桜花の時もまた矢のごとし
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます! 紛糾する学級会、その結末はあまりにもあっさりと訪れて……?
本編をお楽しみください!
一瞬静まり返る教室。
やけに騒がしい廊下の喧騒が、一瞬だけ僕らの空間をも通り過ぎた。だけど、すぐ清本が口を開く。
「何だよ、それ?」
「とぼけないでよ、見たんだから! 宝生くんをけしかけて、何かさせてたんでしょ!?」
「だから何だそれ、知らねぇよそんなの」
「そんなわけあるかっ!」
一躍ヒーローみたいに悪事を暴いたつもりが思っていたより真面目に怒ったように否定されたからだろう、苛立っているのが見てとれる清本よりもよっぽど桃谷の方が興奮しているように見えた。
そして、清本の答えにも少し違和感があった。
去年から今に至るまで、さんざん周りを脅したりしながら山岡たちを虐め抜いて、気に入らなかったり嫌ったりしている感情をこれ以上ないほど露にしていた清本が、今更山岡の家に何かしようとしていたのを隠すだろうか? たぶん、清本の性格的にそれが大それたことであればあるほど得意気に言いそうなものなのに。
だからこんな風に、なんだか不愉快そうな顔をして否定するっていうのが、なんだか違和感のある姿だった。
「桃谷お前、見てたのか……?」
ずっと黙っていた宝生が口を開く。去年まで山岡と仲がよくて、最初のうちは清本に山岡への虐めをやめるようにって詰め寄ってた気がする。結局それからどうなったのかは知らないけど、桃谷に尋ねているその顔はひどく青ざめていた。
そしてやっと自分の話に関心が向いたからだろう、桃谷は顔を真っ赤にして、楽しい話でもするみたいに「あぁ!」と大きく頷いた。
「僕のうちけっこう近かったからさ! 見てたんだよね、宝生くんが山岡んちのポストに何か入れてたの! すぐ逃げてたけど、あれからずっと山岡と喋んないままだったじゃん、気になってたんだよね!」
何が楽しいのか、桃谷はずっとニヤニヤしている。そして何を入れていたのか問い詰め始めたところで、宝生が「もう黙れよ!」と苦しげな声を出した。そのただならぬ雰囲気はさすがに伝わったのだろう、ようやく黙った桃谷を睨む宝生の目は赤くなって、少し涙が溢れていた。
「桃谷は面白いだろうけどさ、俺ずっと忘れられないんだよ……山岡がどんどん別人みたくなってくの、覚えてんだよ……」
「知るか、そんなの! 僕だって夢を潰されたんだぞ! 宝生くんだって見たよね、あの肉が交尾してる絵!? あれで清本とか他のみんなは笑ってたけど、僕の絵はあんなもんじゃなかったんだ、あんなキモいの描いたせいで描けなくなっていい絵じゃなかったんだよ!!」
桃谷の鬼気迫る叫びに、一瞬全員が黙る。
教室の中の空気が少しずつ変わっていくのを感じた。もしも空気に匂いがあるなら、どこか火薬に似ているような、何かが焦げ付いているような――そんな匂いのしそうな、その場にいるだけで噎せてしまいそうな空気が、教室の中に漂っていくのがなんとなくわかった。
そして、とうとう火が点く。
「てか、清本って自分で何かしてるわけ? うちらにいろいろさせてるだけじゃね?」
そんな声から始まって。
「そのくせ逆らうとどうなるかわかってんのかとか言ってくるし、何だよそれ、ちっさ」
「清本にできるのってあれじゃない、おっきな音出すくらいじゃない?」
クラス中に、何かが広がっていた。
今まで積もり積もっていた清本への不満が溢れたのかもしれない。もしかしたらもっと違う何かがあるのかも知れない。けど間違いなく言えることは、クラスがこういう空気になったとき助けに入るようなやつが清本にはいないということだった。
清本の周りにいたやつらまで清本を包囲する輪に加わって、その中には他のクラスメイトが知らなかったようなことまであっさりバラしているやつもいた。
清本に向けられる非難と軽蔑の眼差しが、加速度的に増えていく。いつも自信満々に他人を見下したような清本の表情が、どんどん弱々しいものに変わっているように見えた。それは見ていて何だか胸のすくような、そう感じた自分が気持ち悪いような、不思議な感覚だった。
