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孤独なる魔王 An tenebris satiata singularite censemur?  作者: ろーぐ・うぃず・でびる
22/25

ー笑顔ー

 澄み渡る青空に交じる、草木と大地の匂い。


周りを見渡せば、柵の先に居る牛や馬、家畜とそれの世話をする頭にバンダナを巻いた人達が見える。


のどかで、どこか狭くもぬくもりに満ちた穏やかな農村。


そんな村に、人一倍力自慢の子供が居た。


赤髪で、乱暴者な所謂、ガキ大将として子供たちをまとめあげる少年。


 少年は、夢を持っていた。


“世界一強い騎士になる”という夢を。


少年は、村の貧しい農夫婦の元で生まれ育った。


血筋と、環境としてもそれは夢のまた夢だと周囲の人間は笑った。


夢見ることを笑い続ける人々を前にある時、少年は涙を流す。


家の隣の柵に寄りかかりながら、一人で泣いている時、たくましい馬の足音が遠くから耳に届いた。


音の方を少年が向くと、そこには輝く鎧兜に身を包み馬にまたがった騎士が、その部下と思しき兵士に何かを話していた。


少年の眼から流れ出るものは、自身には止められなかった。


顔を膝に埋め、顔と声を隠す様にすすり泣いていていると、馬の足音は少年に近づいてきた。


「君、何故泣いているのだ」


凛とした声が少年の前で聞こえる。


少年は顔を隠したまま、答える。


「おれ……ゆめをばかにされた。おれは……うまれがちがうからって」


嗚咽交じりの声に、声の主は馬から飛び降り少年の頭を撫でた。


「笑え」


優しい声色での、少年に下した命令だった。


「ふぇ……?」


 顔を見上げると、そこには兜を脱いだ騎士が少年を覗いていた。


水色でありながら、とげとげしい印象を受ける髪を後ろで束ね、すっとした高い鼻に金色に光る垂れ眼の、優しい顔たちをした若い騎士だった。


少年は、呆然とその顔を見ていた。


「笑え、君の夢とやらは知らぬが、笑えば人が集まってくる上笑えば自分も幸せになるし、こころも強くなる。良いことだらけだ、そうじゃあないか?」


騎士の前で、少年は試すかのように深呼吸した。


「はははは……」


乾いた笑いだった。


しかし、それを聞いて騎士は親指を立てる。


「良いぞ! しかし、いまいち幸せにならんような気がするな! もっと力強く笑え!」


騎士の応援に自然と少年は、口を開けて笑う。


「ふはははははは!!!!」


「良いぞ!! 今の君はなによりも“つよい”!」


“なによりもつよい”


その言葉に、少年は心躍らせる。


「君、名は何という? 君に興味が湧いたのだ」


騎士は、少年の側に座り兜を膝に置いた。


「おれ? みらいのせかいさいきょうのきしのなまえだぞ……!」


「ほほぅ、世界最強の騎士ときたか。うむ、聞かせてもらおうか、その偉大なる名を!」


牧に、その幼い声が響き渡っていった。


「――――――…………ぬぁ」


 玉座で、男は目覚めた。


「レクス様、お目覚めですか?」


目の前には、王国専属魔術師がひざまずいていた。


 王国専属魔術師とは、魔術師の中でも多大な魔力を持ち、多様な魔術を扱う魔術師の中でも特に総合的な面で優秀な功績を持つ、栄誉ある魔術師である。


王宮では、普段は貴族や兵士に知識や経験を以てして魔術の扱いや対応について教える教師として滞在しており、一週間に三度、転移魔法を使い自国の各地方の貴族の様子を視察する”監査員”のとしての仕事も兼ねている。


