思春期の男子はそういうものだ。我慢できるわけがない
王族付きの側近に求められることは、単に主を褒め称えて賛同することではない。時には困ったり迷った王族に助言をし、そして誤った判断をしそうになった際に諫めることも重要なのだ。
そういった意味ではあの三馬鹿は側近失格だ、と断言しよう。
ミッシェルが王太子の婚約者に任命されてからそれなりの年月が経過した。二人の関係はそれなりに良好と言ってよかった。二人きりの時間を作り、互いに尊重しあい、国をより良い方向へと導くべく切磋琢磨しあっていた。
問題点があるとすれば、相変わらずポーラと王太子の距離が近いぐらいか。
ポーラは依然として王太子に馴れ馴れしい。かと言って不躾、無礼と断ぜられるほど過剰ではなく、絶妙に節度を保つ綱渡りな立ち回りをしている。そのかいもあって王太子はだいぶポーラと打ち解けたようだった。
そんなポーラと王太子の側近である三馬鹿が接する機会が多くなるのは自然の成り行きであり、ポーラが三馬鹿から好印象を持たれるまでにそう時間が要らなかったのも想像の範疇だ。
「ポーラったらある意味尊敬しちゃうわ。あのお三方から心許されるなんてね」
「ああいう自尊心の高い男に取り入るなんてポーラにとっては朝飯前だね」
「それを実際に見せつけられる身にもなって頂戴。ポーラに優しくする彼らを目の当たりにした時、思わず絶句してしまったわ」
「心中お察しします。でもこうなるって分かっていながらミッシェルは静観したじゃんか」
「あら、きちんと忠告はしたわよ。そうしたら彼らったら何て答えたと思う?」
「聞く必要は無いね。いくら大口叩こうが結果が全てだろ」
三馬鹿共はなめていた。所詮ポーラは貴族の血が半分しか流れていない雑種の小娘に過ぎない。そんな女がいくらすり寄ろうがほんの僅かでも心動かされるわけがない。親しくしている王太子の気がしれない、とね。
で、実際会ってみたらポーラは三馬鹿を褒め称えた。些細なことでも「凄い!」と喜び、次には「尊敬します」と憧れの眼差しを向け、最後には「立派ですね」と彼らの全てを認めた。
一見誰もがやっていることでも大げさに、そして可愛らしくやり続ければ段々と気になってくるというもの。気がつけば三馬鹿達はポーラの一挙動一挙動を目で追うようになっていた。
次にポーラは少し控えめになった。押し続ければ鬱陶しがられるので一旦ひくことで相手をヤキモキさせる。今度は三馬鹿の方からポーラに振り向いてもらおうと声をかけるようになるわけだ。
まんまと食いついた三馬鹿は今やポーラの虜というわけだ。
「いや、でもさぁ、確か三人とも婚約者がいたよね。ポーラに現抜かしてていいの?」
「いいわけないでしょう。最悪不義理だとされて婚約破棄にまで発展しかねないわ」
「この泥棒猫、とか言われて後ろから刺されたりしない?」
「そこがポーラの凄いところでね、あくまで彼女は親しい友人って立ち位置を崩していないのよ」
これはとある昼間に開かれた懇談会でのこと。いつものように、これも充分問題なのだけれど、ポーラが王太子や三馬鹿達と楽しく語り合っていたら、三馬鹿達の婚約者が各々の殿方とポーラに苦言を呈した。
そこで諍いに発展、とはならず、なんとポーラは三馬鹿共が何かを言う前に誤解を招いたと謝罪したのだ。そのうえでポーラは普段自分達がどんな付き合い方をしているか同席しませんか、と提案したのだった。
「クリフォード達、何をやってるんだ? それに公爵令嬢は何の真似だろうか?」
「……ポーラったら、完全に攻めきるつもりじゃないの」
