始まりは、波紋
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます! 昨日でゴールデンウィークが終わりましたが、満喫できましたか? 私は月、水以外は通常通り出勤していたので連休の実感が薄かったです(笑)
疑惑が芽生えた秀哉少年を待っていたのは、更なる疑惑で……
本編をお楽しみください!
「立川、ちょっと来いよ」
昼休み、廊下を歩いていたら後ろから声をかけられた。いたのは清本と樫田、それから去年からその周りにいたやつら数人。何の用件かは、もうその顔触れだけでわかってしまう。
「いいけど、山岡の話?」
「それしかねぇだろ。いいからちょっと」
言うが早いか、僕の手を軽く引いて清本は教室へ向かう。今日もまた他のクラスメイトたちは閉め出しているのだろう――山岡のことがあってから数日、ずっとこんな調子だった。
元5年3組だけの学級会。
もちろん、そんな穏やかな内容ではない――山岡が『知っている』と言った秘密を誰か聞いていないかと清本が問い詰めるだけのものだ。もちろんみんな首を横に振る。それを知りたいのはきっと全員に違いない。
ただ、特に隠すようなこともないのにそのメッセージのせいで否応なしに「秘密を持っているやつ」にされてしまっているのが不快で仕方ない、というのが僕の素直な気持ちだ。そのせいで今もこうして清本たちの尋問もどきに付き合わされている――山岡の境遇には同情しないでもなかったし、死んでしまったことは本当に驚いたし胸も痛かったけど、あのメッセージに関することだけは山岡に怒りを覚えていた。
そんな中で清本からも毎日のように問い詰められていたからだろう、とうとうそのうちのひとり――若松が声を荒らげた。
「しつけぇんだよ、清本! そんなに秘密の内容気になるとか、お前俺らに言えないようなこともしてたわけ?」
「は?」
たぶん図星だったのだと思う。
若松に指摘された瞬間の清本は怒りなんてものじゃなく、見ているこちらまで震えてしまうような殺気を放っていた。慌てて樫田が間に入って何とかなったけど、もしふたりだけだったら怪我では済まないことになっていただろう。
「若松あんま舐めた口利くなよ、俺だってお前がしてること知ってんだ、言ったら学校来れなくなんじゃね?」
「……っ!」
捨て台詞のように吐いたその言葉に、若松の表情が一瞬歪む。若松自身はそのまま押し黙ったけど、明らかに場の雰囲気は剣呑さを増していって。とうとう何かが弾けた。
「知られたくないことあんの、清本とか若松だけじゃなくない? 前に見ちゃったけど宮田さんもさ……」
「は、何言ってんの智香? じゃあウチも智香が隠してること言うけど?」
気まずい沈黙を破ったのは前から不仲が噂されていた宮田巴と前園智香のふたり。前園は何をするにも宮田の後ろについている姿が目立っていたが、最近それが宮田の束縛によるものだったとかなんとか、そういう話も出てきていたような。
「巴も前園もやめなよ、みんないるとこでする話じゃなくない、それ?」
そしてその間に入ったのは豊崎だった。うわ、やめとけばいいのに――そう喉元まで出掛かってしまう。言い争いなんて下手に仲裁しようとするものじゃない、変に刺激すれば豊崎だって何言われるかわかんないのに……。
「まぁね」
肝を冷やしながら見守っていたら、意外にもあっさり宮田の方が矛を収める。前園も少し不満げな顔をしつつそれに続いて、それで豊崎が安心したように顔を綻ばせた途端。
「遥はどんなときもいい子だもんね」
「――――――、」
言葉の意味はわからなかった。
わからなかったけど、宮田の放った一言で豊崎は目に見えて萎縮していて。しかも宮田だけじゃなく前園も、更には言い争いに関係なかったはずの他の女子まで、豊崎にどこか冷めたような視線を浴びせていた。
おいおい、なんだよこの空気?
居心地の悪さが清本と若松の睨み合いのときより数倍悪く感じる。纏わりつくような陰湿さが教室全体に染み渡るように感じて、まだ春の終わらない時期なのに汗が出るほど暑く感じて。
息苦しさに耐えきれずに口を開こうとしたとき、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴り響いた。それをきっかけに廊下のざわめきが大きくなり、もう午後の授業が迫ってくる。放課後は親の迎えが来たりとかいろいろあるから、今日の話し合い(尋問というべきだろうか)はここまでだった。
いったいこんなことがいつまで続くのだろう? そう思いながら教科書の準備をしていると、ふと近くの席から女子たちの小さな会話が聞こえた。
「まさか智香があのこと言うなんてね」
「いんじゃね? だってみんな知ってるっしょ、遥だって隠す気なさそうだし」
「いやそりゃないって、だってさ、ありえなくない?」
「んねー」
明らかな嘲りの滲んだ笑い声。
豊崎は少し離れた場所で前の席の女子と話をしているが、その表情が少しだけ硬く見えたのは、たぶん気のせいじゃない。別に僕には関わりのない、きっと立ち入るべきではない事情があるのだとは思う。だけど、たまに話したりする身としては何となく気にかかって仕方なかった。
放課後、昇降口で母を待っていると近くの教室のドアが開く音がして、続いて豊崎の声がした。一緒に聞こえてくるのは大人の低い声。担任の声だろうか、いやもうちょっと違う声質のような――ついつい欹ててしまった耳に入ってくるのは、内容のわからない会話。
だけど。
「また何かあったら言って。遥が嫌なことなんて、俺がさせないから」
「……うん」
何だろう、この感じ。
ただ先生と話してるだけにしては空気感が湿気みたいなものを帯びているように感じてしまう。どう言い表せばいいのかわからないけど、周りの空気が粘っこくなったというか、肌に張り付く不快感みたいなものがあるというか……。
「また明日」
「うん、またね」
その空気を最後まで帯びたまま、豊崎と誰かの会話は終わった。つい、ついほんの一瞬、気になって後ろを振り返る。目に入ったのは、昇降口からまっすぐ進んだ先の突き当たりにある理科室に入っていく隣のクラスの先生の姿と。
「――――――」
身震いしてしまうほどの無表情で昇降口に向かって歩いてくる豊崎の姿だった。慌てて目を逸らしたけど、もしかしたら見たのバレたかも知れない。どうしてかわからないけど、さっきの“あれ”は見たことを知られるのすら危なさそうな気がした。
なんだ、あの顔?
いつもの柔らかい雰囲気がどこかに消えてしまったような豊崎の顔が、すごく怖かった。そりゃ、今日いろいろ言われたり陰口叩かれたりしてたけど、それで気分沈んだりってのもあるんだろうけど!!
「あ、立川?」
背後から声がした。
その声はいつも通りのふんわりした雰囲気を帯びていて。
僕は、どんな顔で振り向いただろう。
なるべく自然体な顔を意識して「あれ、豊崎」と言葉に出しながら彼女と向かい合ったとき。
目の前にいた豊崎の表情は、図工室にあるデッサン用の彫刻みたいに無機質だった。
前書きに引き続き、遊月です! 今回もお付き合いくださり、ありがとうございます!!
秀哉くんが『どこか目を離せないやつ』と評した遥ちゃん、何かありそうですね……。昇降口で鉢合わせてしまったふたりの、明日はどっちだ!!(?)
また次のお話でお会いしましょう♪
ではではっ!!
※ 突然ですが、次回公開分のエピソードではキャラクター紹介をさせていただきたいと思っております。まだ登場していない子も含めてふわっと載せていきます。