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やっぱり異母妹は優秀だった

 あの一連の大騒動から日が経った。それまで目まぐるしく色々とあった。


 まず王太子。彼は正式に王太子の座を取り上げられた。しかしポーラが語ったように廃嫡にする動きまでは国王が思い留まったらしく、王位継承権を大きく下げる方向で調整したらしい。


 その上で王太子は王族のままポーラと結婚し、公爵家に婿入りした。ポーラはかろうじて公爵家一族の血を受け継いでおり、ミッシェルの推薦もあったものの、事実上の愛人と王家による公爵家の乗っ取りだろう。


 王太子の座はトレヴァーの弟が継いだらしい。弟はトレヴァーに負けず劣らず優秀との評判だから、特に問題ないだろう。ちなみにその弟、実はミッシェルに密かに恋を抱いていたらしく、あの後告白したけれどミッシェルに全く意識してもらえなかったので、大人しく身を引いたのだとか。


「うわ、可哀想。ミッシェルったら王族の男を二人も弄んだ魔性の女じゃん」

「あの方はトレヴァー様と違って利用価値が無いもの。検討にも値しないわ」

「でも、王太子妃教育が無駄になるから、あの方の婚約者になるよう要望されなかったの?」

「その可能性を潰すために自由を契約の条件に盛り込んだのよ」


 デヴィットはあの後逮捕された。女公爵暗殺については何が真実かもはや調査出来ず、証拠不十分で訴えられなかった。しかし女公爵の遺体を燃やした容疑はしっかりと立証された。本人の希望無く遺体を焼く行為は宗教上極めて重い罪なので、火炙りによる処刑は免れないそうだ。


「前公爵閣下の遺体が墓から暴かれて焼かれた、ってミッシェルは知ってたの?」

「ええ。情報は掴んでいたわ。その上で聞かなかったことにしたの」

「死者への冒涜だ、とかは思わなかったの?」

「お母様は献身的な教徒だったわ。お母様が信じた神を私が信じると思う?」


「……ちなみに、前公爵閣下は本当に突然死だったの?」

「ええ、そうよ。お医者様はそう言っていたわ。お父様の毒殺は失敗だったのよ」

「ミッシェルがそういうことに改ざんしたんじゃなくて?」

「違うわ。本当に違うの。けれど、そうね。お母様が信じた神様がお母様に与えた死がこれなんだ、と哀れみを覚えたものよ」


 母はデヴィットの逮捕を受けて公爵代行夫人でなくなった。しばらくは居候という形で公爵邸には留まるものの、状況が落ち着いたら出ていく予定だそうだ。既に事務所兼住まいの物件を見つけていて、生活の基盤も徐々に移すつもりらしい。


「私、シャロンさんの娘に生まれたかったわ。そしてジュリーやポーラと一緒に馬鹿をやりたかった。貧民街でも、公爵家でもね」

「母さんだったらそんなもしもの話じゃなくてもミッシェルのことも娘として可愛がってくれるよ。だってもう前公爵閣下は関係ないもの」

「……止めておくわ。甘えるとここに未練が残っちゃうもの」

「そう。母さんも残念がってたよ。これからなら本当の家族になれたかも、ってね」


 わたしも近いうちにこの家を出て、ピーターに嫁ぐことになっている。

 ちなみにそのピーター、家を継がずに独立すると宣言した。そして家督はわたしが会ったことのない三人目の兄弟に継いでもらうつもりらしい。その補佐を、なんと宰相が毒殺するとか言ってたクリフォードが務めるんだとかなんとか。


「は? どういうことなの?」

「ここだけの話、身分や立場を全く考慮しない実力至上主義の宰相閣下、ラドクリフ家一族内外で相当不満を抱かれてたらしくてさ。極めつけがクリフォードの毒杯宣言でしょう。ピーターが「こりゃ駄目だ」と見切りをつけて兄弟同士で調整、宰相閣下には引退していただくことになったってわけ」

「……。ねえジュリー」

「で、当主の座は妾の子である自分には荷が重いってピーターが辞退したの。あ、宰相閣下が持ってた子爵位を分けてもらうことになったから、貴族ではいられるみたい。だからわたしは子爵夫人になるってことかな」

