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最初で最後の寝巻会をしよう

 ミッシェルの断罪などという馬鹿げた真似を目論む輩を排除すべく、まずわたしはピーターと結託してクリフォードを追い落とした。そして次に標的としたのは王太子に肩入れするだろう三馬鹿の残り二人だった。


 王国筆頭将軍の嫡男であるエイベルは実に簡単だった。彼は確かに大人顔負けの腕を持つ騎士候補生だけれど、あくまで彼が強いのは訓練や試合、そして喧嘩ぐらいだ。規定など存在しない何でも有りでは全く状況が違うから。


 手口はこうだ。ポーラの策略で夜のお店に入り浸るようになった彼は女に唆されて王都の治安維持部隊に加わることになる。そして己の腕に自負がある彼が油断するようになるのにそう時間は要らなかった。で、わたしにとっては庭だが彼にとっては未知の世界である貧民街で犯罪者の追跡を行う際、エイベルは独断専行して孤立する。で、次の日には身ぐるみ剥がされて痣だらけになった物言わぬ遺体の出来上がりだ。


 大商会会長の息子であるヒューゴ、こちらもまたそう手間は要らなかった。彼は確かにいくつもの商談を成功させた一人前の商人だけれど、失敗を嗅ぎ分けられる嗅覚は既にポーラの誘いで色欲に染まって役に立たなくなっていた。


 手口はこうだ。ポーラが連れて行った母が経営するお店は安心と安全を確保している分かなりお高い。たまに自分へのご褒美として来店するならまだしも、頻繁に通っていてはすぐに財布が軽くなってしまう。同じ体験が出来るならより安い店に行く方がお手頃だ、と頭の中で算盤を弾くのにそう時間は要らなかった。そうしてヒューゴは更に深くはまっていき、やがては場末の娼婦から深刻な病気を貰うこととなる。


「いけないんだー。お姉ちゃんが悪い子になっちゃってるー」


 エイベルとヒューゴの末路の報告を受けたわたしはその日、突然背後から声をかけられた。心臓が口から飛び出るんじゃないかってぐらい驚いたわたしはかろうじて叫び声を手で抑え、ニヤケ顔のポーラを睨みつけた。


「ポーラも聞いたよ。エイベル様ったらごろつきにやられちゃったんだって? 路地裏で頭から網を被せられて袋叩きにされたらたまらないよね。あとヒューゴ様ったら性病にかかるなんてみっともなーい。くれぐれも見極めてねってアレだけ注意したのに」

「……それがどうしてわたしが悪い子ってことに繋がる?」

「だって、崖まで誘ったのは確かにポーラだけど、崖から突き落としたのはお姉ちゃんでしょう? やっぱり悪い子じゃん」

「よく言う……。わたしがやらなくてもポーラが排除していたでしょうに」


 以前ポーラはあの三馬鹿を夜の店に誘った。それは明らかに彼らの破滅への第一歩だった。アレがなければ三馬鹿はもっと慎重だったろう。妙な自信をつけさせて暴走させたのは明らかにポーラの仕業だ。


「邪魔だったんでしょう? 王太子に加担されて余計な真似されると困るから」

「正解ー(パチパチパチ)。これでトレヴァー様はお一人でお姉様に立ち向かわなきゃいけなくなったね。策略も、暴力も、財力も失ったトレヴァー様はもうお姉様を追い落とす口実が無くなっちゃった。いかにお姉様に愛が無いか、みたいにみんなの心情に訴えるだけじゃないかな」

「王太子を誘惑する一方で丸裸の道化にする。何がしたいのさ?」

「ポーラはトレヴァー様をポーラのものにしたいだけだよ。それ以上でもそれ以下でもないって」


 それを人は横恋慕と言うだろう。しかしわたしはあえて否定させてもらう。何故ならポーラの行動には愛だの恋だのは一切関係無い、と断言出来るから。王太子が好きだから横取りしたい、なんて邪な動機ではない。


 そして、ようやくこのわたしでも妹の最終目標が分かってきた。それなら確かに三馬鹿共は邪魔だしミッシェルを追い落とさなきゃいけないし、かつ王太子を骨抜きにする必要があるだろう。


「ポーラはそれでいいの? ポーラだったらもっと自由に恋愛出来ただろうし、もっと好き勝手出来たはずじゃないか」

「それ、お姉ちゃんが言う? 今までずっとポーラ達を支えてくれるばっかだったのに」

「……!」

「ポーラはお母さんもお姉ちゃんも好き。大好き。だってかけがえのない家族だもん。馬鹿にされたら悔しいし許せないよ」


 ポーラはその場で優雅に一回転した。ドレスのスカートが広がって、まるで花が咲いたようだな、と感想を抱いた。子供の頃からよくやっていて、わたしはポーラのこの動作がとても好きだった。可愛くて、綺麗で、とてもポーラらしくて。


「だからざまぁみろ、って言ってやりたいんだ。ポーラ達はこんなに凄いんだぞ、ってさ」

「だからあんな真似を?」

「勘違いしないでほしいのは、別にトレヴァー様を弄んでるわけじゃないんだよ。お姉様があの人を蔑ろにしてるのは事実なんだし。いくら自分の復讐のためだからって不誠実すぎるよね。トレヴァー様を可哀想だと思わないのかな?」

