第十一話ー覚醒ー
何も見えない暗闇に、少女は佇む。
その目に映るのは、虚無。
「ここは、どこ? 」
歩みを進めども、不思議に思う程に疲れずに、不気味な程に、無音で殺風景な風景が拡がっているだけだった。
「……お爺様? ……お父様? ……暗いよ」
ぽつりと溢す独り言に、答える声はそこには無く。
「ユンガぁ……」
弟の名前を呼ぶ。
それでも、その声は虚空に消え行くばかりで何もなく。
後ろを振り向くと、 見慣れた大きな背中がそこに立っていた。
「……お父様?」
声を震わせながらしがみつくと、その体は力無く、ぱたりとハリボテの様に目の前で倒れた。
「……え」
プエルラは突然の事に驚愕し、腰を抜かし地べたに尻餅をつき、後ずさった。
すると、やがて背中に何かどろどろとしたものに当たった。
プエルラは、その液状の物の持ち主を知っている。
安心したように一息ついて、首を後ろにやった。
「……お爺様……?」
そういうと、液状の物はすぐに消え去り、見慣れた格好の持ち主が姿を現していく。
その人物は、穏やかな微笑みを浮かべて後ろを振り返り、両手を広げる。
プエルラは、その人物の胸に向かって走った。
「お爺様……!!」
だが、走れども走れどもすぐそこに居るにも関わらず、その足が、大好きなその人物の元へたどり着く事がなかった。
「……なんで! なんで……」
自分の身に起こっている不条理に、涙を流した。
こんなに近くに居るのに、こんなに近くで待っているのに。と。
そして、膝をついてプエルラを迎えるその姿の首は、プエルラの眼前で容赦なく落とされた。
ぼとり、という音と共に。
「……ぇ……?」
首はころころと闇の中で転がり、やがて鎧を着た何者かの足元で止まり、踏み潰されたのが見えた。
『……力が無いからだ』
鎧を着た、正体不明の“怪物”は鎧の擦れた音を響かせながら、手に持った刃を煌めかせてこちらへと向かってきた。
「……誰……? なんでこんな……」
当然の疑問だった。
しかし、それを遮りゆっくりと歩み寄る怪物は淡々と口を開いた。
「……お前は、死んだんだ。そして、お前の家族もな」
コツ、コツと、時計の針のような足音が迫ってきた。
「……!!」
思い出した。自分はどうなったのか。そしてこいつの正体も。
甦った記憶と共に駆られる恐怖のままにすぐに魔術を発動させる態勢になった。
「……消えろ! 消えろ! 消えろ!」
願いに似た怨念を込め、魔方陣を展開する。
しかし、武器は出てこない。
「……どうして!? 出ろ! 出ろったら!」
その様を見て、尚もゆっくりと正面から寄ってくる男。
男は、とうとうプエルラの元へ着いた。
『……何故、武器が出ないか、何故、こうして家族が死んでいったのか……解るか?』
男は顔を近付け、短剣をプエルラの首元にあてがった。
「……お前が! お前が! お前のせいで! お前のせいで皆が傷ついてあんな事になったんだ!」
そう言うと男に蹴られ、肋を折り吹っ飛ばされ力無く転がっていった。
『……確かに俺のやった事だな、では言い換えるぞ……』
再び歩み寄り、プエルラの髪の毛を掴み、顔を無理矢理近付けさせてきた。
『……これは、お前のせいでもあるのだぞ?』
どういう事だ、と言わんばかりに睨み付け歯を食い縛り反抗的な態度を示す。
すると、男はそれを見て嗤い始めた。
『フハハハハ……』
『お前が、弱いからこのような結果を生んだんだ』
その言葉が、プエルラの胸を突き刺す。
「違う!! 違うっ! だって!」
言い返す言葉を、必死に放り出す。
しかし、何も言い返せなかった。
言い返そうとすればするほど、罪悪感が身を焦がし、胸が張り裂けそうだった。
言葉に迷っていると、男は短剣を喉に突き刺してきた。
『お前が、殺したんだ。愛する者を』
耳元で囁かれ、意識が再び切れた。
目が覚めると、真っ白な天井が映っていた。
「……ここ、は?」
回りを見ると、義手の悪魔、蝿の悪魔が真正面のベッドに腰かけていた。
そして、横を振り向くと見慣れた角の有る少年が手を握っていた。
「姉様!!」
半泣きの顔でこちらを数秒間見つめ、やがて勢いをつけてこちらに飛び込んできた。
「ユンガっ………」
飛び込んできた小さな体を受け止め、思い切り抱きしめる。
何よりも大切な、温もりだった。
