第十五話ー再会ー
荒れ狂う魔界の海に浮かぶ、絶海の孤島。
そこは、見渡す限りが岩場で覆われており、ところどころに亀裂が入っている。
生き物が生息している様子もなく、ぽつりとその場に取り残されたようにプエルラは立ち尽くしていた。
奥、西へ、東へとプエルラは歩き回るが何も無く。
プエルラは魔法陣を開いた。
魔法陣からは、何も出現しなかった。
とうとう魔力が枯渇したのだ。
魔力は、魔族であれば本来時間が経過すれば肉体の疲労、負傷していれば傷と共に自然と回復していくものである。
しかし、光が浸食している上に大量に魔力を消費させていたプエルラの場合、回復までに通常の魔族より時間がかかる。
プエルラはそれを思い出し、その場に座り込み自身の髪を撫でながら物思いにふける。
しばらくしていると、海の向こうから見知らぬ影の群れが空から陸地へ迫ってきた。
その影は、同族の羽のそれとは違う、小さな影の集合体だった。
プエルラは影を前に身構える。
だが、身構える間も無く影達はプエルラの元へ飛来してきた。
「……この匂い……プエルラ様、ですね?」
その姿は、コウモリに似た造形の怪物。
魔獣属の一種の魔族。
“アトブ”族である。
「ああ、それがどうした?」
「……ッ!!」
プエルラの開いた言葉と声色は低く、鋭かった。
自身を見下ろし、紅に燃えた瞳。
はるかに己よりも歳を重ねていない筈だというのに、刃で貫かれたかの如き視線と気迫に背筋を凍てつかせるアトブ族の一匹。
それは、まるで――。
「何をぼうっとしている。さっさと用を言え」
プエルラは集団のアトブ族の先頭にいる個体に歩み寄った。
「はっ……」
アトブ族のリーダーと思しきその個体は、口に咥えた分厚い本をその場に置き、言った。
「……弟様が、あなたをお呼びです」
「弟……ユンガがか?」
プエルラが聞き返すと、アトブ族はうなずいた。
「はい、あなた様と城へ戻りたい様子でした」
「……城へ」
平伏しながら、アトブ族の一体が言うとプエルラは俯き手を震わせた。
暗い魔界の空の下、荒波吹き荒れる草木も生えぬ孤島。
脳裏に浮かぶ、温かな憧憬に一瞬頬が動く。
そして、その憧憬はただ独りを残して消えたという現実が、短剣となって胸に突き刺さった事にさえも。
「……ああ、戻るとしよう。自分を知るには、思えば十分な時間であった」
「魔力も、全快とは思えないご様子。僭越ながらわたくしが、城まで送りましょう」
アトブ族のリーダーは背を向けひざまずき、プエルラに背中を差し出した。
プエルラはそれに釣られて乗り込もうとした。
その瞬間、プエルラはふと足元に置かれた分厚い本に目を落とした。
「む? これはお前が持ってきたものか?」
本を拾い上げ、手に取りアトブ族に尋ねた。
「はい、なんでもあなた様にとって大切なものだそうで」
プエルラは本の表紙をまじまじと見つめ、本を抱えた。
「そうだな、ユンガ……お前が居るのだからな」
誰にも聞こえない、聞かせない独り言をこぼし、プエルラはアトブ族のリーダーの背に乗った。
「今度こそ、守ってやる。失う前にな」
「……では、参りましょう」
アトブ族の背に乗り、孤島を発った。
その羽は一瞬で群れと動きを揃わせ、地面から遠のいていく。
羽のはためきは力強く、どんどんと雲を、空を大群で散らせて言った。
アトブ族のリーダーが集団を率い、嵐と暗雲に揉まれ、かいくぐっていくとやがて屋根の壊れた巨大な城が見えてきた。
「見えてきました、あちらの城がそうですね?」
「あぁ、そうだな」
未だに破壊と蹂躙の跡が痛々しく残る城下町と、その北にそびえる荘厳で古めかしい城を前にプエルラは歯を食いしばる。
アトブ族のリーダーが城の玄関の前に急降下し、プエルラを背中から下ろすとリーダーは再びひざまずいた。
「わたくしは、主を呼んでまいります。……あなた様に尋ねたい、大事な事があるそうで」
アトブ族が飛び立つのを見届け、プエルラは城の玄関の扉をゆっくりと開けた。
軋み、重々しく開かれていく扉。
