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海底遺跡と森林限界  作者: 徒花案山子
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冬の花火と君と

「そーやん、花火やろうよ」

そこらじゅうがすっかり雪に侵略され切った1月、しーは手持ち花火の家庭用パックを大量に持って、真昼間にやってきた。押入れの奥に眠っていたらしい。紙袋一杯に詰められた花火。

普通花火は夏の夜にやるものだと言ったら、相変わらず頭が固いなと笑われた。

「昼間だって案外綺麗なもんだよ」

結局流されるまま庭の雪をある程度かいて、場所を作る。さして広くない庭だが、雪かきともなれば話しは別で、日頃の運動不足が祟って少しかいただけで腕が上がらなくなる。

情けないな、としーに笑われ、挙句スコップを取られてしまった。本当に情けなくなる。

改めてバケツに水を用意する必要がないという点においては冬の方がいいかもしれない。

空気が冷たい。しーは燃え移るから危ない、とコートやらマフラーやら僕が寒さ対策に着込んだものを脱がしていく。

残ったのは色の褪せたセーターとジーンズだけ。冗談抜きで寒い。しーも似たような格好だが寒がっているような様子はない。寒さに強く、暑さに弱い。それがしーであり、今ここは彼女の土俵なのだ。仏間から蝋燭を一本拝借し、火をつける。仄かに温かい。

花火は奇跡的に湿気てはおらず、すぐに火花が散り始める。案の定火花の色はあまり分からない。火花の音と白鳥の声だけが聞こえる。しかし始めて間もなく風が吹き、蝋燭の火を消していった。小さく溜息をつき、マッチを手に取る。


「そーやん、どれでもいいから花火取って!」

しーが若干慌てて急かす。とりあえず蝋燭は後回しにして、花火の山から一本取る。しーはその花火の薬筒の先に終わり間近な自分の花火を近づける。薬筒に点火され、火花が散る。しーは燃え尽きた花火を捨て、すぐに新しい花火を掴むと今し方自分がやったことを繰り返す。

「もしかしてこの花火全部これでやるの?」

「うん。間に合わなかった方が何かおごるってことで」

それからがてんてこ舞いだった。ほぼ同時に点けた花火がほぼ同時に終わるのは目に見えていて、互いに負けるまいと自分の花火が終わるや否や花火の山に手を伸ばし、相手の花火で点火する。

端から見れば滑稽に見えただろう光景に必死になった。子供のようにはしゃいで、大人げなく邪魔をして、残り少なくなる頃には二人とも汗だくだった。結局どちらがしくじるでもなく最後までやり切ってしまった。

「なんだかんだ全部やり切ったな」

「引き分けに終わるとは遺憾である」

だがしかし、としーは紙袋から花火の醍醐味であろう線香花火を取り出す。先の手持ち花火より少ないとはいえ片手に余るほどある。

「次はこれで勝負だ」

「どうやって勝敗つける気だ」

「先に落とした方、とか」

「一回ずつ記録して白星数えるとか嫌なんですが」

「むう」

どうしても雌雄を決したいらしいしーを何とか宥めて平和的に事を進める。流石に同じ手は使えないので蝋燭に再び火を点け、今度は消えないようにダンボールで即席衝立を作る。

幾分日が傾いてきたとはいえまだ明るく、風情の欠片もない。それでも半分ほど消費する頃には辺りも薄暗くなってくる。


「実は私彼氏がいるんだ」

「はぁ?」

声が情けなく裏返る。初めて知った。知らなくて当然なのだが少なからずショックを受けた。

知らない間に知らない事が進んでいる。

「でも花火持って行ったら笑われたから別れてきた」

「おいおい」

呆れながらもどこかで安堵した自分がいた。最低だな、と自分を笑う。

しかし所詮自分は少なくとも数時間前には彼氏だった男の代用品として選ばれたのだ。

安堵どころではない。

「それで、再確認したんだ。私、そーやんが好きだよ」

「へぇ・・・はああああ?」

「文句を言いつつこうやって付き合ってくれて申し訳ないけどすごく嬉しい」

「いやいやいや、ちょっと待って」

あまりの展開に頭がついていかない。しーには彼氏がいて、でも花火を持って行って笑われたから別れて、それで今、告白された。

「でもほら、僕学校行ってないし」

「勉強なんてねえ、大勢でやろうが一人でやろうが理解したもん勝ちなんだい」

「まあ、そうだろうけど」

「だから賢くなって私に勉強教えて」

「なんだそれ」

「そーやんなら私を赤点地獄から救ってくれるって信じてる」

「なんか先生が可哀想になってきたぞ」

全ての花火を終えて、しーを家まで送ることにした。懐中電灯が唯一の灯り中並んで歩く。平静を装うがしーの顔をまともに見ることが出来ない。紛らわすものがないからか会話がぎこちない。ほぼ無言のまましーの家に着く。

「それじゃあ」

「うん」

互いを見てはいるが目は合わない。それ以上何を言うでなく、しーは家の中に入っていく。ドアが完全に閉まってようやく帰路に着いた。家に帰ってもつい先ほどまでのことに現実感が伴わない。庭を見ても暗くてよく見えない。懐中電灯を庭に向けようとして止めた。

そのまま自分の部屋に戻って布団に入る。はしゃいだせいか疲労感から睡魔が襲い、すぐに眠りにつけた。


翌朝。空が白み始めていつも通りに目が覚める。しかし眠気は残るものの眠り切れなかった不快感はない。窓を開ける。冷え込んだ空気は心地良く眠気を吹き飛ばす。ふと視線を庭に向ける。そこには大量に放置された花火の燃えカス。昨日を裏付ける証拠。

談笑。久しぶりに話し、騒ぎ、困り、笑った。家族はみんな腫れ物扱いで神経が麻痺しかけていた中でしーの突然の来訪はありがたく、やっぱり自分もしーが好きなのだと自覚する。

ああ、もし、明日僕が教室にいたら、君はどんな顔をするだろう。

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