異母妹はとんでもないことを考えてた
快楽に溺れた三馬鹿どもがその後どうなったかというと、一見すると別にどうもなってない。しかし細かい所に目を向けると明らかに一変している箇所が節々に見られた。
例えばポーラと三馬鹿の距離感が目に見えて健全になった。三馬鹿達が過度にポーラに興味を示さなくなり、ポーラもまた三馬鹿の気を引こうとはしない。落ち着いた交流を続けており、交流関係というこれまで建前だった間柄が真実味を帯びるようになった。
だからといって三馬鹿と彼らの婚約者が仲直りしたわけでもない。どうやら大人の女の味を知った三馬鹿からすれば、同年代の婚約者はただのやかましくて生意気な小娘にしか見えなくなったようだ。日常生活では疎遠になり、夜会に参加する際は相手を思いやらずに罵るばかり。険悪な雰囲気はみっともないったらありゃしなかった。
歪になった。ポーラの策略の結果はその一言に尽きた。
「将来有望だった方々を色欲で堕落させるなんて、とんだ悪女だこと」
「けれどミッシェルはそんなポーラを叱りはしないのか」
「ポーラは嘘を言っていないもの。だらしないのはあのお三方。ちょっと苦言を呈するのはジュリーがやってくれたでしょう。それで充分よ」
「小言がうるさくて鬱陶しい、とか思われてるんだろうなぁ」
三馬鹿が頻繁に夜の店に行くようになったからと言って彼らが駄目になったわけではない。依然として彼らの能力は優秀なままだ。なので私生活が少し乱れた程度とみなされ、婚約関係を除けば個人の評判が悪化したわけではない。
一体ポーラの目的は何だろうか? それが判明するのにそう時間は要らなかった。
この頃になるとミッシェルは王太子妃教育をほとんど終えていた。本人が言うには絶賛されるほどでもなく無難に終業した、とのこと。なので近頃は王太子の執務の手伝いをするようになったんだとか。
わたしはと言うと四苦八苦したかいがあって幾分かマシになったと自負している。しかしそんな努力はミッシェルの母である前公爵の評判からすれば取るに足らない。公爵としての執務は何割か自分がやるようになったものの、正直混乱を起こさないのが精一杯。災害の事前対策や税制改革を頻繁に行っていた前公爵の頭の構造が知りたいものだ。
ポーラは相変わらず王太子と親密な付き合いを続けている。昨今は執務で忙しいミッシェルよりポーラと送る時間の方が多いのは決して気の所為ではないだろう。一方で公爵令嬢としての教養に関してはかろうじて落第点にならない程度には学んでいた。彼女の興味が出る礼儀作法や社交界で話題になる時勢は積極的に学ぶものの、政策とか金勘定とか歴史だとかには一切手を付けなかった。妹曰く、「そんなのは専門家を雇ってやらせればいいのよ」だそうだ。
真意を掴みかねるポーラと違ってフレディは実に単純だった。公爵令息になった当初はその身分を振りかざしてわがままし放題だった。さすがに堪忍袋の緒が切れた母がフレディを問答無用で新兵訓練施設に入れ、その根性を叩き直してもらった。結果として彼は剣を振り回す方が性に合うと悟り、あまり公爵邸に帰らなくなった。なんと弟が公爵家における自立第一号になったわけだ。
そして、母は公爵夫人としての教育を終えるといよいよ社交界に席巻……しなかった。むしろ母は必要最低限の顔出しに留まり、その有り余る財産を駆使して商売を始めたのだ。具体的には夜の店に出資して傘下に収め、従業員の労働環境を改善し、希望するなら別の職を斡旋をした。逆に母は貴族の義務とも言える無償の施しを決して与えはしなかった。全てにおいて契約を結んでその影響力を広げていったのだった。
さて、そんな近状を前提として、ミッシェルの様子がどうもおかしいと気づいたのは何がきっかけだっただろうか。妙に落ち着かなく、不安に駆られているように感じられた。勿論ほんの僅かな違和感のみ表に出ていただけだから追求しようもなく、仮に問いただしてもミッシェル本人は認めやしないだろう。
