義姉ロザリーと使用人①
その日、帰宅した義母とデイジーは、グレイの予想通り2人でまっすぐ書斎にやってくると、掃除が進んでいないだのなんだのとグレイを罵倒し満足そうに夕飯へ向かった。
そしてその後、何時ものように、21時を回ったころになって義姉デイジーがグレイの居室となっている屋根裏部屋に冷めたスープと硬くなったパンを運んできたのである。
「シンデレラ、このわたくしが夕飯を持ってきてやったわよ。
残飯があなたにはお似合いね……!さあ食べなさい……!」
声高々にそう言いながら、デイジーはグレイの部屋の床に乱雑に食事を置いた。その様子を他人ごとのように見ながら思う。こういったタイプの嫌がらせは普通使用人にさせるものではないのか……?なんて。
だが、そんな疑問も考えたところで仕方がないと思い、考えるのをやめた。なにせ毎日毎日、一日一食しかないグレイの食事は、決まって義母またはデイジーが運んでくるのである。
いじめる側の気持ちはよく分からないが、彼女たちにとってこれも趣味の一環なのだろう。きっとグレイをいじめることが目的ではなくて、グレイをいじめた後の反応を見るのが目的なのだ。その目的を果たすためには彼女たちが自ら給仕をして直接グレイの悲しむところを見なければ気が済まないのだろう。そういうことにしておこう。
とはいえ、その割運ばれてくるのは硬くなったパン……とはいってもカビが生えたり痛んだりは全くしていないちょっと古くなった程度のパンと、虫や異物が入っていたことがないどころか冷たいだけで普通に美味しいスープなのである。
更には一日一食ではあるものの、罰だとか言いがかりをつけられて食事を抜かれたことは一度もなく。まあ、そもそも朝食と昼食は抜かれたも同然の扱いを受けているのだといわれれば、その通りなのだけど。
果歩の感性から言わせてもらえれば、嫌がらせをするなら虫を入れたスープやカビの生えたパンを無理やり食べさせたりもしそうなものだが、そんなことはされたことがない。いじめであることには変わりないし温かい食事をしたいとも思うが、嫌がらせのレベルが生ぬるいのではないかとすら思う。
そんなことを頭の片隅で考えながらも、グレイは冷めた食事を見て悲しそうな表情を浮かべる。デイジーがその表情をご所望だからだ。
「ひどいわお義姉様……!お義姉様達はいつも温かい食事をしているというのに私は硬くなったパンと冷めたスープだなんて……。私も皆と一緒に食卓で温かい食事を取りたいわ、お義姉様、お願いします……!」
今にも泣き出しそうな感じの渾身の演技でそんなことを言うと、そんなシンデレラを見てデイジーが釣り目気味の目を細めながら鼻で笑う。デイジーは母親譲りの赤髪赤目の少女だ。比較的美人の部類には入るのだろうから社交会でも苦労してはなさそうなのに、どこでそんなに性格がひん曲がったのだろうか。少なくともグレイには、彼女に楽しそうにいじめられる心当たりはない。
それに、デイジーは16歳だ。10歳の女の子をいじめて恥ずかしくないのだろうか。
なんて、脳内で冷静にこちらも義姉のことを罵倒しつつも、グレイは悲しそうな表情は崩さない。
「だまらっしゃい!あなたみたいな役立たずに食事を恵んであげているだけありがたいと思わないの?」
「それは……。」
「愚鈍なあなたにもお義母様が仕事を与えてやっているのだから明日もしっかり働くのよシンデレラ。そうやって埃にまみれているのがお似合いだわ……!」
そう言いながら、バアン!と超大音量が鳴るほど屋根裏部屋の扉を閉めると、嵐のようにやってきた義姉は自身の部屋に帰っていった。……義母といいデイジーといい、毎日毎日ほぼ同じやり取りをしているのだが、彼女達は飽きないのだろうか。彼女達の罵詈雑言の語彙のバラエティーも非常に少ない。
デイジーが帰って行ったあと、デイジーが持ってきたスープに口をつける。シクシクと泣きながら食べるところを彼女は見ていかなくても良かったのだろうか。
冷めてこそいるが美味しい野菜のスープをすすりながら、肉が食べたい、なんて贅沢事を考えていた。
*
食事をとり終わったグレイは、食器を持って厨房へ向かっていた。自分で使った食器は自分で洗って厨房の食器棚へ返しておくのだ。
貴族は本来食器を洗うのを勿論使用人に任せるので、グレイが食器洗いをさせられているのも嫌がらせの一環である。しかし、義母達の使った食器を洗えだとか、使用人たちの食器も片付けろだとか、そういったことは一切ない。
