その時までは正しかった
正しき事実は捻じ曲げられ全く違う正史として語り継がれる。
信仰心は薄れ、神は魔王になり果てる。
とある世界のとある国にある城には魔王が棲んでいた。
城は辺境に位置していたがその城からは瘴気が漏れ出しており、誰も近づくことはなく、生命の気配もなかった。その瘴気に触れたり、吸ったりした者は体の不調を訴え、最悪の場合は死に至った。
最近、瘴気が徐々に範囲を広げ始めたという話が持ち上がった。事実、去年までは平気だった場所にも瘴気が充満し、不毛の大地と化していた。
そこで立ち上がった若者がいた。
「このままでは世界が滅んでしまう。なら、今立ち上がり魔王を討伐しようではないか」
若者は同志を集い、集まった者たちはいつしか勇者一行と呼ばれるようになった。不安と恐怖に溢れていた人々は称え、喜び、沸き立った。
瘴気から身を守るため全身を隙間なく覆う装備と、多少なりとも浄化作用のある薬草をマスク内にしこみ、国で一番の鍛冶屋が丹精込めて作った武器を手に勇者一行は魔王討伐に歩き出した。
そこは言葉通り不毛の大地だった。動物はおろか草木の一本もない。勇者一行以外動く影はなく、かつては大きな岩だっただろうものが風化で削られ、歪に佇んでいる。
いつもと変わらない空の青さがこれから始まる非日常を薄れさせる。
魔王の巣食う城はすぐ見つかった。視界を遮るものは何もなく、遠くからでも視認出来たそれは白く、壁はひび割れ扉は錆びついている。
勇者一行は両開きの扉をこじ開け、城内に足を踏み入れる。城内はひっそりと荒れ果て、生命の気配は全くない。
まだ外は明るいというのに窓がないため中は薄暗い。松明に火をつけ慎重に歩を進める。
廊下に面する扉は開け放たれているか開かないかのどちらかで、前者の部屋は城の外壁と同じように壁の一部がひび割れ錆びていた。
中心部に近づくにつれ、今までの静寂を重低音が徐々に切り裂いていく。
一瞬敵襲かと身構えるがいつまで経っても敵の姿は見当たらない。そのまま一度の遭遇すらなく勇者一行はついに城内の中心部で魔王を捉えた。
その部屋は城内のどこよりも明るかった。見上げれば天井一面空であり、太陽が真上で光り輝いている。
魔王は光が降り注ぐ巨大な魔法陣の上で何やら呪文を唱えている。
所々崩れ落ちたその異形じみた風貌、全身に様々な管を繋いでいるそれははまさに魔王と呼ぶにふさわしかった。
一番太い管は背中から魔法陣へと伸びている。
中心部だけあって瘴気は一際濃い。
「ア…ガト…ゴ……マ……カセ……ダ…ワ…ハキ…イデ……タシニ…カ…デキ…イ…コ…デス」
その声は掠れて小さく、更に途切れ途切れで何を言っているのかは聞き取れない。
どうやらまだ勇者たちが侵入し、目の前に迫っていることに気付いていないようだ。
「おい、魔王!命が惜しければ瘴気を止めるんだ!」
「もう世界の人々を苦しめないで!」
「ア…ガト…ゴ……マ……カセ……ダ…ワ…ハキ…イデ……タシニ…カ…デキ…イ…コ…デス」
勇者は声を張り上げる。しかし魔王は一瞥すらなく虚ろな目で虚空に呪文を吐き続けている。
光で浮かび上がる肌は異様に白く、腕や胴体には亀裂が走り痛々しい。それでも。
「くそっ、聞く耳を持たないか」
「本当にやるしかないの?」
「ああ、今俺たちがやるんだ。世界を守るために!」
勇者一行は武器を構え、濃い瘴気に蝕まれ始めた体を動かす。
まずは何らかの供給源であろう背中の太い管を切り離す。そして束ねられた細い管を切り落とす。それでも魔王は呪文を唱え続ける。抵抗はない。
そして、ついに勇者は魔王の心臓に剣を突き立てた。
呆気なかった。魔王は抵抗の素振りを一切見せず、突き立てられた剣を抜こうともせず、最後まで虚空を見つめたまま呆気なく事切れた。
掠れた呪文が途絶え、一瞬の静寂。
「終わった、のか?」
「ああ、俺たちは、世界を守ったんだ」
「早くここから出ましょう。みんなに知らせなくっちゃ」
「ええ、そうね。まだ瘴気が残っているみたいだし」
歓喜。それを遮る唸りと振動。よほど老朽化が進んでいたのだろう、数人の人間の走る衝撃に、その体重に、魔法陣は耐えられず小さな亀裂は突如大きく走り、そのまま魔王ごと勇者一行を飲み込んだ。
そして、その陥没した穴から膨大な瘴気が溢れ出し―
『すまない。単に我々の力不足が原因だ。君にだけこんな重荷を背負わせてしまうとは』
『イイエ、博士。アナタハ全力ヲ尽クシマシタ』
『…ありがとう。我々も君を守るため更に尽力しよう…慰めになるか分からないが、君の好きな空はいつでも見えるようにしたんだ。…頼んだよ』
『アリガトウゴザイマス。オマカセクダサイ。私ハ機械デス。私ニシカデキナイコトデス』