靴の音と扉の音だけを響かせながら、暗い城の中へプエルラは進んでいった。
プエルラが上を見上げると頭上に吊るされた、かつては火の灯っていたシャンデリアが、寂し気に揺れ動いていた。
それは、誰かがこの城で待っている事を知らせるかの様だった。
床のえぐられた傷。
どす黒くカーペットに染み付いた、戦いの痕跡。
ひび割れ、機能しなくなった、階段の壇上に置かれた置時計。
それらが、本来の所有の継承者を待つかの様に配置を変える事無く鎮座する。
プエルラが階段を上り、壇上の置時計に手を触れると停止していた置時計から音が鳴った。
「姉様!!」
背後から聞こえる声は、プエルラにとって忘れもしない声だった。
声の持ち主は、階段を駆け上がりプエルラの背中に抱き着いた。
「……ほんと、どこ行ってたんですか……」
徐々に温かい吐息と共に湿っていく背中に、プエルラは顔を曇らせていった。
「心配してたんですよ……それにその姿……」
「……大丈夫だ」
プエルラが振り向き、弟を抱きしめ発した一言は、言い聞かせるように言っていた。
「じゃあ……言わせて下さい」
「おかえり」
濡れ、紅く染まった頬をプエルラの胸にユンガは埋める。
「……ただいま、ユンガ」
そこには、弟の涙を微笑みで包み、受け止める姉の姿があった。
二人が抱き合っていると、外から足踏みと羽のはためく音が城に近づいてきた。
「何事?」
「ユンガはここで待って」
プエルラが玄関へ向かうと、そこにはおびただしい数の魔獣属、亜竜属と吸血鬼属が群れを成していた。
その先頭に立つのは、ダークキマイラとダークドラキュラであった。
「来たか、幼き稀代の天才……プエルラ・テネブリス……」
キマイラが笑みを浮かべながら、プエルラに近寄るとプエルラはキマイラにひざまずいた。
「はっ」
プエルラがひざまずくと、キマイラはその場にしゃがみこんだ。
「おいおい……もうそなたはテネブリスの王位継承者なのだぞ……? 何をひざまずく必要がある」
穏やかな声だった。
プエルラが首をかしげると、ドラキュラは語った。
「選挙戦で魔王の座を勝ち取った者が即位一〇〇年以内に没すれば……その血縁者に残る期間王位が継承される事になる」
「ダグラス三世が支配していたのはここ五〇年間_つまり、五〇年後の魔法選挙戦までは…………………」
「悪魔属魔王だ」
ドラキュラの説明を受け、プエルラは苦虫を嚙み潰したような表情を見せた。
「……待ってください、それじゃあユンガは魔王に相応しくないというのですか? 私は__」
「おおっと、大事なことだ聞け。いくら健康体で五体満足だったとしても、魔力と身体能力、魔術の技術のいずれかが優れた者でないと継承されたとはみなされない」
「……プエルラは、自身の強さに誇りを持て。名誉なんだから」
ドラキュラの満面の笑みと言葉にプエルラの表情が緩むことは無かった。
「強さ……」
“強さ”。
“誇り”。
ドラキュラの放った言葉の数々は、かつてなら夢心地にすら感じていたであろう言葉。
だが、今となっては一言一言が、頭を重くさせていた。
その時、鈍痛がプエルラの頭部に走った。
「? 大丈夫か……?」
頭を抱え、苦悶に顔を歪ませたプエルラにドラキュラが駆け寄るとドラキュラの隣で腕を組み、様子を見ていたキマイラが何かに気付く。
「その症状に傷……まさか!!」
「痛い……グアアアアッ!!!」
頭の次に、プエルラの全身を襲う激痛。
「姉さま!?」
姉の声に反応し、ユンガが扉から飛び出す。
苦しみもがくプエルラの姿を前に、ユンガは全力で走り、プエルラの手を握る。
「どこが痛いのですか?!」
「ううぐ……体が……全身が痛い……」
それを聞き、ユンガは察しすぐさま城へ駆け込んだ。
「ユンガとか言ったか! 小僧何か分かったのか!!」
城へ駆け込もうとするユンガにドラキュラは声を出す。
振り向き、ユンガは答える。
「姉様を病院へ送ってください! 話はそれから!!」
ユンガはそれだけ答え、城の書庫へ向かった。




