第7話 死に行くエルフたちと・・・
「ちょと気になる事があるから、エルフたちの様子を見に行って来る」
ショコラにそう断ってから、オレはシルヴァニア城の窓から上空へと飛び立つ。
こちらの世界でも太陽の光を浴びても塵になったりしないのは、元の世界で二度に渡る核攻撃から生き延びた事によって、俺の身体構造に変化があったからではないかと考えている。
ある程度の高さまで上昇してから目標とするエルフたちが居る方向へ目掛けて、オレは自分の身長の二倍以上もある黒い翼をいっぱいに広げ、今度は翼を畳んで空気抵抗を小さくして空中を滑べるように飛ぶ。下から吹き上げて来る上昇気流も利用すれば、それほどの魔力を必要とせず速度を維持する事が出来る。
最高速度を測った事は無いが、時速に換算して300キロくらいは出ていると思う。こちらの異世界には魔法の概念があるので、もっと速く飛べる方法もあると思うが、地形の影響を一切受けない大空を一直線に進めるのは、飛行能力を持つ者の大きなアドバンテージだと言える。
城を出て5分もしないうちに先ほど映像で見た4人のエルフたちを発見したが、直ぐに下降はせずこのまま上空から監視を続ける事にした。
少しの時間が過ぎて、エルフたちの後方に騎馬隊が早駆けの際に巻き上げる砂塵が見えて来た。必死の形相で逃走を続けるエルフたちではあったが、調教と訓練が十分に施された軍馬の脚力には敵わないだろう。彼らの生命の時間を示す砂時計はあと僅かのようだ。
もう追いつかれると判断した最後尾のエルフが1人だけ立ち止まり、それまで背負っていた弓に矢をつがえて構えながら呪文を唱え始める。どうやら、あのエルフは自身の生命と引き換えに、残りの三人が少しでも先へ進めるよう時間を稼ぐと決意をしたようだ。
誰もが生き延びたいと思う中、仲間の為に己の生命を犠牲にできる精神は立派なもので、あの彼には是非とも我がアンデッド軍団の一員に加わって貰いたいと思った。
風精霊の祝福を受けたエルフの放った矢が、高速回転しながら騎馬隊の先頭を走る兵士の首を射抜けば、真っ赤な血反吐を撒き散らしながら兵士が突進する勢いのまま地面へ激突して無残な屍を晒す。
せっかくの死体となった敵兵の身体が、あんなに痛んでしまっては後でゾンビになった時に満足に動けなくなってしまうから、もう少し労って殺して欲しいと思うのはオレのワガママだろうか? それでもアンデッドの素材となる彼らの肉体を、無駄に毀損するなど現代人としてエコロジー的な精神に反するから本当にやめて貰いたい。
エルフや軍馬の死体があれば、ポイント召喚できなかった『スケルトンメイジ』や『スケルトンナイト』の素材になるから、この際その他のブツはどうでも良いと思っていたが、よく考えてみれば騎乗している兵士たちの身体も立派な素材である事に気づく。
それなら是非、彼ら騎馬隊の皆様方にもキレイな身体のままお亡くなりになって頂き、是非とも後でオレの配下に加わって貰うとしようか。
そんな風に未来の展望を考えていると、既に1人目のエルフが騎馬隊に囲まれ、滅多刺しにされて事切れていた。
《無念だ・・・皆すまん。先に逝かせて貰う……》
その次に2人目のエルフが、風系統の攻撃魔法を放って騎馬隊の先頭を走る五人程に小傷を負わせたが落命させるまでには至らず、敵騎兵隊の突撃を阻む事は出来なかった。すると覚悟を決めた2人目のエルフが腰の短剣を抜き放ち、どう考えても不利な白兵戦を挑みかかるが、馬上から構えた槍で胸部を一突きされて絶命すると、後続の騎馬兵たちから次々と滅多刺しにされて無惨な屍を晒す結果となった。
《人間どもめ、この恨みは必ず……》
オレはどのような死体でも、分け隔て無く平等に配下へと迎え入れる事を厭わない博愛精神の持ち主だが、アンデッドとして黄泉路から帰って来た配下たちの身体が、余りにも損壊してその後の生活に支障が出るのは困る。
そんな心配をしていたら、既に3人目のエルフも力尽きていた。
《私はここまでだ……精霊よ、風の勇者にその加護をお願いする、何とか生き延びさせてくれ》
最後の1人となったエルフが『魔の森』と呼ばれる森林地帯へ、何とか生命を繋ごうと今も必死に走っているが、オレの見立てだと森の手前で追い付かれ殺される確率が高い。
《だれか、誰か助けて!》
