満開の桜の下には
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます!
とうとう最終回です。
早いものですね……この企画を知ったのがずいぶん最近だったこともありますが、遊月にしては速いペースで書いたのではないかな、など!
閑話休題。
忘れえぬ記憶を胸に、真実を迎える……
本編スタートです!!
「本当に誰も知らなかったみたいだもんな、山岡の言ってた“秘密”……」
山岡が死んだ春から、もうずいぶん経つ。
それなのに、山岡が最期に遺したメッセージは、未だ呪いのように僕の心に残っていた。思えば最初にその呪いを受けたのは清本だったのかもしれない。しつこく問い質したがためにクラス中の不満を一身に浴びることになった姿が、まだ目に浮かぶ。もちろん自業自得なのは言うまでもなかったけど、あの光景を思い出すたびその中に自分も平然といたことに寒気がしてくるようだった。
あの小学校は立て続けに事件が起きたことで評判がガタ落ちして、僕らが卒業して何年か経った頃に廃校になった。今はトラロープが張られて、解体工事を待つばかりなのだという。
「あの桜、まだあるのかな……」
最寄り駅を降りてから少し続く桜並木に、心を拐われたのかも知れない。卒業してから何があっても足を踏み入れなかった小学校――というより山岡を見つけたあの桜を、無性に見たくなった。
* * * * * * *
「よぉ立川、久しぶり」
桜の下には、先客がいた。
「樫田……だよね。なんか、ここ卒業して以来?」
「だな。立川成人式にも来なかったし、え、もう10年会ってないのか? それでわかる俺ら凄くない?」
軽い調子で笑う樫田。
その顔は朗らかでどこか柔らかな雰囲気があって、声も輪郭もずいぶん大人っぽくなって、目の下には微かに隈もあったけど、まだあの頃の面影が残っていた。
だからなのだろうか。そんなつもりなんかなかったのに、ずっとわだかまっていたものがスッと口をついて出てきていた。
「樫田ってさ、山岡とか清本のことどう思ってる?」
「え?」
「昔、清本が『俺は知らない』って言ってたことけっこうあったじゃん。あれ、あれさ」
言いながら足が震えてくる。
たぶん声も震えている。
けど、言い出したら止まらなかった、その先まで言わずにいられなくて、まるで空気を求めて水面から顔を出そうとするように、言葉がするすると出てしまう。
「山岡のいじめとか清本がああなったのって、もしかして、もしかしてだけどさ、樫田……樫田って」
「はっきり言っていいよ、立川」
樫田の口調は、あくまで穏やかだった。夕暮れの桜に見下ろされながら笑う樫田の姿は、なんだかあの頃のまま――――
「俺だよ」
「え、」
「清本は、あそこまで大人数で山岡をいじめる気はなかったみたいだったよ。まぁ女にフラれた腹いせだし、あんま知られたくなかったんだろうな。だから、俺がみんなを加わらせた。あの頃のみんなって、清本に目ぇ付けられるぞって言えば簡単に何でもやってたろ?」
修学旅行の思い出でも話すような口調で、桜を見上げながら語りだす樫田。最後まで清本に山岡虐めをやめるように言っていた宝生を説得したのも樫田だったらしい。
「あいつ、葉山のこと好きだったんだって。だから言ってやったんだよ、全部清本のせいになるんだから、この機会に葉山を好きにしちまえって。じゃなきゃ山岡じゃなくてお前が次のターゲットになるぞってさ。清本は宝生のこと自体特に気にしてなかったみたいだけど」
「…………なんか、おかしいと思ってたんだよ」
「へぇ」
樫田はその上等そうなスーツが汚れるのも厭わず桜の下に座って、タバコに火を点け始めた。昔のことよく覚えてんだな――関心もなさげに言う樫田が、なんだか恐ろしかったけど、それ以上に……
「だって樫田さ、三上先生が捕まった日に清本を止めようとしたとき狙ってたでしょ、僕たちが清本のこと『他人をけしかけておいて自分だけ逃げるやつ』だって思うように」
「……ははっ、まぁ、正直あいつの癇癪にはうんざりしてたしな」
今でも覚えている、あの日。