「あぁ、酷く疲れていたので休ませてもらっていた。して、何用だ」


 魔術師は恐る恐る、苦虫を嚙み潰したような表情で口を開く。


「その……ここから遥か南南西の方角、オルガフガ島のオルガフガ卿からの連絡が途絶えている様子なのです」


「待て待て、税の徴収ならとっくのとうに済ませている筈であろう」


レクスは目頭を人差し指と親指でこねながらため息交じりに返す。


すると、魔術師は汗を流し言い返した。


「お言葉ですが、レクス様……例の小国への襲撃後、最後にどこでお眠りになられましたか?」


レクスは唸りつつも、目頭をこねていた手を額に置き髪を掴むと返答した。


「……そうだ、軽く休んでおれば治るだろうと俺は……気づいたら眠っていたのだ」


レクスは以前の防衛戦の後、その日の内に単身ドルン小国へ攻め入り、たった一日でドルン小国の支配者と軍を滅ぼし――国へ帰ったのである。


「そうです、レクス様はあれから一週間眠っていたのです。その間に私が視察に向かいましたところ……異常としかいえない状況でした」


魔術師はそう言いながら懐から筒状にくるめられた紙を取り出し、広げてレクスの前で両端を持って見せつけた。


レクスが縦長の紙に目を通すとそれには、農作物の収穫数と徴収した税が記されていた。


しかし、麦・ミルク・果物・家畜肉……本来ならば平均一〇〇は超える数量が記されているはずの全項目には、一つも収穫されたという数字が書かれていなかった。


それは、縦長の紙の最後尾に書かれている土地税も同様だった。


「まず、一切穀物の収穫がありませんでした……それどころか、麦は壊滅。牛や豚もみな死体のまま放置され、ハエがたかっている始末……」


「極めつけは、島民の姿が影も形もなかった事です……怪しいと思い、一日目だけでなく二日目にも視察に向かいましたが、全く変わりありませんでした……!」


魔術師の報告を聞き、レクスは眉間にしわを寄せた。


「何……?居なくなるにしても島民には海を渡るような理由も無いし、海を渡るには必ずオルガフガ卿の力と許可が必要なはずだぞ?」


レクスは玉座から立ちあがり、片腕を水平に動かし魔法陣を展開させた。


「でたらめではなかろうな?」


瞳は、殺気ともとれる威圧を帯びていた。


魔術師は体を震わせ、目を合わせずに吹き出る汗を堪えながらより頭を深々と下げた。


「いえ……全て私めの見た通りでした……」


魔術師がそう言うと、レクスの片腕は魔法陣へと吞まれていった。


「よい、下がれ。俺が実際に見に行こう…………誤りや幻覚の類であったならば俺が原因を看破してやる」


光に包まれ、レクスは魔術師の前から消え去っていった。


そして、魔術師は消えてゆくレクスを見送りその場から後を去った。



 レクスがオルガフガ島を訪れると、そこは異様な空気が漂っていた。


風に交じるは血の匂い。


青空であるはずの空は、匂いの元を思わせるほどに真っ赤に染まっていた。


(………ふむ、時差があるとはいえ…………このような空は見たことがない。)


レクスが周りを見ると、視界には森林が生い茂っていた。


荒々しい獣道から歩を進め、村へ向かうレクス。


草木をかき分け、村へ辿り着くとそこには焦げたガレキが壁に囲われていた。


(まさか門が壊されたか? だとしてもいったい何の為に……?)


レクスはガレキを踏み越え、村の中へ入っていった。


そこからは、肉の腐敗臭と、家畜の糞の匂いが漂っており、周囲に点在する民家の扉は閉まりきっていた。


レクスが民家の一つ一つを観察すると、さらに異様な光景が広がっていた。


民家の窓は、全て木の板で塞がれていたのだ。


(まさか、魔族の襲撃を受けたか?)


レクスはそう考えていた。


しかし、オルガフガ島付近には魔族の出現情報は一切なく、人間界で姿を現していた有名な魔族は既に自身の手で、竜の巻物を取る前に数体倒していた。


故に、魔族の出現はありえないとレクスは考えを改めた。


そう思いつつレクスは歩みを進め、門の近くにある民家の扉をノックした。


「ブロード王国国王、レクス・へロス・ブロードだ。ここを開けい」


声をかけるが、返事は無かった。


「……いないのか、それとも恐怖に怯えているのか。安心しろ、この俺が来たのだ……もう怖がることはない」


レクスは穏やかな口調で言った後、扉に拳を放った。


すると扉は粉々に砕け散り、家の内装が露わになった。


「何!?」


目の前に広がるのは、村人二人の無残な死体だった。


子供を抱えた母親と思しき女性が、口から血を吐きだし苦悶の末に死んだかのような死体。


その抱えられている子供すら、目を真っ赤にさせ赤い涙を流しているかのように死んでいた。


(……まさか、村に人が居なかったというのは!?)