傍らで観戦するピーターとわたしの反応は全く異なっていた。ピーターは物珍しさや三馬鹿達の常識知らずな真似、そしてポーラの大胆さに着目。一方のわたしは先の見える展開に思わず顔をしかめるばかりだった。
結果、婚約者達は完全敗北した。
ポーラは婚約者からの追求をのらりくらりとかわし、あくまでも友人としての付き合いであることを強調。三馬鹿側から好意を持たれているに過ぎず、言っても聞かないのだと申し訳無さそうに弁明した。
三馬鹿も三馬鹿で過敏に反応するなと逆に婚約者達を咎め、自分達は何も悪くないと主張。ポーラを罵ろうものなら怒り出す始末。もはや三馬鹿の婚約関係には亀裂が入ってしまい、破綻は時間の問題に見えてならなかった。
お友達でい続けようとするポーラ。それ以上に関係を進展させたい三馬鹿。
この食い違いはいつか悲劇へと発展しかねない火種だろう。
そしてそんな危うい状況のままに留まるポーラではない。
「お姉ちゃん。ちょっと遊びに行きたいんだけれど、協力してくれない?」
「閣下と母さんに相談すればいいじゃないか。黙って外出なんて許されないよ」
「だから屋敷抜け出すのを手伝ってほしいんじゃない。大丈夫、危ない真似はしないからさ」
「わたしが拒否したって使用人達にお願いするんでしょう? 何すればいいの?」
「さっすがお姉ちゃん、話が分かるぅ!」
「お願いだから胃が痛くなる真似だけはしないでよね」
三馬鹿達とそれなりに親密に、しかしポーラを巡って三馬鹿同士でギスギスし始めた頃、ポーラは成人に見えるよう大人っぽい化粧と派手で露出のある衣服をまとって夜の街にでかけていった。いてもたってもいられなかったわたしはこんな事もあろうかと用意していた小汚い少年風の服に袖を通して妹の後をつけた。
大通り沿いでポーラと待ち合わせていたのはなんと三馬鹿共。ポーラは三人を連れて脇道へと入っていき、やがてとある店へと彼らを招き入れた。わたしはその店の前で愕然とし、夜でも明かりでよく見える看板を見上げる他なかった。
「ねえそこの坊や。今晩は良かったら私と一緒に過ごさなぁい? 一晩の至福の時間を約束してあ・げ・る」
と、艶めかしい声が耳をくすぐったので驚いて振り向く。声をかけた女性はわたしの腕を取って自分の身体、主に胸に抱き込み、更にこちらにしなだれかかって……わたしの顔を見て目を見開いた。
「もしかして、ジュリーちゃん?」
「え、と。クリスティンさん。ご無沙汰してます……」
何のことはない。彼女はわたしの知り合い。具体的にはかつての母の同僚だった。
母と同じぐらいの年代なのでさすがに若さは陰りを見せているけれど、その分大人のお姉さんとしての魅力は増した、という印象だ。夜に生きる女は外見こそが第一。若い小娘ならまだしも熟練の女性は自分自身への磨きは欠かせない。
「嘘、久しぶりね! 元気してた? 貴族様に引き取られたって聞いたけれど、随分と成長したわね。もしかして私の背を抜いた? 良いもの食べてるわりには胸とお尻は成長してないわねえ」
「おかげさまで……。ところで、この店に入っても?」
「は? 駄目に決まってるでしょう。うちのお店は未成年者お断り。馬鹿なこと言ってると貴女の母親、シャロンに言いつけるわよ」
「でも、ポーラが中に入っちゃって……」
「あー、あの娘か。ちょっと待ってなさい」
クリスティンは一旦店の中に入り、少し経った後わたしを手招きしてきた。そうして通された席はポーラ達が見える絶妙な位置。そのまま放置されるかと思ったらクリスティンが接待してくれるそうだ。きっちり金を請求すると言われたから、ツケ払いでと拝み倒した。後で自分の小遣いと相談しなければ。