僕だって思った――自分だけ逃げようなんて、なんて虫のいいやつなんだって。そんなこと、許せるわけがないって。それはもちろん他のみんなも思ったことで、その日から僕らはクラス全体で清本をいじめていた。それこそ、かつて清本主導で山岡にやっていたように。
そして、卒業式の日……
「笑えないよ、樫田。清本がどうなったか、樫田だって覚えてるでしょ? 卒業式のあと、ここで…………」
「もちろん覚えてるよ。ここで死んだんだよな、あいつ。まぁ三上先生もいなくなったし、後ろ楯も何もなくなっちまったからな。そうなったら耐えられなかったんだろうね」
「後ろ楯?」
「あれ、知らなかった? 三上先生が山岡を殺したの、あの『秘密』のせいなんだよ」
樫田は、数年前に刑務所にいる三上先生に面会したらしい。そこで全てを聞いたのだそうだ。
三上先生は僕らが4年の頃、そうとは知らずに当時まだ中学生だった清本のお姉さんと男女の関係を持ったらしい。もちろんそのことは清本に知れて、それ以来先生は清本に逆らえないようにされていたらしい。だから彼が担任でいる限り清本が何をしてもお咎めなんてなかったし、それが清本をあそこまで暴走させることになった。
そんな中、先生は山岡が送った『お前たちの秘密を知っている』というメッセージを目にした。秘密――それも知られたら職を失うだけで済むかわからない秘密を抱えていた先生は、気が気でなかったらしい。そこに、山岡が『秘密』について相談にきて……
「それで気が動転して殺したらしい。で、どうにか自殺っぽく見せるためにこの桜に吊るしたんだと。でさ、その後先生気付いたらしいんだよ、山岡が何を言おうとしてたのか」
「………!」
秘密。
あの日、クラスを変えたもの。
全部を変えて、今に至るまで残る記憶となったもの。
先生は、そして樫田はそれを知っていた。
「何だったの、それ……」
「……それな、あんまりなやつだったんだよ。山岡が俺たちに送りつけて、しかも先生にもチクろうとしてたことってさ……俺たちがあの日、この桜を見に行こうとしてたことだったらしいんだ」
「え?」
それは、あまりにも拍子抜けするような内容だった。
それが何かを巡って詰問が続き、明確なリーダーのいないいじめまで始まり、そして僕がクラスメイトたちをそれまでと同じ風には見られなくなった、『秘密』。
派生して起きたこととはあまりに釣り合いのとれない発端の『秘密』に、思わず間の抜けた声を漏らすことしかできなかった。
「やっぱそうなるよな、俺もなったし」
とても笑う気分にはなれなかったけど、樫田は何がおかしいのかずっと笑っている。そして、急にその笑いを止めて、静かに呟いた。
「そういうのも含めて全部、山岡の復讐だったのかも知れないな」
「え?」
「俺たちの疑心暗鬼を煽って、クラスの中でああいうことが起きるのも含めて、全部あいつわかってたんじゃないかなって、今になると思うんだよ」
静かに、自分を納得させるように。
「俺さ、あの日からうまく寝れねぇんだよ」
「え?」
「寝ようとすると、山岡とか清本とかが夢に出てくるんだよ。毎回この桜の下にいる夢を見るんだ……」
もう、呪いだよな。
そう呟いた樫田の言葉を、春の宵風が空へと運ぶ。
まだ少し冷たさの残るその風の音は、どこか子どもの声にも似ているような気がして、背筋が寒くなった。
「帰るか」
しばらくの間呆けたように桜を眺めていた樫田が立ち上がり、手に持っていたロープを鞄に入れて歩き出す。その後について歩く間、僕は後ろを振り向くことができずにいた。
前書きに引き続き、遊月です! 今回もお付き合いいただきありがとうございます。
小学校の頃って些細な違いや感情の行き違いなどがだいぶ深刻な軋轢に発展することありませんでしたか? なんというか、もう少し歳を重ねれば「そういうこともある」と割りきれることを割りきれない年頃というか……
ひょっとすると私の周囲にそういう人が集まっていただけなのかも知れませんが、よくいろいろな噂や現場を見聞きしたものだったななどと思い返しつつ、このお話を執筆させていただきました。
よい思い出と笑えるものもあれば、笑えない思い出もあり……こびりついたそれは、どこか呪いじみているのかも知れませんね。
さて、今回で『桜の下の学級会』は終わりますが、また別の作品でお目にかかれることを祈っております。
ではではっ!!