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孤独なる魔王 An tenebris satiata singularite censemur?  作者: ろーぐ・うぃず・でびる
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第九話ー傷痕ー

 目が覚めると、そこは真っ白な天井。


あの後、自分の身に何が起こった?


そう、自分は確かに、あの人間との戦いの後、強制的にハエの大群に包まれそこから気を失ったのだ。


ハエの大群…………


思い当たる節は一つしかない。


ベルゼブブだ。


奴なら、魔界病院へ連れていき、治療を受けさせていた筈。


それでも、何故奴は動いた?

何故、満身創痍の筈なのに。


失った左腕の方へ視線を向けると、そこには鋼鉄の義手が嵌め込まれていた。


ふと、左腕に力を入れてみる。


どうやら、この義手には魔力が込められているようで、自分の横たわる病院のベッドに触れると、ふかふかとした感触が指をつたった。


「ベリアル、おはよぅ~」


ねっとりとした高い声に、耳障りな羽音。

隣のベッドで腰掛け、話しかけてきたのはベルゼブブだった。


その姿は身体中が痛々しいまでに継ぎ接ぎになっており悲壮感を漂わせていた。


「よく、寝れたぁ? まぁ、キミなら糞の山でも寝れるよね、ししっ」


いつも通りに、振る舞う姿。


それがより、胸を強く締め付けさせる。


「何から何まで余計なお世話だっつーの………馬鹿野郎」


 自分もベルゼブブと向かい合わせになり、腰掛けた。


だが、絶対に目を合わせられなかった。


「僕は大丈夫だよぉ? そんなことよりさ、自分の心配しなよぉ~? 僕は所詮蝿の塊みたいなもんだからさ」


 その言葉には、人を煽る様な嗤いが見えず、本心から言ってる様に聞こえた。


言葉が、余計に俺を――――。


「るせぇ!」


感情的になり、自分の拳は気づかぬうちに病院の壁に風穴を空けていた。


肉の無い、無機質で冷たい拳。


その拳は、手の甲に当たる部分にヒビを作っていた。


「…………クソがッ!! 大人しくあのままにさせてりゃ良かったんだ! 余計な事してくれんな! ベル!」


 考える前に、出た言葉は罵詈雑言だった。


お前は黙って治療を受けていれば良かったものを。


 俺様が、あいつをぶっ倒す。


俺様以外の敵なんぞに、やられてんじゃねぇよ。


本当に、つまらなくなっちまう。


 そんな思いが、自分の胸の中でぐるぐると駆け巡る。


言葉にはせずとも、ベルゼブブを睨んでいた瞳には自然とそれは現れてしまっていたようだった。


「……キミが死なれちゃ、ルシファーも僕も生き甲斐を無くしちゃうじゃんかぁ~……」


「……チッ、ルシの様子はどうだ。別室に居るのか」


 舌打ちし、ため息と共に悪態をつきながらも訪ねた。


すると、ベルゼブブは手を擦り、頭をかしげさせ羽音をブン、ブンと途切れ途切れに鳴らした。


「……」


質問に対して無言でお茶を濁し、目を合わせず手を擦り続けていた。


「チッ! クソバエ!! ルシはどうだって言ってるだろ!」


 また怒鳴ると、嗤わずに無表情でぽつりと口を開いた。


「……ルシファーは、今までのルシファーと思わない方が良いよ」


 何を言っている?


ルシファーはルシファーだろう?


そう思いながら質問を続ける。


「……何号室で、治療を受けてる?」


「……特別治療室六」


 特別治療室。


それは回復魔法や薬でも治らない病や傷を回復させる為の医療室だ。


(俺が眠っている間にそんなところへ……?)