結果、グレイは自分の使った食器を自分で洗って片付けるという当り前のことしかしていないのである。
これもきっと、原作のシンデレラでは、義母の考える侮辱的でとんでもない嫌がらせの1つにカウントされるものではあるのだろう、とは思うが、現在のグレイに言わせてもらえば元居た世界でも同様だったため特に思うところはないのだ。強いて言うなら洗剤で手荒れするからハンドクリームが欲しい、程度である。使えるものならお湯も使いたい。
また、厨房の水道は大人が使うように設計されているためグレイが使うには位置が高い。
てっきり井戸から水を汲んできて……みたいなものを想像していたためこれにも少し驚いた。蛇口をひねれば水が出る水道完備である。
背が届かないものは仕方がないので、重い木箱を運んできて踏み台にし、水道の蛇口をひねり、食器洗いをしながら考える。ここ数日果歩の記憶を持ったグレイが感じたのは、義母達の嫌がらせの程度が非常にしょうもない、ということであった。
貴族基準で、貴族がさせられたら屈辱的なものばかりだな、とは思っているのだが、小言がうるさいだけで命に別状はないし、無茶をさせられているわけでもない。つまり、元庶民の果歩の感性を持ってしまったグレイにとっては、現在の嫌がらせ程度では痛くも痒くもないのである。
なんてこった。あのシンデレラの凶悪な義母達がこの程度とは。拍子抜けも良いところだ。
いや、まあ、嫌がらせをされているのは事実なので、それを許すつもりも毛頭ないのだけれど。お腹空くから食事は1日3食食べたいし。
だが、義母達に今すぐ反抗するのは無謀であるということも理解していた。その理由の1つが使用人達の存在である。使用人たちには恐らく避けられているか嫌われているかの二択であるので、使用人たちは何かあった際に義母達の味方をするだろうからだ。
例えば、今この瞬間にも、皿を洗いながら横目でチラッと見た先には、筋骨隆々という言葉が似合う、褐色の肌をした黒いちょび髭の男が壁際の木箱に腰掛けて不機嫌そうな目でこちらを見ていた。
彼の名前は知らない。以前聞いたが無視をされ、答えてくれなかったからだ。
彼は身長が2mはあるのではないかと思うほどの大男で、年齢は40歳前後であろうか。軍人だと言われても驚かないほど分厚い筋肉を携えた彼だが、実はこの厨房の主であり、ガディネ宅の料理人である。きっとグレイが日頃食べているスープは彼が作ったものであろう。いつも美味しいスープをありがとう。
ガディネの邸宅の使用人の数は多くないため、厨房は彼一人で回しているようだ。とはいえ、日中グレイは掃除をさせられているので厨房に来ることそのものがないため、昼間であればもう少し人がいるのかもしれないが実際のところどうなのかは分からない。だが、夜皆が寝静まった後で厨房まで皿洗いをしに来ると、決まって彼が壁際からグレイを睨んでいるのである。素人を厨房に入れたくないのかもしれないが、そこまで不機嫌そうな顔をすることもないじゃないかと思う。正直少し怖いがもう慣れた。
そうして食器を片付けて屋根裏部屋に戻ろうとしたところ、廊下にガディネ宅唯一の執事であるサイモンの姿が見えた。どうやらどこかに軽食を運んでいるらしい。
こんな時間に出歩く必要があるグレイも大概ではあるが、時計はすでに23時を回っている。
夜更かしは美容の大敵……とか言って22時過ぎには義母も義姉も就寝するものと思っていたので驚いた。
こっそりとサイモンの後をつけて廊下を歩く。そうしてたどり着いた部屋の先には、煌々としたランプの光が見えた。
サイモンが入っていった後、その部屋の扉が少しだけ開いていた。きっと覗けば中が見えるだろう。
ちょっとだけ。グレイがそう思いながら、そろそろと扉に近づき中を覗き込む。と、……立ちふさがっていたのは高い人影。
「こんな時間に何用ですかな、グレイお嬢様」
「ひえっ……!」
どうやらつけていたことがばれていたらしい。オールバックの白髪にモノクルをした執事が、扉の奥でグレイを見ながら黒い笑顔でにっこりと笑っていた。
思わず反射的に悲鳴を上げたグレイは一歩後ずさり、初めて使用人と会話をした(していない)驚きを感じるより先に、冷たい廊下に尻もちをついていた。




