聖夜には赤と決まっている
学校帰り、ザドックは雪の積もった通りを歩いている。夕焼けで辺りはオレンジ色に染まっている。建造物のほとんどがレンガで出来ているダントッカ村は雪が降っても乾いた土の匂いが漂っていた。
『悪い子のところにはサンタさんの代わりにオオカミがやってきて食べられちゃうんだって。』
ザドックは昼間教室でクラスメートが話していた噂を思い出す。そういえば今日はクリスマスイヴだった、とも。
「なぁ、ザドック…今日聞いた話ってよぉ…。」
ザドックの子分であるヒェルスが遠慮がちに話しかけてきた。ザドックは心臓が一瞬跳ね上がったが、平静を装い大きな声で言い返した。
「あんなの迷信に決まってるだろ、迷信!そもそもオオカミなんか出たら大人達が黙っていないだろ。」
「そう、そうだよなぁ。」
ヒェルスは安心したように息を吐く。顔は相変わらず泣き出しそうに眉毛がハの時に下がっているが。
その夜、ザドックは眠ろうと目を閉じても神経が冴えてしまってなかなか寝付けなかった。ベッドから降りて窓際に寄り、カーテンの隙間から外を見る。雪と満月の光が相俟って外は恐ろしく明るい。夜が明けるにはまだ時間がかかるだろう。
そうしてると物音に気付いた。自分の部屋を見回す。特に異常はない。静かにドアを開け、廊下の様子を盗み見る。特に異常はない。音を忍ばせながら部屋から出て、階段を降りる。物音はリビングからしているらしい。泥棒なら放ってはおけない。そっとリビングの扉を開け、犯人を探す。暗い中、視線を巡らせていると動く影を見つけ、その一点を凝視する。影は暖炉付近で何かを探っている。
窓辺に移動した時、ザドックは息を飲んだ。
月灯りに照らされた姿はあまりにも人間とはかけ離れていた。頭の上の耳、前に突き出た大きな口、そしてだらりと垂れ下がる長い舌、毛むくじゃらの体。その中でも舌はぬらぬらと光っていた。
オオカミだ!お父さんとお母さんを起こさなきゃ!ザドックは後退りをする。しかし、自分の足に足が引っかかり尻餅をつく。
「った!」
痛みに涙が滲む。自分に影が差し上を見るとオオカミが、獣の匂いが、鋭い牙が並ぶ大きな口が。
「喰われたいか。」
野太い声がそれだけを告げる。舌なめずりの音がやけに大きい。カチカチと奥歯が鳴る。
がむしゃらに四つん這いで逃げ出そうとするが、心とは裏腹に手足は言うことを聞いてくれずばたばたともがくだけだった。
後ろから肩を掴まれた。大きな爪が肩に食い込む。ザドックは悲鳴を上げた。しかし、恐怖のあまりか声にならずかすれた息だけが漏れた。
「ザドック!全く、こんなところで寝て!」
母親の声でハッと辺りを見回すとリビングの前の廊下だ。いつの間にか朝になっていた。
「・・・夢?」
全て夢だったのか。しかし、あの獣の匂いが残っている気がした。