仲間のエルフたちが勇敢に敵に立ち向かい、次々とその命を散らす中で最後の1人となった女エルフの命乞いが聞こえた。オレたち吸血鬼は死者の他に死に際の声や、死を覚悟した者たちの心の叫びを聴く事が出来る能力を持っていたりする。まあ言ってみれば、かなり限定された条件下でのみ使用可能なテレパシーの一種だと思ってくれ。
例え女性だろうと、誇り高きエルフ族の戦士なら最後まで歯を食いしばって華々しく、そして可憐に散っていくのも人生の選択肢の一つだと思うが、その美しい身体には出来るだけ大きな傷を残さず、可能であれば生前の姿そのままに息絶えて欲しい。
だって大怪我でもされたら後で元通りに直すのは非常に手間が掛かかるし、千切れた手足を魔力糸で縫い直すのはかなりの集中力を要求されるからな。でもそれは、今を必死に生きてる本人には全く関係の無い事だけどな。
そして衝撃のラストシーンを間近で見ようと思って近づいた時に、何故かエルフ本人と目が合ってしまう。
「そこに居るのは誰?!」
「え?」
認識阻害と光学迷彩の効果を持つマントを纏ったオレが、何故か見えているっぽい女エルフを相手に思わず声が出る。それは彼女の顔の造形が元の世界の住人、細かく言えば極東の島国に居る人種、そう日本人の特徴が残っていたから驚いたのだ。
「お、お前こそ誰だ!」
咄嗟の回答に困ったオレは、相手の質問に対してこちらも質問で返すという小学校三年生レベルの反撃手段をオレは選ばざるをえなかった。だってそうだろ、まさか相手から見えてるなんて思ってなかったからな・・・。
オレが認識阻害と光学迷彩の結界を解除して相手の前に姿を現したのは、姿を隠したまま話すのが面倒になったのではなく、ましてやキレイな死体を自作しようと考えた訳でもない。ただ先の約束を果たす為に来た。それだけだ。
「それは隠形スキル! わ、私を殺しに来たのね!!」
腰から下げていた短剣を両手で持ち、正眼に構えながら摺り足で後ろに下がった女エルフがこちらを睨む。もしオレが本当に人族の暗殺者だったら、姿を消したまま彼女の首を斬り飛ばしていると思うんだけどな・・・。
「エルフが珍しかったから、ちょっと様子を見に来ただけだ。だから何もしないから早く行けよ」
先ほど無くなった三人が願ったのは彼女の生存だった。近くで確認したところ怪我を負ってる様子はなく、このまま森まで逃げ切れば人族の騎馬隊に遅れを取るようなエルフではない。
これでもう彼女に用は無くなったので、後は背中を向けて左手をヒラヒラ振ってやった。
ほんの一瞬だけ躊躇う素振りを見せた女エルフだが、オレの更に向こうから接近して来る軍馬の姿を見て心を決めたのだろう。彼女は何も言わず再び短刀を腰に佩くと森に向かって駆けて出して行った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「おい! 貴様! 何処の部隊の者か?! 所属と名を名乗れ!!」
女エルフを見送った場所で、ぼーっと考え事をしながら突っ立っていると、少しの時間を置いて騎馬隊の皆々様がご到着されるが何やらご機嫌ナナメな様子。
「ん、オレの名前か?」
そう言えば、もう何年もリアルで自己紹介なんてした記憶が無い。だって他人と面と向かって話すのは本当に久し振りだったから……。ネットやSNSでは、ゲームを進める為にチームメンバーとボイチャで話す事はあったが、自分の本名なんて誰も名乗らないし、聞かない事がネチケットというものだろう。
「貴様如きに名乗る名は持ってないな」
本当は遥か古からの名前はあったが、ここ数年はネトゲ内で呼ばれていた名前の方がしっくり来るのだが、それはそれで何か不思議な感じがする。ちみに『シルヴァーデビル』を縮めて『シルデビさん』と呼ばれていたが、ネチケットのなっていない、コイツらにそれを教えてやる義理は無いからな。
「な、何だと!!」
すると、こちらを一方的に敵認定した騎馬隊の1人が、オレの模範的回答の何が不満だったのか、咄嗟に手に持っていた鉄槍でオレを突き殺しに来た。
(この手の輩は本当に気が短いな)
最初から友好的な交渉にはならないと考えて身構えていたので事なきを得たが、ヤツの動作が思ったより早っかったので事前に警戒していなければ上着に穴を空けられていたかもと考えると急に腹が立ってきた。