「……心配させて、ごめん…」
そう言うと、ユンガはプエルラにしがみつきながら首を横に降った。
「いいえ! おかえりなさいっ!」
ユンガの頭を微笑みながら撫でた。
すると、それを見ていた真正面の悪魔は魔方陣を展開し酒瓶を取り出しこちらへ向かってきた。
「そらよちびっ子ども、祝い酒だ。良かったな」
ベッドの布団に置かれると、ユンガは少し困り顔で言った。
「僕………お酒飲めないんですよ……弱くって……でもありがとうございますベリアルさん……」
そのやり取りを横から聞いていたプエルラはユンガに友達が出来た様を、少し嬉しそうに見つめ、また微笑んだ。
「つまんねぇな、男だろ? 飲みやがれ! クハハハハハ!!」
「ここ病院だよ~? 即席宴会しないの」
釘を指すように、蝿の悪魔が言った。
「るせぇ! 弱ぇ奴は黙ってろ! こういう時は黙って飲んで食うんだよ!」
ベリアルは少し怒り気味にベルゼブブに言う。
弱い奴。プエルラはその言葉に反応して胸がざわめくのを感じた。
(私が、弱いから皆が苦労したんだ)
(私が弱いから……)
「……?! 姉様………?」
ユンガが曇ったプエルラの顔に気づくと、プエルラは自分のベッドから起き上がり、腰かけ離れた。
「姉様? どこへ行くの……?」
そう問いかけると、プエルラは廊下へ向かい、無言で魔方陣を床に展開させた。
「……私の、せいだ。全部」
捨て台詞の様に呟き、プエルラは魔方陣の中へ入り姿を消した。
「……姉様……待ってよ!」
魔方陣へ向かって走ると、既に姿は無く、掴もうと伸ばした手は空回りした。
「……どういう、事………?」
ユンガはすぐに病院を後にし、姉を探す事にした―――。
一方で、プエルラは――初めての感情に、心を侵されていた。
“自責”と“後悔”という、己の中で芽吹いた感情に。
移動した先は、魔界の深海にある洞窟だった。
洞窟は狭く、暗く、少女がすっぽりと入る程の大きさしかない。
しかし、 そこは海水に浸ることもない洞窟で、フジツボがびっしりと壁一面に生えていた。
プエルラがしばらく呆然と立ち尽くしていると、じめじめとした、無音の空間に独り膝を抱えて座り込んでいった。
「……私が、弱いから……お爺様も……お父様も………弟のユンガも………」
頭を抱え、再び絶望にうちひしがれる。
脳裏に響くのは、男の嘲笑う声だけだった。
「お前が殺したんだ」
「………ううっ……」
罪悪が、腹からこみ上げ液体となるのを感じ、それは限界へと至った。
「うぐぇっ……ごぇっ………」
吐き出されたそれは、赤い色をしていた。
「………けふっ………ううっ……なんで、なんであいつなんかに…なんで……」
胃のなかの物を吐き、泣きながら己の身に降りかかった不条理を呪った。
返せ。
願ったところで、返らない。
帰らない。
なんでこんな事に。
私が、守れなかったから。
私が、弱かったから?
自問自答を、繰り返す。
私が、弱かった。
そして、願っても祈ってもきっと、父も、祖父も戻って来ない。
母だって。
……それでも、恐らく“アイツ”はのうのうと生きるだろう。
人間界では、名だたる怪物を葬った英雄として崇め、敬い、讃えられて。
……許さない。
洞窟の海面に映る自分の姿をふと見つめた。
その姿は、自分とは思えないほど変わっていた。
漆黒の角は、白く変色し切り傷だらけの顔になっていた。
「……魔術は……?」
得意だった召喚魔方を使い、剣を出した。
魔方陣から現れたその剣は、白く、鈍い光を放っていた。
「……てい!」
いつもの様に、飛ばしてみる。
しかし、真正面にふよふよと浮遊するばかりで、ついには海面に落ちてしまった。
「どういうこ……うぐっ!?」
傷が光り輝き、その光はプエルラ自身の体を蝕んでいた。
「……まさか、あいつがっ……!?」
闇の属性を宿した体にとって、相反する属性である光は毒でしかなく、“運が悪ければ一生受けた光に蝕まれ苦しんでいく事になる”のだ。
そして――本来の魔力を、相殺され弱体化されるのである。
「……許さない……許さない……!!」
一人、怒りにうち震えた。
私は、弱くない。
それを、証明してやる。
少女プエルラは、独り深海に、苦しみに喘ぎながらも魔術を何度も使い、鍛える事にした。
――来る、倒すべき宿敵をこの手で滅ぼすために。