耐えかねたように、清本が声を荒らげる。
「ふざけんな、ふざけんな! お前らだっていい思いさせてやってただろ!? お前らが俺の影に隠れてどんなことしてたかここで全部言ってやろうか!? 俺が言ったことの他にもいろんなことやってんの知ってんだよ! 今更そんな善人面できると思うな、お前らだって俺と同じなんだよ!!」
何人かがピクリと身体を震わせて口を止める。空気がわずかに緊張して、石のように投げつけられる非難や軽蔑の言葉も少しだけ弱まって。
その光景に満足したように口角を上げた清本が、追い討ちと言わんばかりに口を開こうとしたときだった。
「もうやめとこうよ、清本」
割って入ったのは、樫田だった。
清本は納得できないという顔で呆けている。
「は……? いや、なんで、」
「周りを見てみなって。ここであれこれ言ったところで『仲間を売るやつだ』『自分だけ逃げるのか』なんて言われるのがオチだよ」
窘めるように告げる樫田の言葉は、そう聞けばその通りにも思えるものだった。これまでさんざん他人を使っていじめを主導しておいて、今更自分の知らないこともあるなんて虫がいいにも程がある。そんなの許されていいはずがないんだ、元々は自分で始めたことのはずなのに。
たぶん他のみんなもそう思ったのだろう、樫田の制止の甲斐なく清本に対する視線は冷たさを増し、だんだんその感情でクラスがひとつになっていくようにさえ思えた。
「何だよ、何なんだよ、くそ……!」
たじろぎながら後退りして、教室から逃げ出そうとする清本。そうはさせないと言わんばかりに何人かが詰め寄って、その手がいよいよ捕まえようとしたときだった。
「おい! 三上先生捕まったってよ!」
突然教室のドアが開け放たれて、隣のクラスのやつが飛び込んできた。
その瞬間、それまで張り詰めていた空気は一気にそのドアから抜け出たようになって、僕らはただただ唖然とその言葉を聞いているしかなかった。
* * * * * * *
三上先生――朝、豊崎と宮田の口論を仲裁した、僕らの担任教師。そんな先生が捕まったと聞いたとき、何がどういうことなのかわからなかったけど、僕らにそのことを伝えてきたやつが見せてきたスマホのニュースにいろいろ書いてあった。
桜の下に吊るされていた山岡の死体に三上先生のいろいろな痕跡が残されていたこと、そしてまさに学級会を開いていた昼休み、それについて警察が問い詰めたら認めたらしいこと。それ以上のことはまだわからなかったけどこうして、僕らの「学級会」や疑惑なんてまったく蚊帳の外なまま、山岡の死はあっという間に事件に変わり、世間を一時期騒がせてからたちまち過去のものへと変えられていった。
そのあと卒業を待つ間あの教室で起きていたことも、今ではもう過去のことになりつつある。僕は……いやあのクラスは結局、石を投げる相手をなくすことができなかった。僕が小学校最後の1年を過ごしたあのクラスは、事件が2度起きたクラスとしてそこに在籍していたことを隠したくなる存在になってしまっていた。
あれからの1年を思うと、通勤電車に揺られるようになった今でさえ、胸が詰まるように感じる。
「……僕の方こそ、虫がいいのかもな」
石を投げたのは僕も一緒だった。
あのクラスなんて括ったところで、その中にいる僕を稀薄にすることなんてできない――それはもちろんわかったうえで。僕が他ならぬ僕自身の手でも、もう消えない黒点を過去に刻み付けてしまっていることは承知の上で、やはり思わずにいられなかった。
クラスを変えることになったきっかけ。
もう本人の口からは絶対に聞くことのできない密告。
『お前たちの秘密を知っている』
あの「秘密」って、結局何のことだったのだろう?
前書きに引き続き、遊月です! 今回もお付き合いありがとうございます!!
いかにも終わりそうな締め方をしましたが、まだもう1話続きます。まだ山岡くんの死について、もう少し謎が残っているといえば残っているような気がしてきますよね!(作者がこの調子で大丈夫だろうか?)
あと少しお付き合いくだされば幸いです♪
ではではっ!!