「……。思っていたとしても、天秤にかけた上で今の道を選んだんだろうね」


 このわたし達姉妹の会話は他の誰にも聞かせられないな。部屋に誰か入ってこないか不安でたまらない。わたし達の勝手な真似はもはやこの国を揺るがしかねない大惨事を招くだろうから。


「お姉様はとうとう成人になったよね。それに伴っていよいよ正式に王太子妃に任命される日も近づいてきた。トレヴァー様はその直前に婚約を破棄するつもりみたい」

「三馬鹿を片付けてもなお公の場で宣言するつもりなの!?」

「だって水面下で交渉したって国王様が認めるわけないじゃん。強行するしかないよ」

「呆れた……。もう正常な判断が出来ないぐらい色ボケしてるってわけか」


 哀れ王太子。まあ、わたしの予想通りなら彼は破滅しないだろう。ただ彼が現実を甘んじて受け入れるかまでは知らない。初恋の相手であるミッシェルの心を最後まで射止められなかった不甲斐ない彼が悪い。


「それで、お姉ちゃんは誰の味方?」


 ポーラの手がわたしの肩に回される。体が密着し、妹の顔がわたしに近づく。ポーラの呼吸音がわたしの耳をくすぐった。こうまでされるのはこの屋敷に住んでからは初めてかもしれない。


「誰の、って?」

「三馬鹿を排除したからってお姉ちゃんがポーラの邪魔をしないとも限らないじゃん。余計な正義感を振りかざしてほしくないんだけれど」

「心外だなぁ。わたしがそんな善人に見える?」

「さあ? 昔のお姉ちゃんだったら信じられたけれど、公爵家に絆された優等生は分からないから」


 とどのつまり、ポーラは王太子が仕掛ける断罪劇に加担するつもりか。尤も、その結末は王太子が思い描く絵空事とは異なるだろうけれど。


 本来であればそんな馬鹿な真似を止めるよう説得するのが正しい。王太子に思い留まってもらい、ミッシェルと添い遂げるのがこの王国にとって最良だろう。二人なら王国をますます発展させていくに違いない。


 しかし、あの王太子とミッシェルにわたし達の行く末を委ねられるか、と聞かれたら、断じて否だ。王太子に配慮するなんて論外。これ以上ミッシェルに振り回されるのはゴメンだし、ミッシェルがそれを望んでいない。


「わたしは王太子にもミッシェルにも退場してもらいたい。だから、そっちはポーラに任せてもいいんだよね?」

「勿論。ポーラはトレヴァー様とうまくやるから」

「なら、乗る。わたし達でこの王国をひっくり返してやろう」

「……! あはっ、そうこなくっちゃ!」


 今のわたし達はきっとこれ以上にない悪い笑顔を浮かべていたことだろう。

 腹は括った。なら後はひた走るだけだ。


 しかし……わたしやポーラの到達点は見えてきたものの、依然としてミッシェルの到達点が分からない。彼女は全てを成し遂げた後、一体どこに向かおうとしているのだろうか? まさか燃え尽きやしないだろうか?


 と、部屋の戸が叩かれた。こんな夜更けに一体誰が、と思って外を覗いたら、寝巻き姿のミッシェルが枕を抱えていた。しかも侍女を連れずに、燭台すら持たずに。そして出迎えたわたしに満面の笑顔をこぼしてきた。


「あら、ポーラもいるのね。ちょうどよかったわ。たまには姉妹水入らずで寝巻会と洒落込もうじゃないの」

「え? まさかここで寝るつもり?」

「いいじゃないの。ジュリーの寝具は二人や三人が同時に寝られるぐらい広いものでしょうよ。使わなくちゃ損よ」

「そういう問題じゃない気がするんだけど……まあいいか」


 それを見たポーラが「だったらポーラも!」と言って部屋を駆け出していった。そして程なくしてポーラが枕を抱えてわたしの部屋に突撃してくる。え、と、ポーラの寝相とかいびきはそう大したことなかったから大丈夫、かな?


「ごめんなさいね。決起会の邪魔をしたかしら?」

「いや、決意表明を終えたところだったからちょうどよかった」

「それは残念。私も加わりたかったわ」

「何をしでかそうとしているのか分かっているくせにそんな事を言う?」


 ミッシェルがわたしの隣に座った。するとポーラもわたしの反対隣に腰をかける。何だか妹達がわたしを取り合う構図みたいで思わず笑ってしまった。ポーラもミッシェルもつられて笑みをこぼす。


「それで、そろそろミッシェルの動機を聞かせてほしいんだけれど」

「あら、ジュリーはとっくの昔に察してくれていると思っていたけれど?」

「上辺はね。どうしてそう思うようになったか、が知りたい」

「そう、ねえ。どうせ残りはもうわずかだし、話してもいいかしらね」


 ミッシェルは寝具に寝転び、天井へ手を掲げた。そして何かを掴む仕草をする。


「王太子殿下はトレヴァー様でありたいからポーラを求めるようになった。それと同じ。私はただのミッシェルでありたかったのよ」


 そうして語りだしたミッシェルの動機は想像よりもずっと根深いものだった。

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