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16/21

馬鹿は全てをさらけ出したがる

 己を無能で無意味で無価値であると証明したいミッシェル。

 やんごとなき殿方を堕落させるポーラ。

 二人の企みに翻弄されるがままの王太子と三馬鹿共。

 完璧超人だと尊敬の念を集めながら家族から愛されなかった女公爵。

 非凡に囲まれて俗物と化した愚かなる父。


 どいつもこいつも周りのことなんて考えやしない自分勝手な者ばかり。

 もうそんな人達に振り回されるなんてたまったものではない。

 そしてたちが悪いのが彼、彼女達は今後この国を左右する重要な立ち位置なこと。なのにこの始末なのだから、無責任だったらありゃしないだろう。


 もう彼女達に未来を任せてはおけない。

 混乱をもたらそうというのなら全力で対抗させてもらう。

 公爵令嬢という立場でも元貧民という生まれでもなく、わたし自身の意地にかけて。


 □□□


「よせクリフォード、馬鹿な真似はやめるんだ!」

「馬鹿な真似? そう考える時点で愚かなんだよ、ピーター」


 わたしとピーターの定期的な逢瀬は時にはピーターの家のお屋敷で、時にはわたしの家のお屋敷で、たまに少し遠出したり王都内を散策する。今日はピーターの家で交流を深めることになっていた。


 わたしが通された部屋でピーターを待っていたら、扉の向こうからピーター達の言い争いが聞こえてきた。本来なら大人しくするべきだったけれど、どうもただならない様子だったので扉を少し開いて廊下を覗き見る。


「フィールディング公爵令嬢を王太子殿下の婚約者の座から引きずり下ろすなんて、一体何を考えているんだ」


 息を呑んだ。

 どうやら王太子の側近であるクリフォードはミッシェルに見切りをつけたようだ。

 だからってそんな強引な真似を目論んでるなんて、たしかに正気の沙汰じゃない。


「言葉のままさ。ミッシェル嬢は我らが王太子殿下には全く相応しくない」

「能力は申し分なく国王王妃両陛下からも認められたあの方以上に未来の国母として相応しい令嬢はいないだろう」

「そうだね。それは誰もが認めてるよ。ミッシェル嬢は王太子妃、王妃、王太后、全てをそつなくこなせるだろうね。けれど、それだけだ。ミッシェル嬢は王太子殿下と苦しみを分かち合えないね。分かっているだろう? 彼女に愛は無い、ってさ」

「それとこれとは話が別だ! 不満なら正式に意見書を提出すれば良い。王太子殿下の側近ならそれも許されている筈だろ」

「他ならぬ王太子殿下ご自身がそれを望んでるんだ! あの方はもうあの冷血女には耐えられないんだよ! それを分かっていただけないから強引な手段に出ないといけなくなったんじゃないか!」


 と身勝手にのたまうクリフォードに言葉を失うピーター。

 我に返ったピーターは周囲を窺い……わたしと目が合った。見つめ合うこと僅かな間。すぐに彼は他にも聞いていないか視線を走らせ、誰もいないことを確認してひとまず胸を撫で下ろした。


「主の暴走を止めるのも側近の務めだろ。その片棒を担いでどうするんだ」

「そりゃあ僕も王太子殿下の意見が正しいと思っているからね」

「公人としての立場よりも殿下個人の想いを優先するなんてクリフォードらしくない」

「黙れ! 僕は変わったんだ! 人には駒や数字として以上の意味があるんだ!」

「それにフィールディング公爵令嬢が相応しくないなら誰がいいって?」

「勿論、王太子殿下に寄り添い続けたポーラ嬢さ」


 然るべき人が聞いていたら卒倒したかもしれない。

 それほどクリフォードの発言は常識から外れている。

 何故それが正しいと思えるのか、元貧民のわたしにすら全く理解出来なかった。


「王太子殿下とフィールディング公爵令嬢の婚約は王家と公爵家の契約だ。覆せるわけがない」

「殿下が望めば話は別さ」

「百歩譲ったとしてもそれはポーラ嬢が前フィールディング公の血を継いでいる場合だ。現フィールディング代行の庶子に務まると?」

「出生や身分なんて後でどうとでもなる。大事なのはどれだけお二人が末永く支え合うか、だ。義務感で付き合うだけのミッシェル嬢に王太子殿下はもううんざりなんだよ」


 その婚約がそもそも王太子が望んだのに。王太子が完璧な王太子妃であるより情や愛を求めたのに、ミッシェルは応えなかった。だから百年の恋も冷めてしまい、自分に情を注いでくれたポーラを愛してしまったわけか。


