と。むしろ貴族様達はミッシェルが自分の立場を劇的に変化させるために利用されているんじゃないか?


「じゃあミッシェルはこのまま黙って言われるがまま王太子妃になるつもりなんだ」

「さあ? それはどうかしらね。私は予言者じゃないもの、未来なんて分からないわ」

「質問を変える。このまま現状に甘んじるつもり?」

「それはジュリーの目で確かめて頂戴」


 一体何を考えて、何をなそうとしているのか。

 思惑を聞こうとしてもミッシェルははぐらかすばかりだった。


 □□□


 ある安息日。今日もまた王太子が公爵邸にやってくる旨の連絡が届いた。


 普段ならミッシェルが貴族様や母と共に玄関で出迎えて案内するのだけれど、今日は少し遅れるから出迎えて先にお通しして欲しい、と朝食時にミッシェルから相談があった。貴族様は自分達で対応するから安心しなさい、と自信満々に答えた。全く安心できない、と不安を抱いたのは自分だけでいい。


 わたしは安息日だからと気を緩めず、母とともに舞踏の練習に励む。意外なことに母は教師から褒められるぐらい達者で、わたしと母の自主学習の筈がわたしが教わりっぱなしになってしまった。母が男性側を踊る場合もあって「どこで身につけたの?」と聞いたら、「貴族に見初められるには必要な芸よ」と誇らしげに語ってくれた。


「母さんはミッシェルが王太子殿下に嫁ぐのは賛成なの?」

「ええ、勿論よ。今すぐにでも王宮に移り住んで欲しいものだわ」

「ミッシェルが今より偉くなるのは別にいいんだ」

「そりゃあミッシェルはあのブス女本人じゃないもの。目に映らなければ成功しようが失敗しようが別にどうでもいいわ」


 母はミッシェル個人に恨みや憎しみは抱いていないらしい。あくまで女公爵を思い出させる容姿と態度が気に入らないだけで、自分に関わらなければよし、との考えのようだ。だから王太子との婚約を応援するし祝福する、と喜ぶ。


「それにしてもミッシェルったら王太子殿下がいらっしゃってるのに何をやっているのかしら? 王太子殿下より優先することなんて何一つ無いでしょうに」

「それは後でミッシェルに聞くとして、じゃあ王太子殿下は今何をしているの?」

「応接室にお通しして旦那様が応対しているわ。その後はミッシェルが来るのをお菓子をつまみながら待つんじゃないの?」

「……閣下が?」


 猛烈に嫌な予感がしてきた。わたしは一旦練習を中断して応接室へと向かう。舞踊の練習着のまま汗も拭わず廊下を早足でかける姿に行き交う使用人達が驚きをあらわにするけれど構わない。


 応接室の前までやってきて、扉越しに耳を傾ける。後から追いかけてきた母がハンカチで額から流れる汗を拭きながら乱れた呼吸を整える。そしてわたしに一体どうしたと聞こうとして、直後に深刻な面持ちになり手で口元を覆った。


「え、まさか。嘘でしょう?」

「しっ。静かに」


 部屋の中からは……やっぱり声が聞こえてくる。二人分、けれどどちらか一方は明らかに男性や男子のものではない。そしてソレをわたしは聞き慣れている。時折大きな感嘆の声があがってくることから、会話は弾んでいるようだ。


 わたしは扉を叩いてから相手からの許可が返ってくるのを待ち、やがて入室する。そして目の当たりにした光景に絶句。頭を抱えたくなった。


 中では王太子とポーラが仲良く同じソファーに隣同士で座っていた。肩と肩が触れ合う近さではなかっただけマシ……いや、それでも婚約関係にない男女の距離感ではない。下町では許される親しさも、この貴族社会では常識外れも良いところだろう。


「あ、お姉ちゃん。そんな慌ててどうしたの?」


 ポーラはわずかに首を傾けて、この状況がいかにマズイか分かっていない様子で尋ねて……いや。ポーラが何も考えずに大胆な真似をする筈がない。現状で許される限界まで歩み寄った、だから何も悪くない、との確信があるのだろう。王太子が咎めないのがその証拠だ。


「ポーラこそどうしてここに?」

「え? だってお姉様がいつまで経ってもいらっしゃらないんだもの。王太子殿下をずっとお待たせするわけにはいかないでしょう? だからあたしが代わりにお話相手になっているのよ」

「それはミッシェルから頼まれたの? それとも閣下からの指示?」

「ううん。勿論自分で判断してよ。いつまでも王太子殿下を放っておくお姉様が悪いのよ」


 わたしは思わず部屋の壁際に控えている公爵家の使用人達を睨んでしまった。申し訳無さそうに視線をそらすかうつむく辺り、彼女達も王太子が拒絶しないものだから何も言えなかったようだ。それは反対側の壁際で待機する王太子の護衛も同じで、これではただのカカシの方がまだ役に立つ。


「百歩譲っても向かい側の席に座ればいいでしょう。それじゃあ馴れ馴れしいよ」

「王太子殿下に聞いて許されたからこうしてるんだけど」


 わたしは王太子を睨む……のを何とかこらえて彼に視線を移す。王太子は爽やかな笑顔を崩さないまま静かに頷いた。それは開き直りなどではなく一片たりとも過ちを犯していないとの自信にあふれていた。


「彼女を悪く言わないで欲しい。許可を出したのは私だ。君の懸念はもっともだが彼女はきちんと己をわきまえている。未来に妹となる令嬢との交流の範囲に収まっていたことはこの場の全員が証人だ。心配は要らないよ」

「それでも婚約者である上の妹への不義理ではないでしょうか?」

「無論ミッシェルを蔑ろにする気はない。ミッシェルを不快にさせるようなら改めよう。むしろ気分を害してくれるのなら嬉しいな」

「……そうですか」


 成程、あくまで団らんの範疇だと二人は言い切るつもりか。絶妙に近寄ったポーラの手並みを褒めるべきか、八方美人な王太子の能天気さを罵るべきか。どのみち当事者が問題視しない以上、わたし達がいくら苦言を呈しても耳の右から左に抜けていくだけだろう。


 力なく部屋から出たわたしと母は廊下でばったりとミッシェルと遭遇した。彼女は全く慌てた様子もなくやってくるものだから、わたしは今のやりとりを細かく説明する。するとミッシェルは不快で顔を歪めるどころかほくそ笑んだではないか。


「王太子殿下がそう仰るのでしたらそうなのでしょう。大事にするまでもないわ」

「ミッシェルは怒らないのか? 他の女が婚約者に近寄ってるのに」

「何に対して? 私達の縁談は向こうから望まれたもの。契約の遵守を強要するほどの情はまだ無いわ。契約の破綻に繋がりそうなら注意しましょう」

「それだと遅い。呑気に構えていたらポーラが王太子殿下に取り入っちゃう。ミッシェルはポーラの手練手管を知らないから悠長なこと言ってられるんだ」

「あぁ、これまでもそうやって男を乗り換えて成り上がってきたから、だったかしら? 可哀想にね。王太子殿下もそのうち捨てられるのかしら?」

「ミッシェル!」


 わたしの憤りをよそに彼女は横を通り過ぎ、王太子の待つ部屋へと入ろうとし、


「釣り人ってこんな感覚なのかしらね」


 などと言い残して姿を消した。

 わたしは呆然と、母は愕然としながら部屋の扉を眺める他なかった。

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