母が勤めていた夜のお店は基本的には酒場だ。客一人あたり一人以上で接待し、酒や果物などを振る舞い、楽しく喋ったり歌や楽器の演奏、踊りを披露する。察しの通り客の大半は男で、もてなす従業員は女ばかりなのが特徴だ。
「で、ポーラちゃんが連れてきた子、誰? まだ成人してないように見えるけれど」
「知らない方がいい、と言ったところで自己顕示欲が強い彼らが自分のことを黙っていられるわけがありませんね。彼らはかくかくしかじかです」
「……勘弁して頂戴。どうしてそんな厄介事をうちに持ち込むのよ」
「すみませんがそれはポーラに言ってください」
なお、ここは一般庶民が頻繁に来れる価格帯ではない高級なお店だ。主な客層は貴族、商人、それからなけなしのお金を絞り出す庶民がたまに、といったところか。そのため従業員の女性は綺麗な身だしなみだし、安全を確保するため護衛も完備済み。
あと重要な点として、いわゆる男女の営みは提供していない。それとこの店に限っては過度に高級なお酒を振る舞って暴利を貪る悪質さも無い。あくまでも酒場という体裁を保つ健全なお店だったりする。そこが人気の秘訣とも言える。
ただし、それはあくまでこのお店単体だけを説明したら、の話だ。
「あら、ポーラちゃんったら中座するみたいよ」
「お手洗いにでも行くんでしょうかね」
「いえ、店の出口に向かってるわ」
「いや、まさか……」
クリスティンと思い出話に花を咲かせていたら、いつの間にかポーラがそっと席から抜け出して退店していくではないか。残された三馬鹿は見目麗しい女性に甘く接待されていい気になっている。それから程なく、三馬鹿は一人ひとり女性に連れられて店の奥の方へと消えていった。
「あっちって何かありましたっけ?」
「個室が幾つかと、別の店に繋がる連絡通路があるわね」
「別の店……。確かここと隣接するお店って……」
「殿方に極楽を提供するお店、と考えてくれていいわよ」
わたしはすぐさま立ち上がり、クリスティンに一礼して追いかける。あの三馬鹿ではなく、三馬鹿をここに連れ込んだ元凶であるポーラの後を、だ。ポーラに追いついてその手を取ったのは夜の店が並ぶ脇道を抜けて大通りに出た辺りでだった。
「あら、お姉ちゃんも来てたのね。お姉ちゃんも悪い子だね」
「ポーラ、クリフォード様方をどうした?」
「あの人達がちょっとそういうことに興味あるようなこと言ってたからお店を紹介してあげたの」
「なんてことを……」
貧民だとか農村部では子供は働き手なので子が産めるようになればさっさと産んでしまうのが一般的だ。けれど子供に教育を施す貴族の場合は結婚の時期がだいぶ遅い。クリスティンが未成年と断じたわたしだってもう子作り出来る年齢に成長している。そうなると貴族の教育としてはいわゆる夜伽について学んでいくことになるのだけれど、婚姻するまでの練習をどうするかはその家による、と聞く。
とどのつまり、思春期真っ盛りな三馬鹿共はそっち方面に興味が湧き、婚約者に手を出すわけにもいかないから夜の街に繰り出したってわけか。最低だし気持ち悪いし、それにつけ込むポーラもポーラだ。
「お姉ちゃんも知ってるでしょうけれど、お母さんのあのお店ってどんな男の人でも満足させる女の人揃いなの。また来る人も多いんだって。お父様もそのうちの一人ってこと」
「まさか、手加減せずに貪らせるつもり? 初めてがソレだったら彼らは……!」
「それを望んだのはエイベル様達よ。あたしは何も悪くないわ」
「っ! 何故、どうして彼らにそんな仕打ちを!」
「そんなの決まってるじゃないの」
――邪魔だからよ。
ポーラは微笑を浮かべて断言し、わたしの手を振り払うと帰路についた。
わたしはそんな彼女の背中を呆然と見つめる他なかった。