「怪しいヤツめ、こいつを捕らえろ!!」
まだ犯行する素振りさえ見せていない平和主義者のオレに対して、一方的な暴力を厭わず捕縛を命ずる指揮官と部下の騎士ども。上等な装備を纏っているからと言って、必ずしもその中身も上品だとは限らない。目の前で威嚇を始めるザコどもは、頭の中がかなり残念な生き物であるという認識を新たにする。
もっと上品なヤツラであれば生きたまま脳と身体を侵食して、優しく死鬼にでもしてあげようと思っていたのだが、そんな気遣いは必要無くなった。
せっかく人が善意で意識を残したまま、永遠の生命をあげようと考えていたのにバカなヤツラだ。
たった1人のオレを相手に、わざわざ下馬までして掴みかかってきた兵士の目に、長く伸ばした血爪で突き刺し、その奥にある脳幹を侵食する。
(あ、脳だけじゃなくて目も潰れてしまった……今のは練習だからノーカンという事でいいな)
オレは同じ失敗を二度繰り返さない賢い吸血鬼だから、次からはオーバーキルに気を付けるとしよう。だってこいつらは殺した後オレの配下として生まれ変わる新人君たちだから、彼らの新しい人生の門出の為に、出来るだけ五体満足な身体を残しておいてやりたい。
「囲め! 囲め! 囲んで逃げられないようにして、後ろから刺せ!!」
オレの動きが速すぎて、鎧を着たままでは対応出来ないと考えた兵士たちが包囲網を作ろうと頑張っているが、空を飛べるオレを相手にそれでは効果が無いと教えてやろうか。
「卑怯者め! 降りてこい! 正々堂々と勝負しろ!」
そもそも、オレを囲んで背後から刺し殺そうとしていたクセに、今さら正々堂々もクソも無いだろうに。ましてや戦力比は200vs1だぞ? それに高貴な生まれのこのオレが、貴様等のような下々の者に対して、いちいち自分の手を下すとでも思っているのか?
「うわぁ!後ろから何か来たぞ!!」
「ぎゃーー!!お前はさっき倒したエルフじゃないか?!」
「何故だ!?今度は槍で刺しても死なないぞ?!」
やれやれ、オレの配下となった新人エルフ君たちが、やっと目を覚まして追い付いてきたようだ。主のオレを待たせるなんて、下僕の風上にも置けないやつらだ。
優雅に空中で佇むオレの姿を、並んで見上げるしかできないアホどもの後からは、つい先ほど殺害された3体のデッドエルフたちが、人外の速さと筋力で襲い掛かったせいで敵の部隊は大混乱となった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あの時、死出の旅路を歩んだエルフたちの無念の声を聞いたオレは、彼らの願いを聞くと同時にある契約を行った。それは死後オレの配下として働く代わりに、残された風の勇者とエルフの村を守って欲しいと言う願いを聞き届けた。
たった3体のデッドエルフが戦力となる事と、生き残ったエルフを保護するのは良いとして、その後も彼らの故郷であるエルフの村を守護し続けるなんて手間が掛かりすぎるから、条件として到底見合うものでは無かったのだが、将来その村からの人材確保という観点から眷属契約をする判断に至った。
剣と槍しか持っていない騎士どもに対して、斬っても突いても死なない死鬼となったデッドエルフたち3体は、とても相性が良かった。
そんな彼らを倒には魔法やスキルを使用して細切れにするか、神聖魔法によって細胞の一片まで残さず消し去る以外に方法は無く、逆に彼らに噛まれて感染症でも引き起こせば、新たなゾンビとなりアンデッドの仲間入りとなる。
死鬼の唾液には麻痺毒が含まれていて、徐々に身体の自由を奪うと同時に悪寒がして震えが止まらなくなり、やがて死に至りゾンビとなる。
すると今度は近くの生存者へと襲い掛かり被害者を増やし続けるから、自我を保っていられる死鬼と違って、本能(食欲)のまま襲いかかって来るゾンビに噛みつかれずに戦うにはかなりの実力差が無ければ難しい。
こうして大混乱に陥った騎馬隊に興味を失ったオレは先ほど別れた女エルフの後を追うが、もう既に深い森の奥へと逃げ去っており探索は不可能かと思いきや、ショコラから通信用ピアスを通じて相手の居る方向とおおよその距離を知る。
《追跡対象者はマスターの位置からニ時の方向、距離は約七キロ先の地点です》