 哀れな、と思った。

 どれもこれも全部ミッシェルの、そしてポーラの思い通りなのに。

 将来女性不信に陥らなければいいのだけれど。


「ならどうするつもりなのさ? まさか公の場で国王陛下に直訴するつもり?」

「国王陛下も認めざるを得ない状況に持っていくのさ。いかにミッシェル嬢が殿下のお相手に相応しくないか、皆が納得すればいいんだからね」

「まさか……近いうちに開かれる夜会で知らしめる予定?」

「その通り! 王太子殿下直々に訴えるつもりさ」


 その計画を立てたのは一体誰なんだろうか。頭の中を覗いてみたいものだ。

 王太子にせよクリフォードにせよ、ソイツは間違いなく自分に酔っている。

 どれだけの大事かを察した時はもう手遅れなのに。


 どうやらピーターも同じことを思ったらしく、ほんの僅かながら呆れ顔になっていた。ただすぐに取り繕ったものだから、自分に酔っているクリフォードは気づきもしない。失笑ばかり招く彼の演説は続く。


「情に訴えたってみんな一笑に付すだけに決まってる」

「だろうね。粗捜ししたってミッシェル嬢には付け入る隙が無かった。非の打ち所がないとはまさにこのことさ」

「それが分かっていながら強行すると?」

「馬鹿だなぁ。無いなら作ればいいだけじゃないか。事実をそれっぽく脚色すればいくらでも罪に出来る」

「罪を捏造するなんて……!」

「人聞きの悪いこと言うなよ。あえて表現すれば誇張だよ誇張。他の誰だって気に入らない奴とか政敵を追い落とす時によくやるだろ? 大げさに訴えるぐらいはさ」


 それを国の政を司る宰相の家の者がしでかすのはいかがなものか。そういった暗躍は政治の腐敗を招いてやがては国の衰退に繋がっていくものだ。それを気に入らない令嬢の排除だけに行使しようとするとは。


 さすがのピーターも聞き捨てならなかったようで眉をひそめた。あまり感情を荒立てないピーターが初めて見せる怒気に、わたしは軽く驚いてしまった。剣呑な雰囲気が漂うものの、クリフォードはなおも自信満々な態度を改めようとしない。


「僕は反対だ。下手をしたら国を二分するぞ」

「言っただろ。正義はボク達に有り、だ」

「父はご存知なのか? 成功率関係なく大きな負担がかかるだろ」

「勿論説明するさ。ボクが根回しもしない馬鹿と思われるのは心外だな」

「する? 未来形なのか?」

「当然だろ。最後の詰めまで完璧に行ってこそ説得力が出るんだからさ」


 なるほど。つまり現時点で宰相には全く知らせず、クリフォードと王太子が水面下で悪巧みをしているってだけか。確かに茶番……もとい、断罪を行わない限りは致命傷には至らないだろうけれど……。


 ピーターはしわを寄せた眉間をもんだ。それから深く息を吐き、クリフォードを見据える。その眼差しは弟に向ける温かいものでも非難の目でもなく、明らかに排除すべき敵を視界に映す鋭いものだった。


「今ならまだ間に合う。中止しろ」

「ボクに命令するな。ボクらの正義の執行を指を咥えて見ていれば良いんだ」

「……後悔はしないな?」

「しつこいなぁ。するわけないだろ!」


 なるほど、そこまで覚悟を決めていたか。

 ではしょうがない。実力で阻止させてもらうとしよう。

 表舞台から永久に退場してもらうことで。


 わたしは部屋の戸を軽く押した。そしてわたしが時間を潰す相手をしてくださっていたお二人が静かに廊下へと歩み出る。堂々と、威厳に満ちて、そしてこの場の誰にも有無を言わさない圧迫感を持って。