「……わかった」


 手をかざし、魔方陣を展開し瞬間移動魔法を発現させる。


向かう場所は、特別治療室六だ。


魔方陣が体を包むと、音もなく体が消えた。


そして、体は特別治療室6へと辿り着いた。


 真正面に居るのは、見慣れた銀色の長髪をした堕天使だ。


その上半身には高価な燕尾服が着せられておらず、裸の状態となり、背中を曲げて踞っていた。


「おい、ルシファー………………?」


 肩を軽く叩くと、ルシファーはこちらを振り向いた。


その顔は、汗を噴き出させ、口から漏れる息は荒げていた。


「……な、なんだベリアルか…………ど、どうした」


落ち着かない様子で、言った。


「…………傷の具合はどうだ」


そう訊くと、ルシファーは無理矢理な笑顔で答えた。


「あ、ああ。なんともない、大丈夫だ」


 おかしい。


余裕を持った態度でいつもは接してくる筈が――今のルシファーの言動からは、余裕の欠片も感じられなかった。


「……本当に大丈夫なのか? 身体、見せてみろ」


肩をこちらの方へ持っていき反転させようとすると、ルシファーはその手を払い除けた。


「……大丈夫、お前に心配される程落ちぶれてはいない」


 儚げな、笑顔だった。


「……この俺様が心配なぞしてやる程甘かねぇ、ただ……戦えそうか見るだけだ。勝手にベルか俺に倒される前に倒れちゃ困る」


「っ……」


「黙って見せろ、でないとこの場でブチ殺す」


 無理矢理こちらへ体を向けさせると、その体は火傷の痕が全身を被っていた。


「……ははっ……言ったろ、対したことは無い」


ルシファーはまるで何かを隠すように笑っていた。


 それが当然気になってしまい――質問をした。


「……なら、なんだってこんなとこで治療を受けてんだ」


「翼を見てみるか?」


こくり、とベリアルが頷くとルシファーは立ち上がり、両腕を拡げた。


「ッ!?」


 そこにあったのは、凄惨なる衝撃。


六枚ある翼の内の骨と化していた四枚は移植され、生やしていたのは鳥のそれに似た漆黒の翼ではなく、コウモリのものに近い羽根だった。


「そいつ、どうやって移植させた? 」


疑問を口にすると、ルシファーは落ち着いた口調で言った。


「……この戦で亡くなった、悪魔たちの物だったんだよ……いや、私が殺したも同然、か」


目を逸らし、虚ろに笑う。


 どういうことなのか。


「……お前が、殺した?」


 さらなる疑問は、自然と口から発せられた。


「……私は、お前が運んでいた時には昏睡状態だってそうじゃあないか……そして、眠っている間に、散っていった多くの悪魔や、他種族の魔族の魂が私の肉体に宿って、融合を果たしたんだ……魔族の魂が見えた、ということは生死の境目に居たんだろうね」


 自身の回復までに至る経緯を語る。


淡々と語るその眼は、以前見られたような光を喪っているように見えてならなかった。


「……この魂達に、生かされたんだ。……今居る私は、私自身なのかすらわからない。それに、いくら私を生かしたいからといって彼らが寄越した、彼らの魂を、私の肉体に閉じ込めても良かったのだろうか」