騎馬隊との一悶着から既に十分くらい経過してる事から、あの女エルフが百メートルを八秒台で走れる脚力を持っていた事が判るが、森の中という障害物だらけの環境でこのタイムはかなりのものだ。
先ほどオレの隠形を見破った能力と日本人っぽい容貌から考えると、あの女エルフもオレと同じく異世界からの来訪者だと考えるのが妥当だろう。
(そう言えば、元居た世界のゲームでもオレ以外の行方不明者が何人か居たな)
ただ聖か魔かどちらの陣営に属する者から召喚されたのかが判らないし、もしかしたらエルフ族の勇者として将来オレの敵となる可能性も考えておくべきだろう。
◆◇◆◇◆
魔の森を北へ進んで行くと周囲を柵に囲まれたそれほど中規模の村を発見する。
周りの樹木が防護柵を違和感無くカムフラージュされているので、余程近くまで接近しないとここに村があるなんて判らないだろう。
ショコラから聞いた場所がここで合っているとしたら、あの女エルフは今この村の中に居るはずだ。
この後の展開としては女エルフがここから増援を引き連れて、今もまだ何処かで生き残っているかも知れない味方を救援に向かうと言う案が一つ目。
次に考えられるのはこのままこの村で匿われたまま数日過ごすと言うのが二つ目。但し、この村の位置から考えると近い将来ここに敵軍がやって来て再び戦いに巻き込まれる事が予想される。
最後と言うかこれが一番可能性が高いと思うんだが、この村の規模から考えて住民の生活に必要な食料や消耗品の全てが自給自足で賄われているとは考えにくい。
だからこの村より更に奥地にここより大きな街というか拠点となる場所があってこの村の皆と一緒にそこへ向かうというのが三つ目。
この村はエルフたちの交易拠点として運用されていて、村の外で活動している者たちをバックアップする事で村では生産する事が出来ない生活用品を持ち帰ると同時に、ここより更に奥にある本拠地を防衛する為の拠点となる施設だと推測する。
ここで暫く待っていてもあの女エルフが出て来そうに無いので、一旦ここを離れて先程のデッドエルフたちの様子を見に行く事にした。
先ほどの騎馬隊との戦いにおいて、オレの配下となったデッドエルフたちが倒されているとは思わないが、あの状況を放置してそのまま知らん顔が出来るほどオレは薄情な吸血鬼では無いからな。
◆◇◆◇◆
上空から眺めて見ると戦闘は完全に終わっていて、デッドエルフたち三体を中心に騎馬兵たちの死体が無数に転がっており、そのうちいくつかは既にゾンビ化して動き始めている。
軍馬の死体もいくつか確認出来るがどう見積もっても二百体に満たないのは逃げられた馬が多かったという事だろう。
「アルフィリオ、ベルムントそれにクリディオだったな? 皆ご苦労だった」
このデッドエルフたちに噛まれた者は、彼らの唾液に含まれる麻痺性の致死毒によって死後ゾンビとなる。
中には激しい攻防によって死体の一部が欠損している個体もいるが、この僅かな時間で二百体ものアンデッド兵士を揃える事が出来たのは僥倖だったし、五十体ほど居る軍馬の死体も全てデスホースとなり今後は我が軍の一翼を担ってくれる事だろう。
そして彼らデッドエルフ三体とゾンビ部隊にはシルヴァニア城へは戻らずに、ここのままエルフ村の付近まで進み、その付近で待機するように命じておく。
それは近い将来、今回全滅させた騎馬隊の本隊がやって来てエルフ村付近での戦闘が再発する可能性が高く、足の遅いアンデッドを事前に移動させておけば後で必ず役に立つと考えたからだ。
するとそのタイミングでショコラから通信が入る。
《マスター、女神官が先ほど覚醒しました。今もマスターに会わせろと叫びながら城内で暴れています》
そういえば不死因子を強引に注ぎ込んでやった女神官がやっと目覚めたようだと城に居るショコラから連絡が入ったが、その様子を聞いた感じだと不死者になる前の記憶がそのまま残っていてオレに何か抗議の意思があるそうだ。
彼女の持つ聖属性の力はそのままに、そのうえ暗黒属性魔法も扱える能力と、女子なら悲願だったはずの不老不死まで与えてやったのに一体何が不満だと言うのだろうか?
本当に女性の心は判らないが、せっかく建てたシルヴァニア城が女神官のヒステリーによって傷付けられるのもイヤなので、その前に一度帰る事にした。