「やはりそういうことか」


 クリフォードは予期せぬ乱入者の登場に口を魚のようにぱくぱく動かすばかりで、何かを言おうとしても言葉になっていない。さまよう視線が彼の狼狽ぶりを更に表している。一方のピーターは落ち着いた様子で敬意を払ってうやうやしく頭を垂れた。


 彼、この家の当主であり二人の父である宰相、そしてその妻である宰相夫人。宰相がクリフォードに向ける視線はとても冷たい。失望も怒りも無く、ただ路傍の石ころを眺めるがごとく、その心はさざなみ一つ立っていなかった。


「ち……父上。聞かれていたならちょうどいい。ボクは王太子殿下方と共に……」

「妻よ」

「はい……あなた」


 それでも動揺をすぐさま静めたクリフォードは大したものだ。そしていかに自分が正しいかを訴えかけようとして、宰相はそれを打ち切るかのように傍らの宰相夫人に語りかけた。そんな宰相夫人はうつむき加減で肩を震わせながらも返事をした。


「我が家の後継者は誰だったか?」

「それ、は……ピーターだったかと」

「では我が後継者と言い争っている者は誰だったか?」

「っ。……。存じません。浅はかな策を練る愚者と縁などございませんので」

「では不法侵入者だな。おい、奴を捕らえて牢屋に入れておけ」

「は……!? ちょ、父上、何故ですか父上!?」


 宰相の命令でかけつけた使用人達が直ちにクリフォードを捕らえた。鍛えてもいない彼は抵抗したところで無力で、何か抗議の声を出してもすぐさま口に布を詰められて黙らされた。そして強引に引っ立てられた彼は姿を消していったのだった。


 きっとクリフォードのことだ。ミッシェルを失脚させるだけの充分な証拠を捏造して提示する予定だったに違いない。それも後々に調べても矛盾ない仕上がりで。ひょっとしたら婚約破棄どころか修道院行き、最悪は国外追放などにまで発展しかけたかも。


「愚かな。勝利が確定する前に自分の手の内をさらけ出すとは。なまじ優秀だっただけに慎重さが足りなかったとはな」


 彼の敗因は唯一つ。優秀過ぎたことだ。だから宰相に打ち明ける機会を見誤ってしまい、ピーターやわたしに先を越されてしまうのだ。「クリフォードが謀反を目論んでいる」的な相談を持ちかけたらすぐにこちらの味方になってくれたのだから。


 とは言え、正しくなかろうがクリフォードには勝算があった。もしもクリフォードが事前に宰相にミッシェル失脚を提案していたら全く違った結果になっていたに違いない。時間の差だけがわたし達の明暗を分けたに過ぎないのだ。


「クリフォードは廃嫡の上で籍を抹消する。異存はあるか?」

「……ございません」

「詰めを甘くして出し抜かれるとはな。アレには期待していただけに残念だ」

「どうか御慈悲を。愚か者だろうとわたくしの息子なのです」

「駄目だな。あの様子では後々に怨恨を生み出しかねん。毒杯が慈悲となろう」

「お……仰せのままに……」


 がっくりと肩を落とした宰相夫人は侍女に支えられながら自室へと戻っていく。自分がお腹を痛めた我が子の末路が自害だなんてあんまりだろう。彼女の味わう絶望は決して理解したくない。


 そんな自分の妻を見送ってから宰相は踵を返してその場を立ち去ろうとする。けれどふと足を止めた彼はわずかに顔をピーター、そしてわたしへと向けた。その面持ちは重要な決断を下した後からか、とても疲れに彩られていた。


「古き時代は終わった、か」

「はい?」

「いや、何でもない。過去を清算する時が来たのだ、と思っただけだ」

「???」


 一体宰相が何を悟ったのか。それを知るのは少し後のこととなる。

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