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女公爵は用無しに向ける情けは無い

 ミッシェルが何をしたいかは薄々察せられた。復讐、当てつけの類なんだろうけれど、疑問なのはミッシェルがどうしてそこまでの恨みを抱いているのか、だ。我が身を犠牲にしてまで成し遂げようとするなんて正気の沙汰ではない。


 やはり調べる必要があるだろう。ミッシェルの動機の源流を。

 彼女の身内になった以上、わたしにだって知る権利はある。

 あまり想像したくないのだけれど、わたしも破滅させられるかもしれないから。


 すなわち、ミッシェルの母である女公爵についてを。


「と、いうわけで前フィールディング公について知りたいのだけれど」

「前フィールディング公、か」


 ピーターとの交流の席でわたしは思い切って彼にその話題を振ってみることにした。クリフォードが崇拝の域まで高く評価していた点から察していたけれど、ピーターの反応から見るに、女公爵は優秀な人物だったようだ。


「一言で言い表すなら『完璧に近い女傑』、かな」

「完璧に近い女傑」

「一を聞けば十理解するし、一度見聞きした事は決して忘れず、何をやらせても一流。前フィールディング公が三人いたら他はもう誰も王国に要らない、とか、前フィールディング公がその気になっていたら近隣諸国を統一して女帝としても君臨できた、とか言われてるほどさ」

「むちゃくちゃじゃないか」


 前言撤回、実在するのかも怪しいぐらいの逸話に溢れていた。


 ミッシェルの母、シャーロット・フィールディングは偉大だった。

 幼少の頃からその才能を発揮し、同世代の子供はおろか大人さえも顔負けの知識量と理解力を発揮し、大人になる頃にはもはや並ぶ者がいないほどの天才にまで上り詰めていた。


 例えば周辺諸国の言語を全て会得し、情勢を細かく理解する女公爵は外交の場で大活躍し続けた。彼女がいるから王国とは友好的な付き合いをする、と公言する国家元首までいたほどで、相当気に入られているようだ。


 例えば政治面では災害や疫病、飢饉への対策を速やかに実施して絶賛された。無駄な支出を削減して悪徳貴族を裁き、発展を阻害する税を軽減したり整理して収入をむしろ増やしたりと、上は国王から下は奴隷まで彼女は高く評価された。


 例えば社交界では持ち前の美貌と存在感を最大限に発揮し、交流を深めた。家同士の諍いがあった際は彼女が中に入って調停を行う場面もあったらしい。多くの貴族や貴族夫人から尊敬され、貴族の模範として讃えられた。


 彼女には宰相の座が用意された。しかし彼女は断った。

 彼女には王妃の座も用意された。しかし彼女は固辞した。

 彼女が最終的に選んだのは家を継ぐこと。すなわち、公爵の座だった。


 シャーロットは己が公爵であることを誇りに思っていた。フィールディング公でなければシャーロットにあらず。シャーロットこそがフィールディング公である。自分がいれば公爵家のますますの成功と発展は約束されている、と公言して憚らなかった。


 シャーロットは尊大だった。そしてそう振る舞っても許されるだけの才能があった。


「気味が悪いぐらいみんなべた惚れだな」

「天は二物を与えず、なんて嘘さ。前フィールディング公は間違いなく歴史に名を刻む偉人足り得るだろうね」

「その辺りの評価を否定する気はないんだけれど、だとしたら気になる点が一つある」


 どうしてシャーロットはあんな男、デヴィットを伴侶として選んだのだろうか。

 彼女ほどの類まれなる女なら引く手あまただっただろうに。


「それこそが前フィールディング公が『完璧』だと言われないただ一つの欠点らしい」

「男の見る目の無さが?」

「違う。ジュリーは信じられないかもしれないけれど、現フィールディング公代は前フィールディング公との婚約当時、同年代の中でも優秀な部類だったんだってさ」

「優秀? アレで?」

「そう、アレで」

「いや、信じられないんだけれど」


 シャーロットが婚約する相手として選んだのは公爵家一門の者だった。誰を選んでも何かしらの問題が発生するだろうと踏んだ彼女は身内をより強固にする道を取った。そして選ばれたのがあの貴族様、デヴィットらしい。


 当時の貴族様の評価としては整った容姿に豊富な知識、剣や馬術の腕前も素晴らしく、社交性も申し分無し。男女や身分問わず紳士的な人柄も評価され、多くの家から毎日縁談の釣書が届いていたそうな。


