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海底遺跡と森林限界  作者: 徒花案山子
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寄生木の宿り主

土木作業員として働く鈴木は高校を卒業してすぐにこの仕事に就いた。

決して大きい会社ではなかったが、やりがいは大いにあった。

負けず嫌いで頑固な性格が祟ってか他の社員と衝突することが多かったが、結局のところ結果を出した方が正しいことになった。

だからか鈴木はフラストレーションを溜めることが度々あった。

初めは単純に力仕事が主だったが、資格をとってやっていくうちに重機の操作を任されることも多くなった。

そんな折、会社に大きな依頼が入った。話しによれば会社から車で30分ほど行った先の丘を新しくマンションを建てるため、整地をしてほしいらしい。

人口が増えつつある中、立地のいい場所だということで白羽の矢が立った。

しかし、ほぼ中央に大木が生えているせいか、他のどの会社も難色を示して受けてくれない。

それを好機だと二つ返事で受けた会社はすぐにとりかかるように、と手の空いている社員を片っ端から集めてその依頼に割り振った。

その中には鈴木もいて、誰より一層熱意を持って取り組んでいた。

社長に、この仕事の成果次第ではそろそろ君に現場監督を任せてみようかと思う。と言われたのだ。

この機を逃すわけにはいかない、と逸る心を必死に抑えつつ着実に作業を進めた。


その丘は、少し異様だった。大木しか生えていないのだ。その他に草の一本も生えておらず、土がむき出しだった。

大木に葉はなく、むき出しの枝に所々丸い葉の塊が見て取れる。

土が痩せているのかとも思ったが、それでは大木が生えている説明にならない。しかしそんなことを気にする者はいなかった。

問題が起きたのは、大木を伐り倒す段階に入った時だ。重機を操縦できる誰もが木を伐りたくない、と言い出したのだ。

あの木には呪いがかかっていて、伐り倒そうとすると事故に遭う。大の男がそんな子供だましな怪談を口にしては震えている。

監督の一喝も利かず、誰も手を上げない。

「それなら、俺がやりましょうか」

重い空気の中、鈴木が声を上げる。その場にいた全員が鈴木の顔を見る。

「そうか。なら鈴木、頼んだぞ」

監督は心なしかほっとした顔で鈴木の肩を叩く。鈴木はその言葉を素直に受け取って心を滾らせた。

「おい、鈴木、やめた方がいいって」

「今ならまだ間に合う、社長にも頼んでこの依頼、他に回してもらおうぜ」

「あの木はまじでヤバいって」

青い顔をして震えていた社員が口々に鈴木を止めようとする。しかし、止めようとすればするほど鈴木は意固地になった。

「悪いけど俺はそんなくだらない法螺話に踊らされてチャンスを逃すような奴になりたくないんでね」

まだ怯えている社員を尻目に鈴木は作業に取り掛かった。


作業中も落ち着かない様子でこちらの様子を窺っていた社員も作業が終盤に近づくにつれてばつの悪そうな顔に変わっていく。

無事に木を伐り倒した後、鈴木は今までにない程の達成感を抱いていた。それは大木を伐り倒したこともあるだろうが、それ以上に周りを出し抜けたことが大きかった。

呪いなんてそんな世迷言に惑わされたお前らみたいにはならないぞ、と。

しかし、切り倒された大木は中が今まで立っていたことが不思議なほどに腐敗しており、建材になりそうもなかったため廃棄が決まった。鈴木はあの大きさならどれだけの利益が出ただろうと一人悔しがった。

鈴木はふと、自分を見る中に見慣れない顔があることに気付いた。それは細身の男で、何をするでもなく、少し離れたところから無表情でじっとこちらを見ている。

しかしその服装は今自分が着ている作業服と同じものだ。

「監督、あいつは誰です?」

「ん?ああ、あいつは高木といってな、つい最近入った新人だ。今回はとりあえず仕事の流れを見せるために連れてきたんだ。今日社に戻ったら社長から改めて紹介されるだろう」

「そうですか」

そうなら最初に言えよと思いつつ鈴木はもう一度高木という男に目をやる。相変わらず高木は鈴木を見ている。

にやり、と高木が笑った。口だけが半月状に歪む。鈴木の背筋に言いようのない悪寒が走った。


大木だけあって丘から全て運び終えた頃には日が傾きかけていた。監督の指示で整地などは明日から着手することになった。

会社に戻ると、報告を受けた社長から激励を受け、鈴木は更に自信をつけた。

上機嫌な社長の計らいで今日は定時で帰宅できることになった。

鈴木は溢れる自信と充実感で、だからこそ気付かなかった。

あの丘から会社に戻る際、点呼で高木の名前がなかったこと、そして社長からの紹介も高木の席もなかったことに。


鈴木は戸建ての家を持っている。出産を機に、ローンで買った念願のマイホームだ。

流石に新築とまではいかなかったがなかなかいい物件で小さいながらも庭があり、桜の木も植えられている。

息子も来年から小学校に通う年になった。学校が楽しみで仕方ないらしく時間があれば常にランドセルを背負っている。

その姿が微笑ましく、仕事の疲れなどどこかに吹き飛んでしまうくらいだ。

鈴木が家に着くと案の定ランドセルを背負った息子が走ってきて、その後から妻が優しい顔で出迎えてくれた。

彼は今幸せの絶頂にいる。それに呼応するように、庭の桜の枝にある、丸い葉の塊が揺れている。

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