レクスは家を飛び出し急いで兵舎へ走っていった。


しかし、兵舎には誰一人として兵士の姿は無かった。


レクスは、その様に拳を震わせ歯茎を露出させていた。


「……何故だ!!!」


レクスは兵舎の藁のベッドを蹴り飛ばし、村の民家へ次々と足を運んでいった。


そこには、悉く見るに堪えがたい姿となった村人しか待ち受けていなかった。


「だれか……だれかいないのか?」


死体の手を握り、声を震わせていた。


そうして、生きているものを探していくうちに辺りには夜の帳が降りていった。


「なるほど、あやつの言っていたことは真だったか……」


レクスは村の最奥の民家の中、死体を前に立ち上がり魔法陣を展開した。


「ヴぁ……あ……」


レクスの足元から、声が聞こえた。


「! お前生きていたのか!!」


魔術の展開を止め、レクスは足元の痙攣しながらも声を出す喉元が切り裂かれた”村人”の手を握った。


その手は、冷たく死んでいるかのようだったが、レクスは気に留めず語り掛けた。


「よくぞ生きていた!! 聞くが、何故村人達はああなったんだ?」


言葉をかけた次の瞬間だった。


村人が、怪力を以てレクスに掴みかかり腕に嚙みついたのは。


「ぬあっ!?」


レクスが反射的に村人の顔を殴り飛ばすと、勢いのまま村人の頭が首を離れ床中をはね回り落ちた。


しかし、レクスの両肩に掴みかかる体の方は健在で、今にもあるはずのない牙で再び噛みつかんとしていた。


目の前の状況に、レクスは吐き気を催させながらも村人の体を蹴り飛ばし、村人の体は民家の壁ごと吹きとんでいった。


「な……何故だ!?村人たちに一体何があったと……」


レクスが民家を出ると、そこには民家を囲うように先ほどまで見かけた死体の主たちが集まっていた。


鋭い眼からは、その人生において三度目の涙を自然と流していく。


大陸一つを支配下に置いた王でありながらも、レクスは人間界を脅かす存在を討つ度に凱旋に全ての地方へ訪れ、様々な土地の人間達との交流を絶やさずにいた。



それは、もはや魔の眷属へと成り果てた、ほんの小さな島の村人といえど例外ではなかった。


 顔を裂かれ首をかじられ腹をすすられたであろう痕跡の残る村人たちが、自分に敵意を持って襲い掛かってくる。


そのありさまは、レクスの潤んだ瞳には村人たちの死の間際に与えられた苦痛と嘆きを、自身に訴えているかの様に見えて仕方がなかった。


「……すまない、何があったか俺にはわかりかねるが……民に苦痛を与えさせてしまったこと、深く、深く詫びよう」


予防できるはずの無い起こってしまった事故。


 それが、レクスにとって何よりの苦痛となって精神を刻む。


戦場で死を覚悟した兵士を相手にするならいざ知れず、争いとは無縁にある辺境の村人が傷ついた……否、傷つけられた様は、レクスに王としての罪の意識を深く植えられていたようだった。


「お前たちの痛み、俺が受け止めよう」


レクスは両腕を広げ、痣だらけの体を村人たちに差し出した。


すると、村人たちは一斉に襲い掛かった。


肩・腕・大腿・腹・首を、噛みあるいは引っ掻き村人は全力で無抵抗のレクスを攻撃していく。


「なに、いたくはないぞ……おまえたちがうけたいたみ、このていどではあるまい」


そんな言葉が、レクス自身も気づかぬうちに漏れ出ていた。


そして、村人の“一体”がレクスのひざ下を嚙みちぎった。


「ぐはあっ……!!」


相手の攻撃によって、体の一部が欠損する感覚はこれが初めてであった。


 故に、その一撃は重かった。


それでも、レクスは抵抗しなかった。


その気になれば、一掃できる群衆を前にただ―――レクスは痛みを受け入れていた。


(足一本ぐらい、なんともない……)


視界は真っ赤にぼやけ、一部に白色が見える頃になりいよいよレクスの意識は薄れていった。


 レクスが目を覚ますと、空には太陽が照っていた。


悪臭はすれど、昨日の事が無かったかのようにそこには村人が襲撃してきた様子も見当たらなかった。


ただ、一歩と動けぬ体を除いて。


「……あれは、俺の戦いの呪いだったんだろうか」


レクスが目線を下に向けると、そこには大量の灰が散乱していた。


灰は、白くまるで火葬を終えた遺骨のようであった。


そして、その灰は一部自身の体を覆うように付着していた。


「……うそだといってくれ」


その灰の正体を、レクスは察した。


骨の出た両腕で、灰をかき集め始める。


腹からは血を垂れ流し、片足は無く、気が付けば這いつくばっている態勢でレクスは必死に灰をかき集めていた。


やがて、灰をかき集め終えたところで、灰は風に吹かれて消えていった。


レクスは、風に吹かれる灰に手を伸ばすが掴むことはできずただ眺めるしかなかった。


その場に残されたのは、痛みだけだった。


「レクス様! お迎えに参りました……それとご報告が……ってレクス様!?」


レクスの隣から現れた王宮魔術師は、レクスの姿を見て大声をあげた。


それに動じることも無く、レクスは仰向けの状態になり答えた。


「……いつも通りの事だ、気にするな。それで、報告というのは……?」


魔術師は焦りながら、返す。


「……自国の半数以上の州、地方の貴族からの連絡が、全くありません……にも関わらず兵が大量に動員されている様子です……」


「どういう、事だ……?」


レクスは血を吐き、咳をしながら聞き返した。


「おそらく……謀反の計画かと……あなた様が近頃弱っている隙に乗じて……」


「………ばかな……」


国を愛し、民を愛してきた己にとって、傷ついた体にその言葉は追い打ちをかけていった。


目を腕で隠し、暗闇でレクスは瞑る。


 闇の中で蘇っていく、過去の記憶。


幼き日に教わった言葉が、今は刃となったかの様に深くえぐる。


自分はこれまで、いかなる苦境に見舞われようと、笑ってきた。


されど―――。


「ふは……ははは……あっははっはははははは」


 いつもの様に、声が出ない。


人を愛し、愛されているとすら常に思っていた。


悪を滅ぼす、救世主だと信じて疑っていなかった。


「……まだ、謀反だと決まってはいないだろう。俺を城へ連れていけ」


 魔術師は魔法陣を地面に広げる。


この事態こそ、魔族からの宣戦布告であるという事を、今のレクスは知る由もなかった。

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