唯一の犠牲者
「準備はいいかね。」
ベッドの上に上体を起こし、背中にある枕に体重をかけて座っている少女は視線を窓から移す。
「ええ。」
少女が頷くのを見て、医師は赤い液体の入った小瓶を備え付けのテーブルの上に置いた。
少女はそれを躊躇いなく飲み干す。
「やっぱりおいしくないわね。」
眉をしかめて空の小瓶を医師に渡す。
すぐに水で後味を飲み込む。
「今回は角膜だそうだ。一時間後に開始する。」
「…分かったわ。」
彼女に拒否権はない。これは義務なのだから。
彼女にしか出来ないこと、彼女しかなれない犠牲。
「怖くはないのか?」
「少しの間闇しか見えなくなるだけだもの。何てことないわ。」
少女は肩を竦める。慣れたのか、諦めたのか、多分その両方だろう。
「これより手術を開始する。」
緑色の手術着に身を包んだ医師達が二人の少女をそれぞれ囲む。
そのうちの一人は先ほどの少女だ。
手術は一時間もすればほぼ完了していた。
手術室から別々の病室に移された二人の目には包帯が巻かれている。
翌日あの病室を訪ねると少女は包帯を巻いたまま窓を見ていた。
「あら、先生。」
「見えるのか?」
「まさか。早くても回復するのは明日の午前から午後にかけてよ。ここは先生以外誰も来ないから。」
少女はクスリと笑う。無邪気な笑顔なのに痛々しいのは生まれもっての運命の所為か。
少女の名前はクライクという。
その普通ではない体を持って生まれたがために、今まで病院の敷地内から出たことはない。
クライクの体は再生するのだ。
傷が治る程度のものなら誰でも経験したことがあるだろう。
しかしクライクは違うのだ。
傷は当然のことながら、切除した肉体が再生する。それも元の通り完璧に。
腕や足、皮膚、臓器までも。
たとえ心臓を移植しても二、三日すればいつの間にか起き上がりいつものように窓から外を眺めている。
そして患者の情報を体内に取り込むことで血液が患者と同じ型になるため拒絶反応も出ない。
今この国でドナーとして存在しているのはクライクだけだ。安全のため一般的には知られていないが、ほぼ毎日体にメスを入れている。
一度辛くないのか訊いたことがある。
すると彼女は笑ってこう答えた。
「私が犠牲になることで誰かが助かるならそれでいいの」