 自分の掌を見つめ、胸から腹を撫でるルシファーを前に、今の自分はただ黙って話を聞いているしかなかった。


「……今に見てろよ、憎き人間……人間は忘れるかも知れねぇが、悪魔は絶対に忘れねぇ………アイツの顔を見たら、今度は地獄へ叩き落としてやる……俺が、この手で」


 憎しみを込めて握るその手は、血が通い、骨を基に、肉が動かす生身の方だった―――。


「覚悟はできたか、チビ。父親も、くたばり損ないの祖父も姉も皆地獄へ堕ちたぞ」


 レクスは、目の前の悪魔の少年に手に持ったその少年の父親の首を突き出しながら、歩み寄る。


「い………嫌だ……いやだ……僕は……」


その歩み寄る男を前に少年は怯え、恐怖し砕けた腰を無理矢理動かし後ずさった。


「…生きていたいか? せめてもの慈悲だと言っている……痛み無くあの世へ送ってやる」


 突き出し、見せつけた少年の父親の頭を目の前で粉々に砕くと、隣にある少年の姉――プエルラの亡骸に突き刺さった剣を抜き、降った。


顔にかかる、鮮血と肉の欠片。


 少年はその顔にかかった血を手ですくうと、涙を流し声をあげた。


「姉様……うああああああん!!!!」


大粒の涙を、滝のように流す。


肩からかけたサスペンダーが、ほどけかかっているのも気にも止めず。


 ひたすらに、少年は泣きわめいた。


「……呼ぼうとも、帰ってこん。……呼んで帰ってくるのなら……どんなに楽だろうな」


その声は、震えていた。


そしてレクスは少年の怯え、涙で腫れた瞳を見つめると、手に持った剣をへし折り少年から背を向けた。


「……悔しければ、精々強くなるがいい。俺はいつまでも、お前が相手となる時を待っているぞ」


 それだけ言い残すと、男は瞬間移動魔法を発動させその場から消えた。


「……姉様、おじい様、お父様……………うう……」


 自分の家族だった亡骸を小さな手で抱えて涙と嗚咽を堪え、ユンガは病院へ向かおうとする。


 ユンガには、魔術の才能も強い力も無い、非力な悪魔でしかない。


自分ではどうにもできなかった。


だからこそ、ほんの僅かな、淡い希望を乗せ病院へとその歩みを進めた。


どれだけ、時間がかかってもいいから。


 皆で囲んだ温かい食事。


おじいさまの読み聞かせ。


姉様とのお遊び。


お父様の厳しくて優しい教え。


また、全部ができるように。


 その願いは稚拙かもしれない。


叶わないかもしれない。


それでも、家族だから。


 その一心で、軽くなった“皆”の体を運ぶ。


城を出るとそこは城下町。


まだ改修すらされていない、凹凸の目立つ戦いの跡の残る道に、破壊し尽くされた住宅。


眼前に拡がるのは、たった一人の人間が荒らした跡とは思えないものばかりだった。


「みんなで、こうしてお出かけしたの、いつぶりかなぁ」


 そんな事をうっかり口にすると、また涙が溢れそうになった。


いけない。


 城下町を出ると、そこは森林地帯。


その森林を東に向かうと、魔界の病院へと繋がる。


そう教えてくれたのは、お父様だった。


お父様は、若い頃病弱な母上の為にわざわざ森林で母上が好きな花と、好きな果実を採るためにここへ来て探し回り、時に他の魔族と争って採ってから母上の元へと行った、という。


昼なお暗いその森を歩いていると、血溜まりが足に付いているのに気づき、真正面を向くと腐敗臭が森の奥から立ち込めてきた。


「……きっと、ここもアイツが…」


そう呟くと、隣の茂みがガサゴソと揺れ、大きな影が見えた。


「!?」


まずい、今誰かに襲われれば確実に死ぬ。


ユンガは咄嗟に身構えた。


しかし、そこから出てきたのは腹を押さえ、長髪の黒髪をし、ロングコートを羽織った魔族…ダークキマイラだった。


「ダークキマイラ様ッ!?」


 ユンガは直ぐにそれがわかると頭を下げ、平伏した。


自分より格が上だと判断したからだ。


上に逆らえば、命は無い。


それが、魔族の共通認識。


しかし、ダークキマイラは唸るだけで何もしてこなかった。


「グルル……!」


猛々しき魔獣属の王が、何故ここまで気を立てているのに殺気を浴びせようとしないのか。


ユンガは不思議がっているような、幸運だとも感じているかのような表情を浮かべていた。


「……いかが、なされたのです……?」


恐る恐る、ユンガは訪ねた。


すると、キマイラは口の中をあんぐりと見せつけた。


「ガァァァア……!!」


口のなかには、煌びやかな装飾のなされた短剣が縦に刺さっていた。


これによって、苦しんでいたのかと悟るとユンガは口の中に手を伸ばした。


「……抜き、ますね?」


恐る恐る短剣に触れると、閃光が迸り手を焦がした。


光の魔術が込められていたのだ。


「いたっ……」


 しかし、それでもまた開かれ差し出された口の中に手を伸ばした。


痛いなら、我慢してさっさと済ませればいいだけ。


そう思い再び短剣を握り、今度は思い切り力を込めて引き抜こうとした。


 手が、どんどんと焼けていく感覚がした。


それでも、ここで抜いてあげないとダメな気がして手を動かす。


「うおおおおっ!!」


 心地よい音がなったと同時に、短剣は口の中の肉を離れ、ユンガの手に握られていた。


「!!」


口を勢い良く閉じると、キマイラは舌なめずりをして瞳を輝かせる。


「…よくぞ抜いてくれた! 少年! 礼をせねばなるまいね!」


森中に響く声で嬉しそうにその場に座り込みユンガに目線を合わせ尻尾を振った。


「……あの……えと……病院へ行くついで…でしたので……」


座り込み親しげな態度で接そうとするキマイラをよそにまた平伏した。


「……畏まるでない、命令だ。頭をあげて我に顔を見せるのだ、ちこうよれ」


ユンガは、それを聞くと顔をあげて立ち上がった。


目の前に居るのは、魔獣の王の姿ではなく、旧い友人の様な安心感を放つ獅子の姿があった。


「……ふふ、良い面構えではないか……なんなら、夫にしてやっても構わぬぞ?」


小さな顎を長い爪でさらりと撫でて舌なめずりをする。


「……えと…その……………恐れ多いです……」


安心感を放つとはいえ、王は王。

やはり、緊張は拭えなかった。


「謙遜するでない、我が認めたのだそれなりの待遇はしてやるし、可愛がってやろう! 毎日宴でも構わぬのだぞ! 我はこの礼がしたい!」


座り込み尻尾をブンブンと砂ぼこりをあげながら降る。


その様子と態度を見てなお、思わず口を溢した。


「……その、家族を……絶対に病院へ送りたいので……それじゃ」


キマイラの横を通りすがろうとした瞬間、低い声でキマイラは元の姿へと瞬時に戻り語った。


「であれば、送っていってやろう。家族を大事にするその姿勢、いたく感動したぞ。我の寵愛を振り払って前進するとは、ただものではないな」


「……我にまたがり乗るが良い、そのぼろぼろになった家族も乗せるのだ」


魔獣の王の思わぬ提案に、ユンガの胸は、少しの温もりを取り戻した心地がした。

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