集まり、暴かれず
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます! 突然雰囲気の変わった豊崎さんを前に、秀哉はどうするのか……?
それでは、本編をお楽しみください!
「立川、今日も親待ちなんだね」
「ま、まぁね、だってひとりじゃ帰れないし……っ」
答えようとする喉が震えてしまう。
無表情のまま「そっかー」といつもの声を出す豊崎が怖くてたまらなかったし、この場所に居合わせたことを知られてしまった焦りもあった。
知らない、知らない、僕は何も知らない。豊崎とさっきの先生が何を話していたのかも、その距離が異様に近く感じられた理由も、僕は何も知らないんだ。なのにそんな僕を見る豊崎の目は身体の中まで凍らせてくるようで。
「ふーん、帰っちゃうやつは帰っちゃうみたいだけどね」
「へ、へぇ……、でもバレたらヤバイしさ」
「んね」
「だ、だからまぁ、僕はここで待ってるんだよ」
「そうなんだ」
「うん……」
豊崎の声はあくまでいつも通りで、だからこそドラマとかで見る取り調べのシーンよりもずっと怖かった。値踏みするような目で見つめられるのも、その相手があの豊崎だということも、現実よりむしろドラマか何かの中みたいで、にわかには信じられなかった。
このまま、何もされなくても勝手に心臓が止まってしまいそうな緊張のなか、底冷えするような昇降口に耐えられなくなりそうだったとき。
遥ちゃーん
遠くから、親しげな男の人の声が聞こえた。
「あっ、パパ!」
豊崎の雰囲気と声音が、突然変わった。
ふわっとしてどこか危なっかしそうな、いつもの豊崎。表情も柔らかくて、親が来たのを嬉しそうに迎えるその姿は、さっきの豊崎とはまるで別人のようで。
今までのは夢だったのか――そう思ったとき。
「立川、立川は今、何も見てないし、何も見ないよね」
「――――っ!!」
今まで聞いたことのないくらい低い声で囁かれた。思わず飛び退いた僕に微笑みかけた豊崎の顔は、…………。
何も言えない僕を尻目に、豊崎はお父さんらしき人と肩を寄せ合って帰っていった。何となくその人が前に授業参観に来ていたお父さんとは違う人に見えたとか、そのときの豊崎は確か『お父さん』と呼んでいた気がしたとか、そういうのは、もうどうでもよくて。
助かった、それが僕の胸を占める全てだった。
「何なんだよ、このクラスおかしいよ……」
思わず漏らした声は誰にも届かず、母から今夜のおかずが親子丼だということを聞かされているのにさえ、現実味を感じられなかった。
* * * * * * *
次の日、教室に着くと豊崎の机に見たことのないマークが描かれていた。大きな二重丸の真ん中を縦線で割って、その周りには放射状に広がる線が何本か。
何だこれ? そう思って見ていると豊崎が登校してきて、そのマークを見るなり消しゴムを取り出して一心不乱に消し始めた。それを遠巻きに見ていたらしい女子たちの誰かがクスクス笑う声が聞こえて、何となく気分が悪くなる。かといって何を言ったらいいのかわからなかったし、何より昇降口で遭遇してしまった豊崎の姿が僕の喉を締め付けてくる。
何が何だかわからなかったけど、あの豊崎は普通じゃなかった。昨日の昼休みに宮田が言っていた『いい子』がどういう意味かもわからないし、そう言われたときの反応も意味がわからない。でも、たぶん……。
「巴、何か気に入らないことでもあったの?」
豊崎が口を開くと、教室を包んでいた朝の穏やかなざわめきと女子たちの湿った空気が同時にピタッと静止した。突然名前を呼ばれたことに一瞬戸惑ったように「え、」と声を漏らした宮田だったが、すぐにいつも通りの表情を作り直して「なに?」と訊き返す。
「どうしたの遥、ていうかいきなり人を疑うとかなくない?」
「そう? だってあのことで1番うちのこと怒ってるの巴だよね? おっかしいね、こっちからは何もしてないのにね」
「……っ、そういうとこが腹立つんだよ」
空気が冷たい熱を帯びていく。
抑えきれない何かを必死に押さえつけているような声が、飛び掛かる前の獣の唸り声にも聞こえて。
そんな声を出す宮田を前にしてもいつも通りのふんわりした顔を崩さない豊崎が、心底怖かった。
「そんなんだから前園も愛想尽かしちゃうんじゃないの?」
「お前調子乗んなよ!!」
