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20/21

こうして異母妹は全てから解放された

「……何だ、この茶番は?」


 騒然となる会場内に響いたその一言は、すぐさま静けさをもたらした。

 誰もがその発言者である国王へと視線を向け、多くが深々と頭を垂れる。

 国王の憮然とした面持ちがあからさまに自分は不機嫌であると表していた。


「トレヴァーでもミッシェルでも良い。この様は一体何だ? 申してみよ」

「では許可いただきましたので、私より簡単にご説明いたします」


 誰もが怒りを買いたくなくて沈黙する中、ミッシェルだけが優雅に笑みをこぼしながら恭しくお辞儀をし、国王を見据える。しかしミッシェルの目は全く笑っておらず、冷淡に君主を映していた。


「王太子殿下が私に失望してポーラに懸想し、ポーラが王太子殿下の心を射止め、しかしポーラには王太子妃になる気はなくむしろ我が家を継ぐ気は満々。結果、王太子殿下……ああ、元でしたね。元王太子殿下が我が家に婿入りすることとなったのです。ポーラと元王太子殿下の二人が手を携えるなら充分にやっていけるでしょう。これはこの私と父の連名で正当なる継承であることをここに宣言いたします」

「当主の座の継承は最終的に余が承認しなければならぬ。認めると思ったか?」

「何を今更。本来公爵家を継ぐはずだった私を王太子殿下の婚約者とした時点で正当なる継承は絶えました。婚約を引き受ける条件の一つに誰を後継とするかは私に一任してくださったと記憶していますが」

「ぬ、う……」


 ポーラは自分が公爵になると豪語していたけれど、勿論それは事前に根回し済みだ。でなければ女公爵の血を引かないわたし達は分家筋のデヴィットの娘でしかなく、継承順位はかなり低いのだから。


「あと父のしでかしについてですか。父が母に並々ならぬ恨みを抱いていたのは国王陛下も存じていたかと。それをフィールディング家内の問題、些事だと判断なさったのが悪手だった、と今更お認めになりますか?」

「……」

「実は陛下も望まれていたのではないですか? 父が暴発しようが構わない、と。聞けば陛下も討論会で母に散々論破されていたそうですが」

「口を慎め。優秀な王太子妃候補ではあったが、目に余るようなら不敬罪を適用して捕らえても良いのだぞ」


 おお怖い怖い、などと思ってもいないことを呟いて鈴を鳴らしたように笑うミッシェル。美しい仕草なのだけれどこの場においてはかえって不気味さを演出しており、恐怖を覚えた者も何人かいたようだ。


「さて、国王陛下。王太子殿下との婚約の際に提示した二つの条件のうち、もう一方を今この場で叶えていただきたく、要求いたします」

「待て、それは……」

「王家側からの申し入れにより私が有責でないにも関わらずに婚約破棄となった場合、立場、血統、能力、国籍に関係無く、私を自由にしていただく。そういう約束だったはずです」

「「「……!」」」


 その発言に息を呑んだのは誰だったか。国王か、王妃か、女公爵を知る古参の有力貴族か、それとも王太子か。または天国にでもいる女公爵だったかもしれない。それほど大きな衝撃を与えていた。


「いえ、本当に苦労しましたわ。上の身分になればなるほど自由とは程遠い人生しか送れませんものね。仕事にしろ恋愛にしろ、すでに道が敷かれていると言っても過言ではございません。あとはその道をどのように舗装するか、だけですもの。そんな未来はまっぴらごめんです」

「ミッシェル、何を言って……」

「私、父が継母とその娘達を公爵家に招き入れる、などと聞いた時は歓喜に打ち震えたものです。先の通り父が母に恨みを抱いていたのは周知の事実。その忘れ形見である私のことも目の敵にしていましたからね。立派な公爵であれ、と母から教育を受けてきたそれまでの自分が無駄になるほど虐げられ、全てを奪われると期待を膨らませたものです。ま、蓋を開けてみたら想定より良い人ばかりで拍子抜けでしたが」


 ミッシェルの口は止まらない。これまで品行方正だった貴族令嬢の模範たる彼女からは考えられない独白に誰もが口を挟めないでいた。何故なら、それが初めて彼女が皆に見せる本音だったから。


「次期公爵の座も、次期王太子妃の座も、むしろ公爵家の令嬢という立場自体私にとっては邪魔でしかありませんでした。今日この時を以て私の夢が叶ったのです」

「そのためにトレヴァーやそこの小娘を見過ごした、と? トレヴァーの気持ちも考えずに己の欲求を満たすために?」

「何が不満だったのでしょうか? 王太子妃教育は特に問題なく受け終え、王太子殿下との関係も普段からの交流で深めてまいりました。それとも、義務以上のことを求めておいででしたか? 期待に沿えなかったこと、お詫びいたします」


 そう、ミッシェルは手を抜いていた。全力を尽くしていたら王太子妃教育なんてもっと早くに終わらせて王妃教育にまで手を伸ばしていただろう。そして王太子との逢瀬でももっと彼の気を惹くように振る舞ったに違いない。あくまで求められていたのが最善で優秀な王太子妃だったから、それを満たしただけだ。


