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海底遺跡と森林限界  作者: 徒花案山子
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OUT BURST

それは現代に増えている愛に飢えた人達に向けて作ったものだ。

「Ideal Android」と名付けられた精巧なロボットは凄まじい反響を呼んだ。

人間と見紛うほど似ている容姿は男女だけではなく、希望の年齢にも応じて造られている。

その名の通り自分だけの理想の相手を手に入れられるのだ。

反応も人間さながらであり、反応の度合いを数値で入力すればお望みの反応が返ってくる。

細かく設定すればするほど反応のバリエーションが増え、パートナーの語彙や反応に対する表情の微妙な変化などで学習していくのである。

上手くやれば失った大切な時間を取り戻すことも出来る。


「じゃあ、ファスキィア行ってくるよ。」

「行ってらっしゃい、エルスエル。」

玄関で短いキスをするとエルスエルは会社へと向かった。

駅までは徒歩だ。その間にも幸せそうな人を何人も目にする。

二年前に自分の元へファスキィアが来た当初はその光景を見る度にすれ違う人型が生身の人間かどうかが気になっていたが、時間が経つにつれて全く気にならなくなった。

電車の中でつり革に掴まり窓の外を見ていると、公園で楽しそうに遊ぶ親子が目に入った。

あどけない足取りで歩く子供に思わず笑みが零れた。

そろそろ子供が来てもいいかもしれない。Ideal Androidが社会に浸透するにつれ、値段も庶民でも手軽に買える値段になっている。会社に着き、エレベーターを待っている間に早速自分の提案をファスキィアにメールする。返事はすぐに来た。内容は「子供?」だけだった。

「Ideal Android」には携帯やパソコンと同じように専用の電話番号とメールアドレスがあり、こちらからの電話やメールは心臓部分にある人間で言う脳にあたる機器に送られる。


それからは退社時間までメールの返事を書く間もない程に忙しかった。どうやら会社に勤めていた何体かのIdeal Androidにエラーが起きたらしい。どのようなエラーかは詳しく聞けなかったが、別の部署では怪我人が出たらしくこちらにまで仕事が回ってきた。おかげで帰りが遅くなってしまった。駅まで全力で走り、ギリギリ終電に間に合った。息を整えながら携帯を見る。

「・・・え?」

画面には「新着メール68件」の文字が。メール画面に進むとその全てのメールがファスキィアからのものだった。また新たにメールを着信する。

「私は子供なんていらないわ。」

「どうして子供なんて欲しいの?」

「急にどうしたの?」

「私じゃだめなの?」

「ねぇ、どうして返事くれないの?」

「何かあったの?」

「まだ帰ってこないの?」

「遅すぎるんじゃない?」

「私を無視するの?」

今までにないメール件数に昼間会社で聞いた「Ideal Androidのエラー」が頭をよぎったが、すぐにその考えを振り払う。ファスキィアは関係ない。きっとたまたま機嫌が悪いだけだ。この胸騒ぎも久しぶりに走った所為だ、ただの動悸だ。エルスエルは震える手でようやく「遅くなってごめん。」とだけ送った。それから返事はなかった。


エルスエルは電車のドアが開くと同時に飛び出し、急いで家に向かう。早く帰ってあの笑顔に安心したかった。サラサラの明るい茶色の髪を撫でて、今度の休みの予定を話し合おう。子供なんていらない。

家に着く。家の前から見える範囲の窓は暗い。玄関の鍵は掛かっていない。かすかにテレビの音が漏れる。靴を揃える余裕もなく暗い廊下を過ぎてリビングのドアを開ける。

「ファスキィア!?」

ファスキィアはキッチンでただ立っていた。こちらに背を向けていて表情は伺えないが、エルスエルの声に微動だにしない。

「お、遅くなってごめん。ちょっと会社でトラブルがあってさ・・・。」

ファスキィアは無言で振り向く。その顔に表情はない。


「私を無視しないで。」

「ファスキィア?」

「私を無視しないで無視しないで無私しないで無視しない無視し無視ししむし無し無私無私無死ムシしなイでででデ出で。」

まるでエルスエルの声が聞こえていないようだ。ただならぬ雰囲気にエルスエルは声もなく震える足で立つのがやっとだった。

「こんなにあ愛し愛してるのに愛してるあいして哀し愛して愛しテ哀死てるあア愛哀愛愛しテルアイし愛私てルのニあああいあアアあ」

一歩、また一歩近付いてくる。エルスエルの目の前でゆっくり振り上げたファスキィアの手に握られた包丁が光を反射している。

「ファスキィア、やめろ。落ち着け、な?」

エルスエルはもつれる足で後ずさる。しかしそれよりも早くファスキィアの手が振り下ろされる。

「ぅ、ああぁ、あ…ファ、ス。」

的確に心臓を貫かれ、エルスエルは絶命した。包丁が抜かれた傷口からは赤い血がとめどなく流れ出ては床を伝っていく。

「………………。」

返り血を全身に浴びたファスキィアは目の前の脱け殻を見る。足下は疾うに血だまりと化し、温いのか冷たいのか分からない。

「エ、ル……?あ、ああぁ…。」


「昨日未明、市内で突然Ideal Androidが暴走し周囲にいる人に暴行を加えるという事件がありました。警察が原因を調査したところ、このIdeal Androidの製作会社であるインブレイング社では、ここ2、3年に造られたIdeal Androidの感情制御プログラムの一部を簡略化していたことが判明しました。それにより人間で言う理性が欠落している状態で使用を続けると…。」


点けっぱなしのテレビからはニュースキャスターが淡々と昨日の事件を読み上げている。閉められたカーテンの隙間から光がリビングに差し入る。

リビングに倒れている二人のうち一人は驚愕の表情で胸から血を流し、もう一人は今にも泣き出しそうな表情で胸に自ら深々と包丁を刺していた。

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