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春の夜、風に揺れて

皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申すものでございます! 概要を見かけてから気になっていた企画『春の推理2022』に応募させていただくお話を投稿させていただきました。

教室というのもひとつの狭い“社会”のようなもので、そこではいろいろなことが起きているのではないかな、などと思ってみたりしながら書いているところです(第1話公開時点ではまだ完結しておりません!)


是非お楽しみくださいませ!

 春休みが終わってしばらくした頃。

 新しいクラスに少しずつ慣れてきた僕たちは、リーダー格の清本(きよもと)の誘いで夜の学校にやって来ていた。集まったのはクラスの半分近く――僕も含めて全員、前から同じクラスだったやつばかりだ。


「なんだよー、6年の春は1回しかないってのにみんな冷てぇなぁ! もっと集まるかと思った!」

「まぁまぁ。時間も遅いし、家出てくるのも大変なやつも多いでしょ」

 あからさまに(ふく)れる清本を、いつもその傍にいる樫田(かしだ)(なだ)める。その言葉に、まだ少し不満そうではあったが清本も矛を収めた。

 樫田の言うとおり、今は夜の10時くらいだ。僕だって親になんて言い訳するか悩んだし、たぶん「塾の友達から質問されてる」なんて見え透いた言い訳ではきっと納得していない。帰ったら改めて何をしていたのか問い詰められるだろう。それでも清本の呼びかけに答えたのは、たぶんここにいる誰もが知っているからだ――清本の心象を悪くすると1年間が地獄に変わってしまうということを。


「てかさぁ、山岡(やまおか)来てねぇの? んだよつまんねぇなぁ、絶対来いって言っといたのに」


 口調こそ軽いが、清本の態度はどこか苛立たしげだ。

 山岡は、去年清本に目をつけられて1年間地獄のような日々を過ごしていた男子だ。人当たりのいいやつだったが、清本が片想いしていた女子と仲がいいと知られてからクラス内での立ち位置は変わってしまった。

 まず、山岡が置いていっていた教科書の一部が隠されるようになった。次に教室にある水槽の酸素を抜いたという噂が流れた。飼っている魚が突然死んでいた光景は僕を含め多くのクラスメイトにとって衝撃的だったし、まくし立てるように山岡を犯人に仕立て上げていく清本の言葉は、どうしてか説得力のあるように聞こえた。

 それでも毅然(きぜん)とした態度を崩そうとしない山岡に、清本は……。


「じゃあ……これしかいないけどしょうがないか、校舎裏の桜、見に行くぞ!」

 去年のことを思い返していると、清本の威勢のいい声が響く。樫田が慌てて「声抑えて!」と言ったが、たぶんあと何回かはこのやり取りがあるのだろう。清本を先頭に、もしかしたらまだ残っているかもしれない先生に見つからないように校舎裏へと向かう。

 夜遅いからなのか、大桜へ向かおうとしているからなのか、普段は登校して何気なく通り過ぎているはずの飼育小屋すら不気味に思えてしまう。ウサギの目がやけにギラついて、興味本位でこんな時間にやって来た僕らを咎めているよう。そりゃ僕だって来たくはなかったさ、でもしょうがないだろ? 心のなかで膨らむ恐怖心をそう説き伏せながら、電灯の明かりが届かない木陰を通って桜へ向かう。


 校舎裏の大桜。

 この学校が作られる前からあったらしいその桜には、それだけで7じゃきかない数の不思議が作られてしまうくらいいろいろな噂や逸話がある。

 人の血を吸っているのだとかいうありふれたものから、その下で告白すると必ず成就するというものまで様々だ。今夜清本が僕らを集めたのもその中のひとつ、“夜遅くに大桜の下に行くとこの世のものとは思えないほど怖いものがいる”という噂を確かめるためだった。

「それが何か確かめてやればさ、俺凄くね、有名になるんじゃね? スマホの充電もちゃんとして来たし、その怖いものってやつと撮ってやんよ! お前らも見逃すなよ!」

 身体も声も大きく、思い通りにならないことがあれば力ずくで解決してきたからか怖いものなんてないと豪語している清本らしい言葉だった。僕たちはその証人として呼ばれたらしい。


「ねぇ、たぶん清本が気にしてんのってさ……」

「やめなよ、聞こえたら拗ねるから! それに、気になってんのはウチらも同じじゃん」

 僕の後ろを歩く女子たちがひそひそ話している。

 確かに、きっとここに集まったほとんどのやつに、清本の思いつき以外の理由がある。だからこそ、きっと清本以上に僕らの方が山岡がここに来ることを望んでいたはずなのだが……。


「おい、なんだあれ!」

 清本の緊張した声が、暗がりに重く響いた。

 様子を窺うと、そろそろ見えてきているであろう大桜の方を見つめたまま、清本は目を見開いている。覗いてみると、大桜の下に人影があった――心臓を掴まれたような感覚が襲ってくる。

 やっぱり来なきゃよかった、なんて考えが今更になって芽生えてくるけど、もう遅い。怖いもの見たさに後押しされたクラスメイトたちによって、僕の身体は清本のすぐ後ろくらいまで押しやられてしまう。

 人影はピクリとも動いていない、普通じゃない、生きているやつじゃない、おかしい、何だあれ――いろんな感情が溢れて止まらなくて、すぐにでも引き返したくなって。けど、清本の手前それもできそうになくて。


「じゃ、行くぞ、行くぞ、行くぞ! お前ら逃げんなよ、置いてくなよ!」

 少しだけ震えた声を出しながら、清本は桜へと近付いていく。他のみんなもじりじりとその後に続く。たぶん本心ではさっさと帰りたいはずなのに、そんなことを言い出せない空気に押されるように、少しずつ清本の背中を追う。


 仄明るい電灯に照らされた桜の下、ぼうっと立ったまま動かない奇妙な人影。明らかに常識では測れなさそうなその在り様に怯えるしかできない僕らの足は、それでも桜へ近づいてしまう。

 そして。


「おい、おい何だよあれ!?」

 それまでもどこか怯えた様子だった清本の声が、明らかに質を変えた。


 だから、見てしまったんだ。

 見たくなんてなかったのに、釣られて見てしまったんだ。

 電灯に照らされた桜の下にいたのは、幽霊や怪物やら、そんなものではなかった。もっと現実的で、もっと身近で、だけどもしかしたら幽霊や怪物の方がずっとよかったかも知れないと思えるようなもので。


 とっくに花の散った桜の下、虚ろな目で僕らを見つめている山岡がそこにいた。

 その足は少しだけ浮いていて、風に吹かれてゆらゆらと揺れている。

 別に専門家とか予備知識があるとかそういうんじゃなくても、ただ見ただけでわかってしまった――桜の木に吊られて、山岡は死んでいたのだ。

 春から別の季節へと移ろうとするみたいな生暖かい夜のこと。

 僕たちは、誰からともなく上がる悲鳴を止めるすべなんて持っているわけもなかった。

前書きに引き続き、遊月でございます。本作もお付き合いいただき、まことにありがとうございます!

発見してしまった山岡の死体。

そして、清本をはじめとするクラスメイトたちは……


次回またお会いしましょう!

ではではっ!!

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