「はい静かに! どうしたんだ、いったい?」
激昂して宮田が立ち上がったところで先生が入ってきて一喝してくる。よく事情も知らないで話し合いを止めてきたり、何も知らないくせに知ったような顔で口を挟んでくるところに日頃うんざりしていたけど、この先生のクラスになった2年間で初めてそのワックスまみれのバーコード頭に頼もしさを覚えた。
豊崎は元々いつも通りだったし、宮田もまだ怒りが治まってなさそうに見えたものの「何でもねぇし」と静かになった。それでよしとしたのか、日直に呼びかけて朝の会を進めていく先生。
朝の会が終わるとそのまま国語の授業に移り、ひとり一文ずつ読んで昔の作家が書いたとかいうエッセイを習う。いつもと同じ顔をして進んでいく朝が、なんとなく不気味に思えた。ちら、と窺った豊崎と宮田の顔はあまりにも普通で、それも怖かった。
そうして今日も始まった“学級会”。
そこでまた清本は僕らに秘密について問い質し始めた。こんなことがいつまで続くのか……いい加減解放してほしいとも思ったけど、みんな揃って真剣な顔をしているせいでそうも言い出せなかった。
そして、とうとう隅の方から声が上がった。
「秘密秘密っていうけどさ……それ、都合悪いの清本たちだけじゃないの?」
「あ?」
声の主は桃谷。いつも挙動不審で周りを窺うような卑屈な視線が目立って、ずっとコソコソしているような雰囲気のやつ。たまにクラスの女子をじっと見ているらしくて、面と向かって変態呼ばわりされても言い返さずに焦っているのを見たこともある。
その桃谷が、目尻や瞼をピクピクと動かしながら清本に意見している。
「山岡くんがメッセージ送ってきたのはぼくたち全員だけど、本当に知られて困るのって清本じゃん。大体は清本のせいで巻き込まれてるんだし、だから、」
「なぁ桃谷。おい、お前もう絵描けるようになった?」
「え、」
「桃谷絵ぇ上手かったもんなぁ! 前にさ、描いてくれたじゃん、山岡と葉山が交尾してる絵! 今でも覚えてんだ、山岡のやつ慌てて消してやんの、超ウケたし」
「やめ……、」
「でも酷ぇよなぁ~。いくらあいつらが肉みたいでも、あんな肉袋同然に描くことないよなぁ。わかりにくいから名前付けといてやったけど、」
「やめてくれ!!」
笑いながら話す清本に、桃谷が悲痛な声をあげる。
肉袋、でようやく僕も思い出せた――5年の頃にふたりの名前のついた肉みたいな塊が重なっている絵が黒板に描かれていたことを。それを見た山岡が血相を変えて消していたことを。
「やめてよ、言わないでよあんなの! あれのせいでもう絵が描けないんだ! 清本たちが無理矢理描かせたんじゃないか、絵上手いから頼むって誘って、それで急に脅して訳のわかんない肉みたいの描かせて! みんなあのふたりの顔見なかったの!?」
泣きそうな顔で訴えてくる桃谷。だけど、そんなのに答えられるわけもなかった――だって今、ここには清本がいる。せめていないときに言えよ、とすら思ってしまう。
それに、もう桃谷の抗議は半分以上自分語りに変わってきていた。もしかしたらあの絵を描いたのが自分であることを明かしたことに、少しだけ気持ちよくなっているのかも知れない。そしてどこか酔いしれたような空気のまま、桃谷は言葉を続けていく。
「駄目なんだよ、あれから何か描こうとすると手震えて、吐きそうになって駄目なんだ! 夢だったのに、漫画描いたりするの夢だったのに、もう何も描けないんだ……!」
まるで用意したみたいな言葉だと思ったとき、「知らねぇよ、そんなこと」と吐き捨てるように清本が答える。
「どうでもいいし、別に。てか桃谷さ、『困るのは俺だけだ』つった? お前何か知ってるわけ? 俺が山岡殺したと思ってるわけか、なぁ、おい、ん?」
「い、や……そこまでは……。で、でもっ、でも清本が山岡の家まで何かやってたのは知ってるんだからね!」
「は?」
クラスメイトたちの後ろに隠れるように立ちながら発せられた桃谷の言葉に、清本の顔がサッと血の気を帯びた。
前書きに引き続き、遊月です! 今回もお付き合いいただきありがとうございます!
紛糾し始める学級会、そして明かされようとしている何か……はたして秀哉たちの学校生活はどうなっていくのでしょう?
また次回もお会いできることを心より願っております。
ではではっ!!