森の中、腹の中
薄暗い…上を見上げると背の高い落葉樹が生い茂る葉で日差しを遮っている。
歩く度枯れ葉がカサカサと音を立て、中途半端な腐葉土が靴にまとわりつく。
人間の声は疎か鳥や虫の鳴き声も聞こえない。ここは何処だろうか、と周りを見回しても現在地を知らせるものは何も見当たらない。見えるのはこの森を形成している木だけだ。
獣道を進むと拓けた場所に出る。近寄るとその中央に少量の黒い毛のようなものと細く白い骨が散らばっている。嗚呼、そうだった、と思い起こす。
そう、この森に君は眠っている。
常日頃から君、テュームは「死」をテーマにした写真集を眺めては「私は死んだらお墓じゃなくて自然の中に居たいな」と口癖のように言っていた。何処か生きることを諦めたような物言いがとても嫌だった。
前に見せられたことがあったが、山の中で鹿や狸の死体がどう朽ちるか、その過程を載せたものだった。二、三ページで止めた記憶がある。
「どうして人間はお墓を建てるのかしら。あんなの場所を取るだけよ。どこかの民族では死体を鳥に食べてもらうって何かの本に書いてあったわ。ここは山が多いからこうすればいいのに。」
テュームはまたあの写真集を開く。
「君ね、そんなことしたら後々問題が起きるよ。食糧が多いと動物が増えすぎるし、病気なんかもあるだろ?何より例え死体でも知り合いが獣に貪られるというのは気持ちいい話じゃない。」
「じゃああなたも嫌?」
僕にはよく分からなかった。
それから、僕は言われた通りに何も纏わない君の躯をこの森の拓けた場所に放置した。服はあの子達の邪魔になるから、と君は言っていた。
不本意ながら埋めるよりもこの方が動物に見つかりやすいし、僕の労力も少なくていい。君に祈ることも手を合わせることすらせずに僕はその場を立ち去った。
あれからどの位経っただろう、と思いを馳せる。そんなに経ってない気もするし、既に十年以上経った気もする。
現状から察するに君の願いは叶ったわけだ。ちゃんと君は獣達の命を繋いだのだろう。それでも、心から喜べないのは事が事だからか。君の残骸を見て、どこか虚しくなった僕はやはり祈りもせずその場を立ち去った。