その日、ミッシェルは明らかに挙動不審だった。言葉をかわしてもどこか上の空。心ここにあらず、というより、明らかに緊張してそれどころではない、といった雰囲気だった。どうもその点を触れられたくないらしく、わたしと視線を合わそうとしなかった。
何かある、と確信してわたしはミッシェルの動向を追うことにした。
そして案の定ミッシェルは普段と異なる行動を取った。けれど実際に何をしたかまではわたしの予想を遥かに超えていた。わたしはきっとこの日を生涯忘れることはないだろう。彼女を止められなかった、彼女を理解しなかった愚かな自分の戒めとして。
ミッシェルは裕福な平民に見える簡素な服に身を包むと、なんと公爵邸を裏口から抜け出した。慌ててわたしも変装して彼女の後を追う。なんて仕事をしない門番だと憤りたくなるものの、ポーラやわたしもやったことなので言う資格はあるまい。
まだ日が沈んでそう時間が経っていない夜の町はまだ活気に満ちていた。護衛も付けない無用心な彼女はそうした人の行き交う大通りから脇道に入っていく。思わず不安で汗を拭ったわたしは彼女の背を追いかける。
「まさか……」
わたしの思い違いであって欲しい。見間違いに違いない。そう願わずにはいられなかったけれど、それを裏切るようにミッシェルはわたしのよく知る道を歩んでいく。
途中ですれ違う大人達が奇異な目でミッシェルを眺めるものの、彼女は堂々とした様子で進んでいった。
ここは、夜の店が並ぶ商店街だ。
かつてのわたしの生活圏、昔の母の仕事場、そしてポーラが三馬鹿共を誘った、社交界とは全く異なる輝きと魅力に満ちた、蠱惑の空間。
そんな場所にミッシェルが何の用だ?
まさか、いけないことをするつもりなのだろうか?
公爵令嬢であり王太子の婚約者である、貴族令嬢の鑑といえる彼女が……?
止めなくては、と駆け出したわたしは、次の瞬間信じられない光景を目にした。
「まさか本当に来るとは、ね」
「お義母様……」
ミッシェルが目的としていただろう高級男娼の店の前ではなんと母が腕を組んで待ち構えていた。
母は眉間にしわを寄せて唇を固く結び、これでもかというぐらい鋭い眼差しでミッシェルを睨みつける。それを受けてさすがのミッシェルもたじろいで母から距離を置こうとする。その反応に母が目尻を動かし、礼儀や品などかなぐり捨てた大股でミッシェルへと歩み寄った。
「こそこそと界隈の事情を調べていたようだから何事かと思ってたらまさか男娼を買おうとしてたなんて! 一体何を考えているのよ!」
「どうしてそれを……!」
「この店も私が出資してる、と言えば分かるかしら? 逐一報告を受けてるのよ」
「そこまで手を広げてるとまでは把握していませんでした……」
母はミッシェルの手首を掴むと強引に連れ去ろうとする。ミッシェルも抵抗を示すもののさすがに騒ぎに発展しかねないためか振りほどこうとまではしない。母のあまりの気迫に押されたミッシェルはよろけながらも小刻みに足を動かして付いていく。
「あのブス女の娘だからと蔑ろにしてたのは自覚してるけれど、こればかりは見過ごせないわ。今日ミッシェルが甘受するのは男娼からの甘やかしじゃなくて私からの説教よ!」
「痛い、そんな強く握らないで……!」
「お黙り! 旦那様にバラされたくなかったら大人しく全部話してもらいますからね!」
「っ……! 分かり、ました……」
「アンタもよ! ボケっと見てないでどうしてミッシェルを止めないのよ!?」
「いっ! 痛い痛い痛い止めて!」
母は少年風に変装したわたしを横切る間際、なんとわたしの耳を掴んで引っ張ってきた。激痛が走って悲鳴を出すわたしはやっとの思いで母の手から逃れたものの、そのまま母に連行されるしかなかった。