「ジュリー」

「……え、と。何?」

「あの兄弟が手を取り合うなんて冗談でしょう? 何をしたのよ?」

「いや、別に……。強いて言うならわたしは自分の考えを口にしただけで……」


 一回失敗しただけで後継者候補を殺そうとした宰相とは合わない、とわたしはピーターに感想を漏らしただけだ。反省をすることで改善に繋げられるわけで、クリフォードはそれが出来ないほど愚かではないのだから。


 で、ピーターが変革に踏み切った最大の要因はどうもわたし達姉妹らしい。母が違うわたしとミッシェルが仲良く出来ているのに自分達がいがみ合うのは愚かだ、とクリフォードは主張したんだとか。


「夫を唆して父親を失脚させるなんてね。ジュリーったら悪い女だこと」

「人聞きの悪い……」


 ポーラは元王太子……トレヴァーに押し付ける気満々な職務以外の勉強に取り組んでいる。教育係が「初めからここまでやる気を見せていただけていたら」と嘆くぐらい知識を吸収しているんだとか。


 一方のトレヴァーもまたポーラから押し付けられた執務について学んでいる。デヴィットは実質的に判子押し係だったので、わたしとミッシェルが引き継ぎを行った。わたしなんかより遥かに短時間で習得してしまい、正直凄くムカつく。


 終わった。女公爵に端を発するミッシェルの復讐が。


 女公爵は完璧だった。情熱気品能力出自他多数、何もかもが他の者より秀でていた。有象無象が集まって取り組むような大仕事も彼女なら一人でそつなくこなし、政治や文化など彼女の手腕によって数十年分は早く進んだことだろう。


 しかし、彼女は失敗した。完璧が故に彼女はミッシェルの心が分からなかった。自分の娘なら自分と同じく完璧だと思ったのかは定かでないし、実際にミッシェルにはそれだけの能力はあったのだが、その扱いをミッシェルに求めてはいけなかった。


 結果、女公爵が守るべきものは全部めちゃくちゃになった。


 果たして後世ではどのように語り継がれるのだろうか? 反抗期を拗らせた愚かな娘が偉大なる傑物の名誉を汚した、となるのか、完璧なる公爵は後継者も育てられぬ愚か者だった、となるのか。それは現時点では誰にも分からない。


「……さて、時間ね。そろそろ出発するわ」


 そして、やりたかったことを終えたミッシェルはもう、公爵家に用は無い。


 ミッシェルがまとめた荷物はそこそこ大きめな鞄に詰め込めるほどで、本当に最低限に済ませた感じだった。ポーラにほとんど全て譲ったのを差し引いても公爵令嬢の私物としてはあまりに少なすぎて、寂しすぎる。


「本当に出て行っちゃうんだ。何もかも手放して」

「ええ。ここはもう私の家じゃない」

「どこに行くつもりなの?」

「あの女の名声が一切聞こえないぐらいうんと遠くに、としか決めてないわ」


 聞くと荷物の中身はそこそこの着替えや旅行用具、あと旅費ぐらい。嗜好品は日記と筆記具、そして気に入った本ぐらいで、宝飾品や装飾品は真っ先に除外したらしい。服も王国の一般庶民の標準品だし、これらから元は公爵令嬢だったと想像するのは極めて難しいだろう。


「女の一人旅なんて無茶苦茶だ。途中でひどい目にあっていいの?」

「あら、そうなったらそうなったで構わないわ。野垂れ死んだとしても、奴隷商人に捕まったとしても、あの女が後継者育成に失敗したって結果に繋がるもの」

「冗談でもそんな事言わないで。もう破滅願望があるわけじゃないでしょうよ」

「勿論。もうあの女のことなんて考えたくもないわ。これからは好きなように生きようと思うの。そう思わせてくれたのはジュリー達よ」


 ミッシェルは荷物を抱えて玄関へと向かっていく。そこではデヴィットを除く屋敷の一同が揃っており、皆がミッシェルとの別れを惜しんでいた。中には行かないよう泣き縋る使用人までおり、ミッシェルが子をあやすように宥めていた。


「ポーラ。あとは任せたわね。立派な公爵になってあの女を見返して頂戴」

「勿論。任せて頂戴。あ、でも、あの、お姉様。最後の最後で言うのは卑怯なんだけれど……ごめんなさい。色々と取っちゃって。大切だった物もあったんでしょう?」

「いいのよ。手元から無くなってみて意外と未練がないって気づけたから。ああ、でも少し安心したかしらね。ポーラが罪悪感を覚えていてくれて」

「寂しいよ。ようやく全部終わって本当の家族になれたかもしれないのに。もう会えないなんてことないよね? 手紙書いてね」


 意外にもポーラは涙を流していた。これにはミッシェルも驚いたようだ。でもポーラは気丈にも目元を拭い、笑顔を作る。悲しい別れではなくミッシェルの新たな旅立ちを心から願って。


