少女は笑っていた。
何故だろうか、視界が霞んでいて口元しか見えない。少女の顔が近づいてくる。それから目を離せないでいると、彼女は俺に囁く。
「ね、このまま……そう。上手よ」
右腕をぎゅっと握られる。彼女の手は震えているようだった。俺は何かを言いたいようだったが、声が出ない。はくはくと口を動かすだけしかできなかった。代わりに彼女が口を開く。
「……大丈夫だから、捻って、お願い。ちょっと手首を捻るだけでいいの……」
何の、話だ?
浮かんだ疑問に思わず手元に意識が向く。しかし見てはいけない気もして、綺麗に弧を描く少女の口元を──
「ゲホッ……ン、?」
──血だ。少女の口の端から血が垂れている。視界が下にずれる。真っ赤だ。彼女の服も、俺の服も、俺の手も、それから、俺が握っているナイフも。
あ、あ、と喉から漏れる小さな声をあげて彼女を突き飛ばす。肩を押した手はカタカタと震えている。少女は重力に従って大きな音を立てて後ろへと倒れ込んだ。うつろな瞳だけがキョロ、とこっちを向く。海の色をした青い目だった。 薄い唇が開く。血に汚れた犬歯が隙間から覗いた。
「へたくそ」
彼女がそう呟いたのを最後に、視界は真っ白に染まった。