「本来なら母が血肉を分けたこの身体も汚れまみれにしたかったのですが、さすがにシャロン様に叱られましたので止めました。ええ、確かにそこまでする価値はありませんもの」

「何が、何がミッシェルをそこまでさせたの……?」


 王妃が震えた声でミッシェルに問いかける。王太子妃教育を受けてきたミッシェルと王妃がどれほどの関係を築いたかは知る由もないけれど、よほどミッシェルに期待していたのだろう。裏切られた王妃は絶望のあまりに今にも失神しそうなほど青ざめ、一方のミッシェルは「よくぞ聞いてくれた」とばかりに微笑を浮かべた。


「私、幼い頃から優秀であったと自負しております」

「……え?」

「他の同年代の子と比べても多くのことを覚え、色々と出来ていました。母からは一度も褒められた記憶がありませんが、皆さまからは絶賛されていましたね」

「え、ええ。あのシャーロットの娘ですもの。だから次の国母に相応しいとわたくしも……」

「そう、それです。私、そう言われるのがたまらなく嫌でしたの」

「それ……? え、と。次の国母に相応しい、と言われるのが?」

「『シャーロットの娘』、と言われるのがですよ」


 愕然とする王妃。国王も目を見開きミッシェルを見つめるしかない。周囲が驚きをあらわにするのを尻目に、ミッシェルは笑みを消した。そして拳を強く握りしめ、口元を歪ませ、目を大きく開く。


「シャーロット、シャーロット、シャーロット! 私がどれだけ頑張ろうが、優秀さを示そうが失態を犯そうが、最初に出てくる言葉は全部あの女の名前! ずっっっと、私はあの女と比較されて育ってきたのよ! 誰も彼も真っ先に見るのはあの女であって、私などどうでもよかったのでしょうよ!」


 それは、ミッシェルが初めて見せる怒りという感情だった。

 事情を知ったわたしからしても相当な衝撃だったのだから、他の皆にとってはどれほどだっただろうか?


「だから決めたのよ。あの女の評判、評価を地獄の底まで叩き落してやろう、とね。それこそどんな手段を使ってでも――!」


 会場内が静寂で静まり返る。

 怒りをぶちまけて息を荒げたミッシェルは深呼吸をして自分を落ち着かせた。するとたちまちに普段通りのミッシェルへと戻り、醜態を晒したことを皆に謝罪する。その切替ぶり、皆は果たしてどう受け止めただろうか?


「母が固執していたのは自分なら国をより良く出来る確信と、自分こそが公爵に相応しいという自負。だから母個人の卓越した能力など不要だという証明と、母は公爵として失格だったという証明、それを果たしたかった。その集大成が陛下の仰る茶番なのです」


 ミッシェルは断言した。この茶番こそ女公爵の終着点である、と。そしてこれらを国王が茶番と評したことでお墨付きとなったわけだ。迂闊だった、と国王が悔やんだところでもう遅い。


「フィールディング公代やその愛人達に好きなようにさせていたのはそのためか……」

「ええ。母が誇りにしていた公爵家を食い物にさせてあげましたの。お母様ご本人にお見せ出来なかったのが悔やまれますわ」

「まさかトレヴァーの婚約者を引き受けたのも……」

「母が貴族の義務である後継者の育成に失敗した、という事実が欲しかっただけです。正当なる後継者である筈のこの私が無気力で無力で、挙げ句に愛人一家に家を乗っ取られて追い出された。素晴らしい筋書きだと思いませんか?」

「ではみすみすトレヴァーの浮気を見過ごしたのも……!」

「ポーラとトレヴァー様でしたら問題なく公爵家を運営出来るでしょう。そしてジュリーと彼女の婚約者殿でしたら中央の政治も支えられましょう。つまり、母のような傑物は全く必要ありませんよね?」


 この暴論に対して女公爵を信望する者達は何か言いたげだが、何も言い出せないでいた。彼らがいかに女公爵が素晴らしくて多大な功績を残したと主張したところで、彼女の買った恨みがここで一気に爆発した事実に変わりはないのだから。


「そして、母が自分の跡を継ぐと当然のように思っていたこの私が全ての義務を無責任に捨てることで、私の復讐は完遂するのです」

「ま、待て! そのような勝手な真似が許されるとでも……!」

「あら、国王陛下ともあろうお方が、忠臣と結んだ契約を王命で覆すおつもりですか?」

「うぐっ……」

「王太子殿下より婚約破棄されて、父が退場して、国王陛下より一言頂いていない現状、暫定的に私がフィールディング家当主を務めることとなりますね。で、あれば、今ここに公爵家設立時に与えられた権利を行使し、我が家はこの国より独立――」

「待て! 分かった! 契約に従い、ミッシェルを今日この時を以て自由の身とすることを余の名においてここに宣言する!」


 認めた。国王が認めてしまった。

 これでミッシェルはようやく偉大なる母という呪縛から解き放たれたのだ。


 今までのミッシェルにとってはそれが本懐だった。けれどそれを叶えた以上、これからミッシェルが歩むのは全く新しい道だ。公爵令嬢でも王太子の婚約者でもなくなったただのミッシェルは、これからどこに向かおうというのだろうか?

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