 デヴィットならシャーロットに見合うだろう。それが概ねの評価だった。

 しかし、それが大きな勘違いだったと皆が気付くのには数年を要した。


「現フィールディング公代は優秀だった。優秀だったけれど、じゃあ果たして前フィールディング公にとって必要な存在かと聞かれたら、どう答える?」

「……要らないわな。せいぜい後継者の子種をもらうぐらい?」


 シャーロットは領地の運営から私生活の何から何まで一人で事足りた。彼女が人を使うのは雇用の問題と時間の節約のために過ぎない。であれば、彼女がデヴィットに課した役目は伴侶でも助手でもなく、単なる種馬に過ぎなかった。何故なら判断が必要な問題はシャーロット自身が処理した方が早く、単純労働や定常作業は人を雇えば済む話だから。


 ミッシェルが誕生してから更に拍車がかかった。ミッシェルの教育は家庭教師やシャーロット自身が行ったために、とうとうデヴィットは存在意義を失った。お飾り、腰巾着、公爵の紐、など、散々な評価を浴びる屈辱を味わったらしい。


 こうしてデヴィットは歪んだ。

 そこに聡明だったかつての青年の面影はどこにもなかった。


「前フィールディング公って、もしかして人の心が分からない?」

「仕事を円滑に進めるための社交性は抜群だったから、仕事に関わらない範疇には全く気を配らなかったっぽいね」

「それで恨みを買ってたら意味がないと思うんだけれどね。脅威にもならない、とかたかくくってたのかな」

「生前はその優秀さで不満を黙らせていた、とはみんな認識が一致しているようだよ」


 婚姻後すぐにシャーロットの本性を知ったデヴィットは酒、女に溺れるようになった。己の優越感を満たすために夜の街に足を運び、やがて母と知り合って子宝を儲けるまでにそう時間は要らなかった。


 シャーロットがデヴィットの愛人を見逃したのは愛人こと母がそれをひけらかそうとしていなかったため。デヴィットを咎めなかったのは母やわたし達庶子を認知せずに己をわきまえて仕事をこなしていたため。とどのつまり、シャーロット自身に影響を及ぼさない些事だと見做したからか。


 デヴィットの心境はシャーロットの死後の動向を見れば分かる。

 デヴィットにとって己の妻は目の上のたんこぶ、生意気な女だったに違いない。


「ま、義父が公爵家で我が物顔をしている現状を踏まえたら、前フィールディング公は間違っていたんだろうさ」

「そこも実は奇妙な点でね。少なくとも前フィールディング公はフィールディング公爵令嬢に当主の座を譲るまでの予定をしっかり立てていたんだ」

「つまり、未成年のミッシェルを残して途中退場したのは全くの想定外だった、と?」

「食事に盛られる毒、旅の途中の事故、ありとあらゆる不幸の可能性を潰すぐらい用心深かったし、健康にも気を遣っていた。だからこそ前フィールディング公の死は誰からも驚かれた、って聞いた」


 何もかもが覆ったのはシャーロットが死んでから。


 デヴィットは我が物顔で愛人一家を呼び寄せて公爵家を牛耳っている。ミッシェルが大人しくして逆らわないものだから余計に暴走する傾向だ。母や妹がいいようにしようとそ知らぬ顔するどころか発破をかける始末。


 皆が言うように完璧に近い優秀さを誇っていたなら、自分が突然不幸に見舞われても問題なくミッシェルに公爵の座が継承されるよう幾つも保険をかけておくべきだろう。それとも、来るべき時まで自分が君臨していれば問題ない、とでも考えていたか。


「じゃあ前フィールディング公はどうして亡くなったの? こんな手落ちな状況になるほど突然だったんでしょう?」

「分からない」

「は? 分からない?」

「ある日、侍女が朝起こしに行ったら既に亡くなっていた。これが公爵家から国王陛下にされた説明だ」


 それ、信じる馬鹿がいるのか?

 ハイそうですかと受け入れられたら暗殺なんてやりたい放題だろう。

 しかし暗殺したならもっと上手い筋書きを考えられただろうし、どういうことだろう?


「ジュリーの疑念ももっともだ。直ちに国王陛下直々の調査班が結成されて調査が入ったけれど、何も齟齬がなかった。病気でも外傷でもなく、前フィールディング公は不幸にも突然死した。それが最終報告さ」

「怪しさ満点だけれど、詳しく調査した結果がそれなら飲み込むしかないか」


 母が言っていた。生きている自分こそが勝利者だ、と。

 なら、どんなに優秀で才知にあふれていようがシャーロットは敗北者だろう。

 何故なら、もはや彼女の意思を継いで盛り立てようとする者はいないのだから。


 実の娘であるミッシェルを含めて。


「もしかしたらさ、前フィールディング公は一つ計算違いをしていたのかもしれないな」

「興味深い意見だ。閣下がどう間違えたの?」

「ミッシェルが前フィールディング公と違う価値観を持ったってらへん」

「成程ね」


 彼女の残した功績、そして罪が今後どのような影響を及ぼすか。

 それはシャーロットと深く関わった者達が決めていくことだろう。

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