「お義母様、お世話になりました。お義母様からは貴族だの平民だの関係ない、女の生き様を学びました」

「そう。それは良かった。まさか貴女との別れが名残惜しいと思う日が来るなんて思ってもいなかったわ。公爵家は貴女には窮屈だったのでしょうね。強く生きなさい。あと身体が一番大事だから、くれぐれも無茶はしないように」

「はい、分かりました。お義母様もお達者で」

「全く、こんな素直な娘なのに慕われてないなんてね。彼女も可哀想に」


 母に対してはミッシェルは丁寧に頭を下げようとしたのだが、母はそんなミッシェルの両肩を掴んで自分の方へと引き込み、ハグをした。本当に旅立つ娘を見送る母親、という温かい感じで、少し羨んでしまった。


「じゃあね、ジュリー。さようならとは言わないわ。また会えるかもしれないから」

「え、まさか手紙を送ってこないつもり? 寂しいなぁ薄情だなぁ」

「んもう、我儘ね。……でも、振り返ってみるとそうして気さくに接してくれるジュリーは私には心強くてありがたかったわ」

「そうだね。とっても楽しかった。心の何処かでまだミッシェルを引き止めたい自分がいるし」

「はあ、ジュリーが血の繋がりのない殿方だったら良かったのに。そうしたら結婚しても良かったなぁ」

「……え? えー、うん、まあ、確かに?」


 わたしはミッシェルと共に笑い、握手を交わして別れを終えた。彼女の背中が見えなくなるまでの間、これまで彼女と過ごしてきた時間を振り返り、とても楽しくて心休まって、だから今彼女のいない現実に打ちのめされ、静かに涙した。


 □□□


 さて、その後も色々とあった。


 ポーラがトレヴァーとともにつつがなく公爵家を運営出来たり、ピーターが最終的に宰相にまで上り詰めたり、わたしが子宝に恵まれたり、母が貧民街の環境改善に一役買ったり、と、語りだせばきりがないだろう。


 問題のミッシェルだが、結局のところ彼女は悲願を達成できたのだろうか?


 彼女は最初に出会った時に無能で、無価値で、無意味であることを証明したいと語っていた。自分を貶めることこそが女公爵への復讐へと繋がるから。彼女の暗躍で王国は大混乱に陥ったものの、証明をもって達成と考えるのなら彼女はあの時の出発までには叶えていなかった。


 結論から言うと、捉え方次第となった。


 無能で、無価値で、無意味であることを証明したと言えるだろう。

 何故なら彼女は悲願を果たせなかったから。


 無能で、無価値で、無意味であることを証明出来なかったとも言える。

 何故なら彼女は自分が有能で価値も意味もある人生を歩んだから。


 結局のところは、彼女は優秀だった、に尽きる。


「どうしてこうなったのよ……。こんなつもりじゃなかったのに」

「そんなのわたしに聞かれても困るんだけど。どうせ向こうでやっちゃったんでしょう」

「だって我慢できなかったんだもの。そうしたら市民から担ぎ上げられて……」

「で、こうしてはるばる凱旋してきた、と」


 ミッシェルと再会したのはあれから一度きりだった。


 その頃はわたしの孫もだいぶ育っていて、わたしも引退間近の状態。余生をどう過ごすかピーターと相談していたわたしは王国どころか大陸を揺るがす大事に巻き込まれることとなり、最後の大仕事に取り組んでいた。


 事情をざっくり説明するなら、航海技術が発達してこの王国を始めとする近隣諸国がはるか遠くの大地に領土を持つようになったものの、新大陸で独立戦争が起きて新たな国家が誕生したわけだ。


 その新国家の元首や使節団一同が長い航海を経てこちらに来訪することとなり、わたし達は会談や歓迎の催し、結ぶ条約のまとめを行ったわけだ。老人を働かせ過ぎだろう、と愚痴をこぼしたものだ。


「では、改めまして自己紹介を」


 そうしてミッシェルと再会したわけだ。

 わたしは実に彼女らしい、と思った。


「合衆国大統領のミッシェル・フィールディングです。以後お見知りおきを」

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